第12話
俺たちはその後、剣の訓練に励んだ。
だがバットすらまともに扱えない俺に剣など扱えるはずもなく……。
剣は異常に重かったのだ。
それは想像していた以上のものだった。
運動不足な俺の筋肉を破壊し、翌日には全身に激痛をもたらしたのだ。
だが次の日も、その次の日も俺以外の4人は、まるで痛みなど感じていないかのように、目に別の何かを宿らせ、剣を振り続けた。
4人は筋肉痛ではないのだろうか?
これを覚醒というのなら、俺も是非、覚醒してみたいものだ。
そうすれば雑念も消え、剣に打ち込めるだろう。
だが4人が着実に成長していく傍らで、俺は剣ではなく、この筋肉痛と向き合い、無駄に時間を浪費していった。
こんなことなら一人、キャンパスに残れば良かった。
あそこで一人、いや2人か?
もう一度、和康を呼び寄せて、サバイバルでもしながら生きて行けばよかったんだ。
だがもうそれはできない。
またあの渇いた草原から湿った草原に渡り、大沼と霧を越えていけばいいと、そう言うのか?
いや、無理だ。
道中、化け物に何度襲われたことか。
間違いなく一人では生きて辿りつけない。
そう思いながら、俺はただ一人、4人にとは違う隅の方で訓練に励むのであった。
「どうした、瀬川! そんなもんか!」
時折、こうして浅木さんは声をかけてくるのだ。
このキラキラした目を向けて。
出来ればこの人じゃなくて、片平さんと話したい。
やっと話しができるくらいに距離を縮められたのに、これでは生き地獄だ。
「浅木さんは流石ですね~……その体力、俺にも分けてほしいですよ」
俺は次第に弱音を吐くようになった。
「そんなこと言ってたら、戦争に勝てないぞ!」
どう思う?
これが浅木さんだ。
これが今の4人なんだ。
どう考えてもおかしいだろ?
何か悪いものでも食べたのか?
戦地へ赴くことに前向きで、まるで恐怖心がない。
それどころか、いつも「勝利はブリタニアのものだと」とか、訳の分からないことをほざいている。
これを疑わずして何を疑うというのか?
「浅木さんも皆も、少しは休んだらどうですか?」
俺はその場に腰を下ろし、少し休憩することにした。
するとそこへ他の3人もやってきた。
「瀬川、大丈夫か? それじゃあ戦争で活躍できないぞ?」
活躍することまで考えているのか、この人は。
俺はむしろ、小平さんに“大丈夫ですか?”と聞きたい。
「瀬川くん、ここで頑張らないと勝てないよ」
その時、片平詩織という俺の女神がそう言った。
俺は軽くなった腰を上げ、剣を構える。
だがなんだか体に違和感を覚える。
「お! やる気になったか!」
浅木さんは相変わらず、目がキラキラしている。
なんだろう?
以前の俺なら、片平さんの言葉一つで疲れが吹っ飛んだ。
だが今の片平さんの言葉には何も感じない。
……なんでだ?
だが考えても分からない。
分からないまま、俺はまた再び剣を振る。
そしてしばらくすると、また休む。
すると4人が駆け付け、また同じように中身のないセリフを吐くのだ。
これの繰り返し。
次の日も、その次の日もこの繰り返しだった。
そして時間が経ち、俺は4人と打ち解け合っていった。
もちろん剣を握っている時や、帝国の話をしている時の4人にはついていけない。
だがそれ以外では、皆、普通であるように思えた。
片平さんとも上手くやっている。
あれから色んな話をして、距離も縮まった。
もちろん友達としてだ。
恋愛経験のない俺には、ここからどうすればいいのか見当がつかない。
戦争間際というこの状況で、他の3人に助言を求めるわけにもいかない。
だが今はこれでいいのかもしれない。
戦争から帰ってきたら、俺の恋人になってくださいとでも言うか?
いや、わざわざ自分から死亡フラグを仕掛けるようなことはしない。
そして剣の使い方に加え、次は盾の使い方について学んだ。
今までは両手で剣を握っていたから、辛うじて振ることが出来た。
だが次からは片手で握らなくてはいけないのだ。
これは俺には厳しいものだった。
またしても筋肉痛が再発したのだ。
だが4人は相変わらず、目をキラキラさせながら訓練に励んでいた。
これが根暗の運命なのだろうか?
俺がインドア派だからいけないのか?
様々な愚痴を心の中で述べてみる。
だが剣は重いままだ。
そしてしばらく『攻防一体』の訓練が続いた、あくる日のことだ。
少し聞いていたよりも早かったが、俺たちが戦場へと駆り出される時がやってきた。
▽
出立の日、俺たちは正門の前に集合していた。
国の市街地を越えた先にある騎士の本部。
そこから正門の方に向かって坂を下るように、長者の列が続いている。
もちろん騎馬にまたがった騎士の集団だ。
そしてさらに列は正門を通り過ぎ、これから俺たちも向かうことになる、戦地へと続いているのだ。
「瀬川殿、顔色がよろしくないようですが?」
気遣ったのは騎士長のベルトルトさんだ。
顔色が悪い?
ふ……当たり前だ。
これから死にに行くのだから。
あれから訓練の日々が続いた。
俺は何度か、王様かロウ爺への謁見を求めたが、いつまで待っても確認待ちだと、取り合ってもらえなかった。
なら逃げれば良かったじゃないか?
だが俺は色々な利用から、それを先延ばしにいた。
一つは片平さんのことだ。
正直に言えば、それ以外の3人はどうでもいい。
それがあり、逃げることを躊躇った。
もう一つは剣についてだ。
明日になれば、もしくは俺の杜撰な剣もマシになるんじゃないかと、一日が始まり剣を握る度にそう思った。
それが次の日も、また次の日も続き、俺は一日も生きることなく、今日を迎えたのだ。
「瀬川くん、もう行かないと」
俺の肩を軽くたたき、片平さんが教えてくれた。
気付くと他の3人が離れた所にいる。
「詩織! いくよ!」
田所さんが、こちらに手を振っている。
呑気なもんだ。
俺はやはり、4人は気がどうかしてしまったんだろうと思っている。
あの日からだ。
この国に訪れ、王と謁見したあの日から、4人はおかしくなってしまった。
正直そんな中、俺だけ逃げるというのも罪悪感があって、できなかった。
だがもう逃げられない。
いや、今なら逃げられるだろうか?
だがその場合、4人を置いて行くことになる。
「今いく!」
片平さん……俺はどうすればいいんだ?
「行こ?」
何故、こんなことに――
「……ああ」
――なってしまったんだろうか?
……この時、俺はどうしていれば良かったんだろうか?
結局、今でもその答えは出ていない。
▽
――アリストラ歴 2095年。
ここに、ブリタニア帝国と小国フランソワーズによる国の存亡をかけた。
――戦いが始まった。
そしてここプラム平原では今、次々と命が切り捨てられ、激戦が繰り広げられていた。
――前線。
そこに勇者たち5人の姿もあった。
「瀬川! 右だ!」
「はい!」
勇者5人を守るように囲む、ブリタニア軍の兵士。
そこにフランソワーズ軍が命をかえりみず、突進していく。
「一度うしろに下がるぞ! このままでは崩される!」
ベルトルトの指示と共に、ゆっくりと後退していく5人。
勇者を守る円陣は崩さない。
この戦いには勇者の存在が必要不可欠だ。
そして命運は勇者にかかっている。
それはどういうことか?
――力の覚醒だ。
彼らは勇者の力の覚醒を促そうとしているのだ。
戦場を体感させることで。
だがそこに根拠はない。
預言には特に、そういったことは記されていないのだ。
だが覚醒してもらわないことには、保護した意味がない。
彼らはある種の賭けに出たのだ。
しかし、それを5人は知らない。
するとその時、無数の矢が上空より舞い降りた。
目標はもちろん、勇者5人。
フランソワーズ軍にも、勇者の情報は流れている。
彼らは覚醒される前にと、5人の息の根を止めにきたのだ。
「盾を構えろ!」
ベルトルトの声が戦場に響く。
兵は5人を庇うように、上空からくる矢に対して、盾を構えた。
だがそれが隙を生んでしまった。
上に気を取られたブリタニア兵たちの横が、がら空きだったのだ。
そこに狙いを定め、フランソワーズの特攻が突進してくる。
「グハッ!」
その時、突進してきたフランソワーズ兵の槍が、ブリタニア兵を貫いた。
1人だけではない。何人もだ。
おかげで5人を守っていた内の半分以上が命を落とした。
「勇者様! 一度お逃げください!」
5人は答える余裕もなく、まず足を動かした。
そして走った……命がけで。
「勇者様をお守りしろ! 何としても死守するのだ!」
ベルトルトは命をかけろと、そう言った。
後衛から雷鳴が鳴り響き、雷撃が飛ぶ。
魔導師だ。
だがこれも数は限られている。
彼らの魔法は強力だ。
だが彼らは接近戦には疎い。
多少の訓練など、戦場では役に立たない。
戦場とは剣や槍、それから魔法に命をかけた者が集まる場所なのだ。
その時、一本の矢が小平の右腕をかすめた。
「ガアッ!」
深くはない。
だが学生だった彼らにとっては、声を上げ全身に力が入ってしまうほどの傷なのだ。
小平は震えた……痛みに。
「小平さん!」
瀬川は立ち止まった。
何かあれば皆を見捨て、片平だけでもと思っていた彼であったが、そう甘いものではなかった。
感情とは人の行動を良くも悪くも縛るのだ。
「いいから走れ! 直ぐに行く!」
そう言いながら、膝をつく小平。
瀬川は見捨てられなかった。
「3人は先に行っててください! 俺は小平さんを――」
と、言い残し瀬川は走った。
そして駆け付けると、小平の手を取り、肩を貸した。
「大丈夫だこれくらい……」
「顔が真っ青ですよ……」
言ってみれば、カッターで深く切りつけた程度の傷だ。
確かに痛い、だが何故ここまで小平は弱っているのか?
――それは毒だ。
フランソワーズの矢には毒が仕込んであったのだ。
かすり傷一つで、致命傷になる。
するとそこへ浅木や田所、片平までもが駆け付けた。
「皆……」
瀬川は嬉しかった。
だが笑っている余裕などない。
だがその時だった。
――刃先に火を帯びた一本の矢が上空から舞い降りた。
5人は気づかない。
小平の重みを背負うことで、手一杯だったのだ。
そしてその矢は、5人の方へ吸い込まれるように飛んでいく。
「勇者様ぁあ!」
気付いたベルトルトは大声で叫んだ。
だが戦場の活気にかき消され、聞こえない。
そして次の瞬間、その矢は突き刺さった。
――瀬川の背中に。
「ガハッ!――」
“「え?――」”
急に口から血を吐く瀬川。
5人は疑問符を浮かべた。
だが理由は直ぐに分かった。
瀬川にも……。
「カハッ!……え! なんだよ……これ?」
その瞬間、瀬川を激痛が襲う。
「グッ!――」
だが瀬川は何かが刺さったことには気づいたが、そこに火が付与されていたことにはきづかなかった。
そして着弾時、火が燃え広がるように少量の油が仕込まれていることにも、当然気づかなかった。
――ボッ!
「瀬川……くん?」
“「え?……」”
片平は目を疑った。
5人は足を止める。
そして茫然とした。
――瀬川の背中から火が上がっていたからだ。
「熱い……熱っ! 熱い! 熱い熱い熱い熱い!」
瀬川はその場に倒れ、身もだえした。
地面に背中を擦りつけた。
この時、やっと自分の背中に火がついていることに気づいたのだ。
だが火は消えるどころか、ますます勢いを増していく。
「ぎゃあああ! ぎゃああああ! ぎゃあああ!」
いつしか火は瀬川を包み込み、皮膚を! 肉を! 髪を!……判別不能なまでに燃やした。
「ぎやぁああああああああああ!」
4人は言葉が出なかった。
共に転移に巻き込まれ、共に避難生活をし、共に剣を学んだ。
そして今、目の前で瀬川が焼け死んでいく……生きたまま。
「ぐうわぁあああああああ! ぁああああ! あああ!……――――」
徐々に瀬川の肉が焼け、苦痛を表す悲鳴が聞こえなくなっていく。
それに合わせて、瀬川の全身が黒く焼け焦げていく。
生きたまま焼かれ、いくら暴れても擦り付けても消えない炎。
そして痛み。
自分の体が徐々に、燃やされていく感覚。
いや、感覚などないだろう。
「――――――」
何故ならもう、
――瀬川は死んでいるのだから。
「瀬川……」
人型の黒い炭に成り果てた瀬川。
もうそれは瀬川ではない。
「勇者様! お逃げください!」
だが感傷に浸っている場合ではなかった。
フランソワーズ軍が攻めてきているのだ。
「勇者様ああ!」
ベルトルトの声が響く。
やっと4人にも届いた。
だがその時、4人の中にはある異変が起きていた。
「なんで……私たち……ここにいるの?」
最初にそう言ったのは片平だった。
順に同じようなセリフを言う、4人。
「なんで……戦争なんかに、参加してるんだ?……」
彼らの何かが解けた瞬間だった。
“「瀬川……くん……」”
正気を取り戻し、そこでもう一度、『瀬川』を見る4人。
「いやあああああ!」
――片平は泣き叫んだ。
徐々に状況を理解していく4人。
そう……瀬川が死んだのだ。
残酷にも、生きたまま焼け死んだのだ。
「勇者様!」
ベルトルトがこちらへ走ってくる。
背後にはフランソワーズ軍がいる。
ベルトルトは4人に逃げるよう促した。
――4人に、だ。
片平はその場に、膝をついた。
そして項垂れた。
「嫌よ! 嫌ぁああああああ!……」
片平は悲嘆の声を上げた。
そして3人はただの茫然と立ち尽くした。
目前に迫るフランソワーズ軍に目もくれず。
――だがその時、不思議なことが起こった。
片平の足元に大きな魔法陣が現れたのだ。
「詩織……?」
田所は気づいた。
だが片平は気づいていない。
すると次の瞬間、片平の体から無数の鎖が飛び出した。
先端には鋭い刃が見える。
そしてさらに、魔法陣からも鎖が飛び出し、それらがフランソワーズ軍を襲った。
その様子に、その場にいた誰もが息をのんだ。
――茫然とした。
鎖はどこまでも伸び、次々と兵を突き刺していく。
そして人を縫い合わせていくかのように、1つの死体としてまとめていったのだ。
いや、まだ死んではいない。
だが直に死を迎えるだろう。
無数の鎖が片平を覆った。
フランソワーズ軍が優勢だったはずだ。
だが勝敗は突然に逆転し、そして決した。
――これが勇者か。
その場にいた誰もがそう思った。
そしてブリタニアはこの戦争に勝利する。
勇者も生き残った。
――瀬川裕人という、
たった一人の命と引き換えに。
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