第11話

 ブリタニア帝国の騎士の一団に守られながら、俺たちは大学のキャンパスに別れを告げる。

 馬の背に乗りながら、不意に後ろを振り向いた時、そこに見えていたのは、広大な沼地に囲まれたキャンパスの姿だった。

 ロウ爺はこれを『遺跡』と呼び、その周囲を『黄泉沼』と呼んだ。

 その姿が目に映った時、不思議なことに、俺は初めて自分が異世界にいることに気づいた……ような気がした。

 そして霧の濃い大沼を抜けると、その先にあったのは霧の濃い草原だ。

 徐々に湿っ気のあった草原は乾燥したものへと変わっていく。

 すると次第に、霧も晴れていた。

 そしてそこからしばらく進み、俺たちはようやく辿り着いた。


 ――この、ブリタニア帝国に。


 正門をくぐり抜け、最初に目にしたのは、立ち並ぶ石造りの建物だ。

 どうやら住宅らしい。

 中にはお店もあり、どれも同じ外装であったため、俺には看板でしか見分けがつかなかった。

 片平さんや田所さんも、初めて見るその光景に、目を輝かせていた。

 そして住宅が続く坂道を抜け、広場を抜け、さらに曲がりくねった坂道を抜けていく。

 後ろを振り返ると、そこには騎馬の行列ができていた。

 そして俺たちはようやく坂道を登り切る。

 するとそこに、城と呼ぶに相応しい大きな建造物が見えてきたのだ。


「俺は……異世界にいる」


 そう言わずにはいられなかった。

 到着すると、俺たち5人は馬を降り、ロウ爺に連れられ王城の広間へと案内された。

 ベルトルトさんとはその場で別れた。

 どうやら付き添いはロウ爺だけでいいらしい。


 大きな扉を潜り、宮殿という言葉が脳裏に浮かぶような長く広い廊下を進む。

 俺たち5人は、天井にある模様や柱にある彫刻、扉の両脇にある石造。

 そのどれもに目を奪われた。

 この城にある物、そのすべてが映画でしかみたことがないようなファンタジーだったのだ。

 まさかこの国が戦争中で、しかも戦況が危ういとは……想像できない。

 まるで繁栄が形を成したような城だ。


「ここが王座の広間じゃ。王様と王妃様がおられる。5人共、粗相のないように頼むぞ? 説明は王様がしてくれるでの、お主らからは指示があるまで、決して口は開かぬよう頼む。よいな? 決して口は開くでないぞ?」


 俺たち5人はロウ爺の眼力の凄まじさと、危機迫る言葉に唾を飲んだ。


「では――」


 俺たちはロウ爺と共に、王座の広間へと足を踏み入れた。


 中に入ると、そこは他とはまた違う様式をしていた。

 だが様式と言っても、俺には知識がないため何かは分からない。

 とりえず“素晴らしい”の一言だ。


 入口から王座へと直線状に敷かれた真っ赤な絨毯。

 そして立派な柱と教会にあるような、キラキラとしたガラス窓が見える。

 そして何より、王座だ。

 2つの金色に輝く、大きな椅子が正面見える。

 そしてそこには、髭を生やし王冠を被った男性と、ドレスのようなお召し物にティアラのような物を頭に着けた女性の姿があった。


「王様、王妃様。黄泉沼より5人の勇者様をお連れしました」


 今まで“様”などつけなかったロウ爺が、そう言った。


「うむ、頭を上げよ。サルファドーレ」


 すると王様は、ロウ爺をそう呼んだ。


「よくぞ参った、勇者たちよ」


 王様は俺たちに5人に語りかけた。

 だが俺たちはただ突っ立っているだけだ。

 特にロウ爺には“喋るな”という以外、何も言われていないが、念入りな忠告もあってか、頭一つ下げなかった。

 緊張して身動きができないのだ。


「ん? まさかサルファドーレ、またお主は“余の前では口を開くな”などと申したのではあるまいな?」


「いえ、とんでもありません……。そのように、申しました」


 ロウ爺はけろっとした態度で、そう白状する。

 すると王は何故か「しまった」というような顔をした。


「あれほど申したであろう? 余計な気遣いは無用であると、余はお主に言葉を選んでまでそう申したのだぞ?」


「いえ、そうはいきませぬ。王は王、たとえ預言の勇者であろうとも、王は王として立ち振る舞うべきなのです!」


「余は対等な立場で話したいのだ」


「いけませぬ! それだけはいけませぬぞ!」


 その後、ロウ爺と王様と激しい論争が続いた。

 傍らにいた王妃はクスクスと肩を小刻みに笑っていた。

 なんとも意外だ。

 俺たちはその様子に、呆気にとられていた。


「すまなかったな勇者殿、置き去りにしてしまっていた。余はこのブリタニア帝国の王である。さあ、ロウ爺の言葉など忘れて、名を聞かせてくれぬか」


 俺たちはそれぞれ、ロウ爺の顔を確認した。

 だが王はそう言っているというのに、誰も名を名乗らない。


「サルファドーレ?」


 すると王様は振り向きもせず、背後のロウ爺を呼んだ。

 その言葉には、辟易とした感情を感じた。


「5人共、名を名乗るのじゃ、儂の言ったことは忘れよ」


“降参じゃ”と言わんばかりに、そう言うロウ爺。



 俺たちは一人ずつ、名を名乗った。


「なるほど……少々、変わった名前だ。では瀬川殿?」


「はい」


「5人を代表して、そなたに尋ねよう。勇者の自覚はあるか?」


「いえ……ありません」


 俺は思ったままを答えた。


「うむ、そうであろうな」


 すると王様は王座に深く座り直し、話を始めた。


「勇者はこの世界の知識と、その自覚を持たぬ。そう預言にはあった。だがその代わり、我らに導きをもたらし転機を与えてくれると、そうある。故にそなたらが知らぬのは、無理もないことなのだ」


 その後、王は俺たちの疑問について答えた。


 ブリタニア帝国はかつて、栄華を築いた大国だったらしい。

 だが既にその力は失われていて、世間では「没落した大国」と呼ばれることもあるらしい。


 そんなブリタニアが所有する『雷の知識』を求めて、とある国が戦争を仕掛けてきたということだった。

 これは『知識』を持つ国にとっては、考えられないことなのだそうだ。

 というのも魔法というものは、それほどに強大な存在らしい。

 つまり、それほどこの国は落ちぶれてしまったということを表していると、王様は自ら語った。

 現に、風や水、土といった魔法を持つ他の国は、今も平和が続いているという。


「一つは魔法を扱える者の減少が挙げられる。ある日を境に、魔導師が衰退し始めたのだ。我はここにおるサルファドーレと共に、魔導師のさらなる飛躍に努めた。だが問題は解決するどころか、やはり衰退の一途をたどっている」


 俺が見た限りでは、この国は余裕があり平和なように、見えた。

 それは国民たちが笑っていたからだ。

 俺たちに手を振ってくれる人たちもいた。


「国民に不安は与えられぬ。だが次の戦の結果次第では、真実を告げねばならん。そしてこの国から避難してもらうことになるであろう」


 どうやらこの国は、聞いていたよりも危機的な状況にあるらしい。


「あの!……それで、俺たちはどうすればいいんですか?」


 小平さんが率先して尋ねた。


「この国の都合に巻き込んでしまって申し訳ないが、そなたらにはその戦に参加してもらいたいのだ」


 戦に参加する……到底、受け入れられるような話ではない。

 俺たちはつい最近、殺されそうになったばかりなのだ。


「相手は魔物ではない。人間だ。それに少しではあるが、まだ戦までは時間がある。その間にそなたらを鍛え、あわよくば覚醒を促したい」


 覚醒というのは勇者の持つ力の覚醒のことらしい。


 魔導師は体内に『器』と呼ばれる、いわば受け皿を持ち、周囲にある知識の粒子『マナ』を用いて、魔法を発動するらしい。

 そして俺たちにもそれが備わっているらしいのだ。

 かなり強力なやつが……


「まずは剣だ。魔導師であっても剣を扱えぬ者は、戦闘において話にならぬ。そなたらには当分の間、剣をその身に叩きこんでもらう」


 それはやはり、直ぐに呑みこめるような話ではなかった。

 つまり戦場に行って、敵の兵士を殺して来いということだろ?

 俺たちに人が殺せるとは思えない。

 そもそもただの大学生なんだ。

 カエルが切り刻まれる姿にすら、吐き気を覚えたんだぞ?


「王様!」


 だがその時だった。

 小平さんは一歩前に出ると、こう言った。


「お引き受けいたします! 俺たちはブリタニアに命を救われました。そのご恩にはきっと報いて見せます!」


 え?……


「ちょっと、小平さん?」


 俺は小声で、耳を疑った。


「皆もすでに心は一つです! そうだよな?!」


 すると後ろにいた3人も小平さんと同じように、恩に報いると、そう言うのだ。


「瀬川、俺たちでこの国を救おう!」


 俺は断れなかった。

 気迫と集団の圧力に……


「そう言ってもらえると助かる。では今日は疲れを癒し、明日からの訓練に備えよ」


「は!」


 まるで国に忠誠を誓ったかのように、小平さんはそう言った。


 なんだこれは?

 どういうことだ?

 おかしくないか?

 命がかかってるんだぞ?

 何故4人は、こうもあっさりと引き受けられる?


 だが俺が言い出すかどうか迷っている間に、謁見は終わり、俺たちは王座の広間から連れ出された。

 そして何も言えないまま、俺はただ4人の背中について行くのだった。


 どうすればいい?……





 そして、王座の広間には王とロウ爺らの姿があった。


「サルファドーレ、そなたにこのようなことをさせてしまった余を許せ……」


 王はロウ爺から目をそむけ、つらく重い表情のまま俯いていた。


「王様のせいではありませぬ。仕方のないことなのです」


「そうだ……もはや手段を選んでいる余裕はない。国民のためにも、余はこの身を穢そう」


「儂は王様にどこまでもついて行きますぞ」


「悪い……ローグよ」


 するとロウ爺は優しく微笑んだ。

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