第10話
俺たちは囲まれた。
すると馬の間から、2人の顔が見えた。
片平さんと田所さんだ。
「え? どうして2人がここに?」
俺は反射的にそう問いかけた。
「ポイズンリザードに襲われそうになっていたところを、我々がお救いしました」
すると先ほど、騎士を束ね、俺たちを『勇者』と呼んでいた男が、俺にそう言った。
「あなた方は……一体」
「私の名は、ベルトルト・マキナ。ブリタニア帝国の騎士です。今回、黄泉沼捜索を行うにあたり、この隊の隊長を任された者です」
「ブリタニア帝国?……黄泉沼?」
そこで飛び出したのは、ブリタニアという国の名前と、このキャンパスを囲んでいると推測される沼の名称らしきものだった。
「勇者さま方がご存じないのも、無理はありません。勇者はこの世界のことを何も知らないと預言にもそうありましたから」
「預言?」
勇者と預言。
男は俺たちにそう言った。
するとそこへ、先ほど杖から光を放った老人が現れた。
「ベルトルトや、儂が話そう」
「では、お任せします」
すると立派な白く長い髭を蓄えた老人が、俺たちの顔をそれぞれ確認する。
「うむ、預言とはすなわち、ブリタニアに古くから伝わる、お告げのことじゃ」
「……なるほど」
老人は偶々、先頭にいた俺を見てそう言った。
俺は急に「お告げ」などというファンタジー的な言葉を聞き、理解しようとしていたのだが、一気に分からなくなった。
「そしてそこにはこうあるのじゃ。『大地が悪戯に蠢くとき、黄泉へと通ずる大沼に、勇者は現れる』とな」
老人はそう言うと、そこにいた騎士の手をとり、馬にまたがった。
「詳しい話は城についてから、また話すとしよう。それよりもここを去ることが先決じゃ」
すると老人は目でベルトルトと名乗った騎士に、何かを伝えた。
「では勇者さま方、我々と一緒に来ていただきましょう」
唐突に何の説明もなく、ベルトルトはそう言った。
「ちょっと待ってください!」
そこで疑問を投げ掛けたのは小平さんだ。
「助けていただいたことには感謝しますが、何故ついていかないといけないんですか?!」
するとベルトルトと老人が目を合わせる。
言葉はなかったが、俺には何かの意思確認をしたように見えた。
「では――」
するとベルトルトはそう言うと、その場に片膝をつき、両腕を前で組み、掲げた。
それに続き、周囲にいたすべての騎士が同じようにその場に跪(ひざまず)き、腕を掲げたのだ。
気付くと俺たちの周囲には、跪(ひざまず)き、深々と頭を下げる騎士たちの姿があった。
「勇者さま! 我らブリタニアは危機を迎えております」
「危機?……それはどういう」
小平さんは疑問符を浮かべた。
「我らブリタニアが所有する『雷の知識』を狙って、とある国が戦争を仕掛けてきたのです。我らは今も必死に抵抗していますが、戦力は削られていくばかり。戦況は芳しくありません」
すると補足するように、老人が俺たちの疑問について答えた。
「雷の知識とは、雷を有し操る能力のことじゃ。これは我らブリタニアが有しておる唯一の魔法」
「魔法?!……ですか?!」
俺はその言葉に思わずくいついた。
「おやおや、魔法という言葉はご存じかのお?」
「はい、一応……聞いたことはあります。見たのはさっきのが初めてですけど」
おそらく先ほど、この老人が杖から放っていたもの。
あれが『雷の知識』なのだろう。
すると話はベルトルトに戻る。
「つまり、その魔法を狙って、とある国が戦争を仕掛けてきたのです。我らブリタニアは雷の知識を有してはいますが、扱えるものは限られています」
「魔法とは極めて稀なものなのじゃ。ブリタニア以外にも、『風の知識』や『水の知識』といった魔法を所有する国はある。じゃが、一国に一つ。そしてそれは限られておるのじゃ」
ベルトルトと『ロウ爺様』は交互に、解説をした。
つまり、魔法とは誰もが扱えるものではなく、基本的に、限られた国が一つ所有するものであり、ブリタニアは『雷の知識』。
そして他にも、それぞれ『知識』を所有した国が少数ではあるが、存在するらしい。
そして戦争を仕掛けてきた敵国というのは、『知識』を持たない、国だということだった。
「“勇者現れるところに、転機は訪れる”……儂らはこの預言を頼りに、お主ら勇者を求めこの黄泉沼にやってきた」
老人は馬の上で俺たちを見ながら、そう言った。
「でも、俺たちは勇者じゃない」
小平さんがそう言葉を返す。
「そうよ。私たちはただの学生で……ただ巻き込まれただけで」
田所さんもそれに続いた。
「それは分かっておる。だが仕方のないことなのじゃ」
「勇者はこの世の知識を持ちません。故に自分が勇者であることも知らないと、そう預言にはありました」
「つまりじゃ、お主らがどう思うかではなく、この地にこの偉業の遺跡と共に現れた時点で、お主らは勇者なのじゃ」
俺たちはその言葉を受け入れきれなかった。
これは何かのドッキリなんじゃないだろうか? と、そうも思った。
だが化け物は見たし、中島さんが殺されるところも見た。
あれが偽物とは思えない。
だがこの騎馬隊はどうだろうか?
騎士は一人一人、腰に剣を携え、背中には竜のような模様が描かれた縦を背負っている。
疑いはあるが、これが演出だとは思えなかった。
頭の中で疑問と回答が二転三転する。
どうも俺は気が動転しているらしい。
――当たり前だ。
いきなり出てきて木の枝から電撃を放つやからに、勇者と言われたんだ。
冷静になれるわけがない。
「その……俺たちを連れて行って、どうするつもりなんですか?……殺すんですか?」
浅木さんが質問した。
その表情からは不安が窺えた。
身体には先ほどのカエルにやられたであろう粘液がこびりついている。
少し生臭いにおいも漂っていた。
「殺す? とんでもありません! 我々はあなた方、勇者を保護したいのです。そして助けていただきたいのです」
するとベルトルトの言葉に、少し安心したような様子を見せる浅木さん。
だがほんの少しだ。
その表情はまだ強張っていた。
「お主らを悪いようにはせん。そうじゃのお……ではお主らが選ぶとよい。ここに残るか、それとも儂らについて来るかじゃ。どちらでもよい、じゃがここは危険じゃぞ? ここは黄泉沼といってのお? いわば魔物のるつぼじゃ。今のお主らでは奴らのエサになるのが関の山じゃ。そうじゃのお……例えるなら、戦場に裸でおるようなものかのお? 無論、力に目覚めた勇者ならば裸であろうとも、関係ないがのお~おほっほっほっ!」
ロウ爺はよく分からないことを言いながら、最後には楽しそうに笑っていた。
「勇者様? 食べ物はどのくらいおありですか?」
するとベルトルトが尋ねた。
「あと2週間は持つくらいですか? そのくらいはあります」
誰も答えないので、俺が代わりに答えた。
「なるほど、ではその後はどうされるおつもりですか?」
だが俺ですらその問いに黙ってしまった。
予定などないのだ。
今どうするか?
この状況になってから、常にそれだけを考えていた。
それ以外に出来ることがなかったからだ。
「ブリタニアは戦時中ではありますが、食糧は豊富にございます。落ちぶれた大国とは言われていますが、国として、環境も整っています。なので、ここよりは安全かと思われます」
だから付いて来た方が得策だと、騎士は言わなかった。
ある程度の情報を与え、どうするか考えさせているんだ。
そして俺たちは、ベルトルトがそう言った後、考えた。
だがそれは、考えるまでもなかった。
「私は行きます……連れて行ってください!」
初めにそう言ったのは、片平さんだった。
それに続き、田所さんも同じように、そう言った。
「俺も……俺もついて行きます。お願いします!」
俺も最後にはそう言った。
その後、残った2人も同じように、お願いした。
俺たちは全員、彼らの提案を呑んだのだ。
だがこれは、そうするしかなかった。
カエルに囲まれた時、俺たちはそれに気づいた。
――自分たちは馬鹿だったと。
到底、対応できるものではなかったのだ。
考えが甘かった。
ただの非力な学生に、化け物退治など出来るはずがなかったのだ。
だから俺たちはついて行くことを選んだ。
生きるために……。
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