第9話
俺たちは地下の入口前にいた。
まだ外には出ていない。
「とりあえず、俺が先に出ますね?」
「あ、ああ。瀬川くんがそれでいいなら、構わないが……」
どうやら小平さんたちは、俺とは違い、前向きではない様子だった。
「言い忘れてたんですけど? その瀬川くんって呼び方やめませんか? なんだか効率が悪いような気がするんですよ」
俺は小平さんにそう言った。
要は俺に限ってのことで、ただ気になるというだけの話だ。
呼ばれる度に何か違和感を覚えるから、それを解消したかったというそれだけのことだ。
「外に出たら、出来るだけ短い時間と言葉で情報を共有する必要があります。それに俺は年下ですし、呼び捨てで構いませんよ」
すると浅木さんが――
「そうだな……分かった。なら俺も呼び捨てでいい」
「いえ、俺は今まで通りでいいんです。そっちの方がむしろ呼びやすいので。なんというか、俺は2回生で、お2人は4回生じゃないですか? なのに“さん”付けで呼ばれるのが気持ち悪かったんです」
「気持ち悪い?……まあ、そう言うなら、それでいいが……」
ちゃんと伝わっただろうか?
浅木さんは微妙な表情だった。
「まあ俺は別に、そこに拘りはないし、好きにしてくれていい」
浅木さんは俺の言い分を理解してくれたようだった。
「……そうだな。じゃあ瀬川、先に行ってくれ」
小平さんの指示で、俺は扉に手をかけた。
「2人は話した通り、ここで待機してて」
「分かったわ」
気付けば片平さんと自然に話せるようになっていた。
こんな世界になってしまったが、悪いことばかりではない。
「じゃあいきますよ?」
俺は一度確認したあと、扉を開いた。
そして、外にでる。
すると2人も俺の後に続いた。
そして中の2人が扉を閉めたことを確認すると、それぞれ武器を握り締め、あたりに目標がいないか警戒した。
「いない、みたいですね?……」
同時に他の化け物の気配も探る。
囲まれることだけは避けたいからだ。
そうなったら、殺すも何もない。
むしろ俺たちが殺されてしまう。
後はドラゴンだ。
あれには現状、どんな理屈も通用しそうにない。
とりあえず遭遇しないことを願おう。
俺は山の方角を見た。
だがここからだと木々が並んでいるだけで、それ以外は分からない。
やはり中に入ってみないと……。
「瀬川? どっちに行く?」
「とりあえず、体育館の玄関口まで行きましょう。何かあった時、直ぐ戻ってこられるように」
「分かった」
何故か俺に判断を任せる小平さん。
この人はよく迷う。
俺たち3人は、そこからしばらく歩いた。
すると辺りは、以前よりも酷い有様になっていた。
まず体育館の向かいにある部活棟が全焼していた。
跡には歪んだ鉄の骨組みと、焼き焦げた地面や残りカスしかなかった。
この間のドラゴンの仕業だろう。
そこを通り過ぎ、またしばらく歩く。
すると遠くに、コンビニが見えてきた。
はずだった……。
そう。コンビニも全焼していたのだ。
白い外装だったはずのコンビニは、ただ真っ黒な四角い箱に成り果てていた。
「ドラゴンか……」
どうやら浅木さんも気づいたらしい。
「とりあえず奴を探しましょう」
3人で辺りを見渡した。
だが白骨の姿はない。
この間は割とよく見かけたのだが……。
「瀬川、あそこだ」
すると小平さんが囁くような声でそう言った。
すると小平さんが指を差した先に、この間みたものとまったく同じ、白骨死体が歩いていた。
「よく見つけましたね?」
「偶々な」
瓦礫と化した体育館の隅の方。
玄関口を正面に右手の奥の方だ。
つまり俺たちが通って来た道とは逆。
そこに奴はいた。
「まずは俺が行きます。とりあえず動きを確認してください。もし仮に速いと思ったら、迷わず撤退しましょう。問題がなければそのままやります」
「それで? どうやってやるんだ? 相手は骨だぞ?」
浅木さんが尋ねた。
「足の骨を砕きましょう。まずはそれを先にやります。あとはそれから考えます」
「分かった」
俺はバットを握り締め、ゆっくりとその白骨に近づいた。
見ると、白骨の目の前に死体が転がっている。
女性と死体だ。
顔は分からないが、胸の膨らみで女性だと分かる。
そして白骨は、ファルシオンのような剣の刃先を、その死体の顔にぐりぐりと押し付けていた。
俺はさらに、そっと近づいて行く。
白骨はまだ気づかない。
耳がない分、聴覚が鈍いのだろうか?
俺はバットを構えた。
そして――
無言のまま、バットを頭に振り下ろした。
「あっ! しまった!」
頭に振り下ろしたはずが、白骨の腕に当たってしまった。
だがそのおかげで、白骨は剣を腕ごと地面に落とした。
すると、そこで白骨が俺に気づき、何もない真っ暗な目で、俺を睨んだ。
俺は直ぐバットを横に振った。
すると腰を狙ったはずが、白骨の足に当たる。
どうやらイメージしていたよりも、もう少しずらして振った方がいいらしい。
だが効果は抜群だった。
白骨は足を失ったのだ。
「ほら! 小平さん! 楽勝だったでしょ?!」
俺の予想通りだった。
こいつはそこまで、強くない。
「うわぁあああ!」
するとその時、足をすくわれるような感覚を覚えた。
視界が一気に上を向き、気づくと俺は背中から、地面に倒れていた。
「痛っ!……」
――油断した。
俺は何とか頭をぶつけることだけは避け、それから手で状態を起こそうとした。
するとそこで、俺の足を掴んでいる白骨と目が合った。
気付くとバットが遠くに転がっている。
倒れた拍子に、落としたのだろう。
「くそっ! 離せよ!」
俺は片足をばたつかせ、どうにか白骨の手を振りほどこうとした。
だが握力は化け物並ということなのか、中々、腕がはがれない。
むしろどんどん力が強くなっているように感じた。
「くそがっ!」
俺は白骨の手に向かって、尻餅をついた体勢から、『かかと落とし』を繰り出した。
だが何度やっても当たらない。
すると突然、白骨が俺の足を伝い、ゆっくりと登るように近づいてきた。
「来んなよ!」
とは言ってみたものの、白骨に通じる訳もなく、
益々、近づいてくる。
だがその時だった。
「瀬川! じっとしてろ!」
浅木さんの声が聞こえ、目の前を斧が通過した。
それは白骨の頭蓋骨を砕き、胴体ごと遠くへ持っていった。
「よし!」
浅木さんの声と共に、俺は救われたことを実感した。
そして俺は直ぐに、立ち上がった。
そこで確認すると、さっきまで動いていたはずの白骨が、隣でビクともしなくなっていた。
「ありがとうございます。助かりました。」
俺はそれを横目に、とりあえず礼を言う。
あのまま誰も助けてくれなかったら、俺はどうなっていたのだろうか?
考えるだけでもぞっとする。
地面に落ちていたファルシオンを手に取ってみた。
それから光に照らし眺めてみる。
「目標達成だな?」
「はい」
小平さんの声がした。
「じゃあ次はどうする?」
「そうですねぇ……一旦戻りましょう。2人も心配しているでしょうし」
俺がそう言うと、2人は物足りなさを顔で表現していた。
確かに危なかった。
一瞬、死を感じたような気もした。
だがそれ以上に、剣を手にした時の達成感が凄まじいいものだったのだ。
どうやらそれは2人も同じだったらしい。
俺は直ぐに冷静ではないことを悟ったが、2人はアドレナリンが出ているのか、次を期待するような表情だった。
「そうだな……少しずつにしよう。焦っても仕方がないしな」
だが小平さんも、このまま続けるのは危ないと判断したらしい。
「分かった」
俺が「もう少し狩りますか?」と、提案しようとした時、2人は勝手に納得した。
別に狩りたいならこのまま続けても良かったのだが……。
そして直ぐ、俺たちは来た道を引き返そうとした。
だがその時だった。
「待て! 今、なんか聞こえなかったか?」
小平さんがそう言った。
「ああ、俺も聞こえた」
それは俺にも聞こえていた。
そうだ……まるでそれはカエルの鳴き声のようだった。
するとそれがどんどん大きくなっていく。
音が次第に大きくなり、数が増えていくように感じた。
「なあ……ヤバくないか?!」
浅木さんが焦りを見せた。
「浅木、声を抑えろ」
小平さんの表情からは警戒と、浅木さんと同じく、焦りが窺えた。
その瞬間――
ここから見える部活棟の方向から、大量の緑色をした大きなカエルの群れが現れたのだ。
「おいおいおい! なんだよあれは!」
浅木さんはもう焦りを隠しきれなかった。
その群れは明らかに俺たちを目指して、飛び跳ねてくるのだ。
「浅木、瀬川……やるぞ」
その時、小平さんがそう言った。
よく分からないが、その目には覚悟があるように見えた。
「正気か?! あの数を見てみろよ! 逃げられるかどうかさえ分からないんだ!」
「だから戦うんだ!」
浅木さんの焦りに、小平さんは冷静に答えた。
だが冷静だったかは、定かではない。
「分かりました。戦いましょう」
俺はそう言って、ファルシオンを構える。
もう仕方がない。
こうして話している間にも、カエルは迫ってきているし、帰り道は塞がれてしまった。
「浅木さん? もうやるしかないですよ」
俺は群れに視線を向けながら、そう言った。
「あれはさっきの骨とは違うぞ?!」
「ええ、言われなくても見たら分かりますよ」
「だったら逃げるべきだろ?!」
「もう無理ですよ! 逃げられない!」
その時、カエルの動きが止まった。
そして浅木さんも気づいた。
「嫌だ……俺は、まだ……死にたくない」
浅木さんの声がその状況を表していた。
俺たちはまんまとカエルに周りを囲まれてしまったのだ。
なんだが地に足がついていないような、浮いた感覚を覚える。
これが死を覚悟するということだろうか?
俺はもう一度、ファルシオンを握り締めた。
カエルは人で言う喉仏を一定のリズムで膨らませながら、カエルらしい鳴き声を出していた。
そしてどこを見ているのか分からない目で、俺たちの様子を窺っているようだった。
するとその瞬間、俺の真横を赤い舌が通り過ぎていった。
そして気づくと、それが浅木さんに巻き付いていた。
「……嘘だろ?」
そう言って状況を理解した瞬間、浅木さんはカエルの舌に連れていかれた。
「助けてくれぇええ!」
「浅木!」
小平さんが叫んでいる。
その時、周囲にいたカエルが、小刻みに鳴き声を上げた。
まるでカエルの合唱だ。
そして浅木さんを捕まえたカエルは、躊躇することなく、浅木さんを飲み込んだ。
「そんな……」
俺は唖然とした。
それまで、死というものの実感がなかったのだ。
だが浅木さんが食べられた時、それが何となくだが分かったような気がした。
『【雷光】!』
――だがその時だった。
声が聞こえたと同時に、目の前を光が走った。
そして、気づくと目の前のカエルが腹から内臓をぶちまけている。
すると口元から今のみこんだはずの、浅木さんが出てきたのだ。
「え?……どういうことだ?」
『皆の者! ブリタニア帝国の名にかけて! 勇者様をお守りしろ!』
その声と共に、そこへ大群が押し寄せてきた。
鎧を纏(まと)った馬と、そこにまたがる鎧を纏った騎士だ。
それらが何体も何体も、次から次えと、現れる。
そして剣をとり、カエルの群れを次々と切殺していったのだ。
「【雷光】!」
一人の老人がそう叫ぶと、持っていた杖の先から光が見えた。
そして気づくと、目の前のカエルが丸焼きになっていた。
『周囲を囲め! 勇者様にそいつらを近づけるな!』
男は執拗に俺たちを『勇者』と呼んだ。
――そして気づくと、
そこには無数のカエルの死体と、得体の知れない騎馬と騎士たちの姿だけがあった。
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