第8話

 あれから3日が過ぎた。


 保存用のビスケットはまだ残っているため、空腹は誤魔化せた。

 だが10本あった飲料系が底をついた。

 それが昨日のことだ。


 俺たちは大体5日くらいシャワーも浴びていないため、衛生面を気にする余裕もないほど、臭いは酷いものになっていた。

 そこで小平さんが提案したのだ。


「とりあえず、水は確保しないとマズい。確か体育館には、1階にシャワールームがあったはずだ。災害時に水が止まった時のために、緊急用の貯水タンクもあったはず……」


 俺はそこまで知らなかったが、小平さんはどうも詳しいようだった。


 地下には自販機もある。

 だが包丁では扉が開けられない。

 そのため、何か別の道具を見つける必要もあった。


 俺は体育館といえば、バドミントンの授業くらいでしか来ない。

 地下は、よく非常口の鍵が開いているか確かめに行っていたこともあり、それなりには見慣れていたし詳しかった。

 だが1階はそこまで知らないのだ。


「1階に続いていた階段は、崩れていましたけど、もしかしたら登れるかもしれません」


 俺はこの間みた光景を思い出しながら、提案する。


 その後、全員で1階へ向かうことにした。

 そして試行錯誤の末、どうにか1階へ辿りつく事が出来た。

 もちろん体育館は倒壊していたため扉すら開かず、中に入ることはできなかった。

 だが廊下は無事だったのだ。

 外から見た限りでは、豪快に崩れていたため全壊しているものだと思っていたが、どうやらそうでもなかったらしい。

 俺たちは運が良かった。


 一回にはもう一つ、トイレがあった。

 その隣にはシャワールームがあった。

 やっと汗や汚れを流せると安心し、俺たちは先に女子2人を優先した。

 男3人はその間に、念のためこの階の端から端までを調べた。

 主に、奴らが中に入ってこられるような、隙間がないかということだ。

 だがガラス扉があったはずの入口は地震の影響で、瓦礫に埋もれており、外からも中からも出入りができない状態になっていた。

 それが俺たちにとっては、喜ばしいことだった。

 これでバリケードを張る必要がなくなるからだ。


 受付の中で、緊急時に使用するものだと思われる斧を見つけた。

 あとは金属バットなんかもあった。

 俺たちはそれを持ち、とりあえず地下の自販機へと向かった。

 1階にも自販機はあるのだが、なんせ音がするため、流石に1階はマズイだろうと考えたのだ。


 そしてどうにか自販機の扉を開き、中から大量の物資を回収した。

 その後、1階に戻り、先ほどの自販機を確認する。

 だが俺たちは、先ほどよく確認をしていなかった。

 この自販機は災害時や緊急時のことも考えられていて、お金を払わなくても、中から飲み物を取り出せるタイプの物だったのだ。

 間抜けなことにそれを今知った。

 俺たちは片づけるはずだった仕事がなくなったことで、安堵した。


 しばらくするとシャワールームから女子2人が現れた。

 入れ替わりで次は俺たちがシャワールームに入った。


 と、まあこんな感じで色々なものを手に入れ、俺たちは意外にも快適に生活していた。




 地下から1階に拠点を移した。

 何かあった時はここをまた出て行かなくてはいけない。

 何かとは具体的に言うなら、もちろん、化け物が侵入してきた場合のことだ。

 その時、外に出る方法は今のところ、地下の非常口しかない。

 だというのに何故、拠点を1階に移したのか?

 それは単純な話で、降りるのは容易いのだが、登りがきつかったからだ。

 1階はすべての扉が封鎖されているし、侵入されるとすれば地下からだろう。

 その場合、一度上に避難する必要が出てくる。

 登りがきついため、誰かが逃げ遅れるかもしれない。

 一方で、もしかしたら1階から侵入される可能性もある。

 その場合は、そのまま地下に飛び降りて逃げればいい。

 軽く飛び降りるだけなので、逃げるのは容易い。

 それに1階の方が外の音がよく聞こえるのだ。

 快適とはいえ、常に警戒は必要だ。

 そういった理由から、俺たちは物資を1階に移動させた。

 そして直ぐに持ち運べるように、地下へと続く崩れた階段の傍に、カバンにまとめて置いておいた。


「とりあえずはこれでいいだろう」


 小平さんが汗を拭い、そう言った。


「それで……これからどうするんですか?」


 俺は尋ねる。

 確かにすべて順調で、快適だが、それもいつまで続くか分からない。

 先の事を考えないといけないわけだ。


 だが小平さんも含め、全員が今後に悩んでいた。


「一つ提案してもいいですか?」


「ん? ああ、言ってみてくれ」


 提案した内容は主に、体育館の裏にある、小さな山を通ってキャンパスを抜けるという話だ。


「それは、なんというか……」


 だが小平さんは迷っていた。


 まあ、それも分からなくはない。

 小さいと言っても、山だ。

 何があるか分からない。


「早朝に出発すれば、昼前には抜けられるはずです。とりあえず暗くなる前には山を抜けて、次の拠点を探したいので、そう考えると早朝がいいかと思います」


「でも、山を抜けた先がどうなってるかなんて分からないでしょ?」


 田所さんが疑いの目を向け、そう言った。


「ああ、確かに分からない。もしかしたら、このキャンパス全体をあの沼地と霧が囲んでいることも考えられる。でもいつまでこの地下にはいられないし、そもそもキャンパスにだっていられない。保存食だって、あと2週間持つかどうかってところだし……」


「どちらにしろ、食糧に余裕がある間に、次へ向けて行動した方がいいってことか?」


 浅木さんが話をまとめるように尋ねた。


「はい。それに籠りっぱなしだと体力は減っていきますし、こんな日の当たらない所じゃストレスも溜まるでしょう。精神的にどうにかなってもおかしくない。つまりここに居続ければ、早い段階で同時に色んな問題が出てくるってことです。そうなったら、食糧どうこうの問題ではなくなってきます。問題が少ない今の内に、ここを出た方がいいと思うんです」


 提案したはいいが、誰も何も答えない。

 だがそれは分かる。

 ここは安全だ。

 仲間を失ってまでして、やっと手に入れたセーフエリアを簡単には手放せない。

 だが俺が言いたいのは、それは今だけだということだ。

 そもそも、ここが既に危険なんだ。

 外では朝も夜も化け物が徘徊し、飛び回っている。

 ここまで来れただけでも奇跡だ。

 だがその奇跡もずっとは続かない。


 すると黙っていた浅木さんが答えた。


「とりあえず使えそうな武器を探そう。ここになら色々あるだろう」


「……分かった。そうしよう」


 とりあえず何かをしていたいのだろう。

 この沈黙をずっと続けていても何も始まらない。

 小平さんも同意し、俺たちは1階を物色した。




 俺は金属バットだ。

 浅木さんと小平さんは斧。

 女子2人は包丁を選んだ。

 大きすぎてはとっさの状況で、扱えないという理由からだ。

 もう少し大きなものを選んではどうかと提案したが、これでいいらしい。


「正直、これもどこまで通用するか……」


 俺は自然とその言葉が出た。


「そうだな。だが今はこれしかない。これが今、俺たちにとっての唯一の抵抗手段なんだ」


 こんな鉛の棒が抵抗手段とは……。

 人間相手ならまだしも、化け物が相手では、木の枝と変わらないんじゃないだろうか?


「ためしに、化け物を一体殺してみませんか?」


“「は?」”


“「え?」”


 すると俺の提案に、4人が同じ反応を示した。


「こんな物をみつけたんです」


「それは……双眼鏡か?」


「はい」


 俺は小平さんにそう答えた。


「まず地下の扉から外を観察します。外の様子を覗ける場所はそこしかありませんから。後は、付近を観察する者と、遠くを観察する者に分かれて、手ごろな化け物を探すんです」


「見つけたらどうするんだ?」


 浅木さんが尋ねた。


「今回は男性陣だけで行きましょう。田所さんと片平さんには、地下で待機してもらって。俺たち3人で行きます。とりあえず回り囲んで、殺す感じで行きましょう」


 すると俺の話を聞いた2人は、渋い表情をしながら俯き、落ち着きのない動作をみせた。

 おそらく悩んでいるのだろう。


 だが、そこで俺はもう一つ提案する。


「探すと言ったばかりで申し訳ないんですけど、実は、その殺す予定の化け物も、一応もう決めてあるんです」


 すると4人は顔を上げた。


「ここに来る前も何体か見かけたと思うんですけど、白骨化した死体のような化け物がいましたよね?」


 それは白骨化した死体が剣を片手に動き回っているような、そんな化け物だ。

 命名するなら骸骨戦士か?


「ああ、覚えてる。確かに見たが……あいつをやるのか?」


 浅木さんが尋ねた。


「はい、まだ俺もよく観察したわけではありませんけど、見た限りでは動きが遅かったように思うんですよ。俺が見た時、丁度、1人の生徒がそいつに追われているところでした。でもその生徒が恐怖から体力配分を間違えていただけで、その“骨”自体はそこまで速い動きじゃなかったんです。あいつなら俺たちでも倒せると思うんですよ」


「その話が本当なら、確かに俺たちでもやれるかもしれない。俺たちには斧が2本あるし、バットだってある。だがもう少し小さい、ネズミのような生き物もいただろ? そういう小さいものからじゃだめなのか? いきなり人型サイズのものをやるのか?」


 小平さんは出来るだけ、怪我なくこなしたいのだろう。

 もちろん、俺だってそうだ。


 ついでに小平さんが言う、“ネズミ”とは、小型犬くらいの大きさの化け物のことだ。


「俺もそのネズミは見かけました」


 見かけたと言っても、排水溝に首を突っ込んでいるところを見た程度だ。

 正面からは見ていない。


「ただそれを殺したとして、何か得る物はありますか?」


「……どういうこと?」


 珍しく片平さんが尋ねたので、俺は彼女に答えた。


「白骨の方は、手に剣を持ってたんだ。正直に言うと、俺はあの剣が欲しいんだ。化け物が持っているものだから、それなりに切れ味もあるだろうし、それ以降も使えそうだから」


 すると4人は納得したような表情をした。


「なるほど……確かに、1体殺せたところで、それで終わりというわけじゃない。生きていくなら、他の化け物に対抗できるだけの力も身に着けないといけない」


「そういうことです。なので、まずは白骨の剣を手に入れることから始めてみませんか?」


「んんん……なかなか難しい話だな……」


 だが浅木さんは、頭を抱えていた。


「君達2人はどう思う? 初見は俺たちでやるから2人は参加しなくていい、だから客観的な意見を聞きたいんだ?」


 すると小平さんは女子2人に助言を求めた。

 最初に答えたのは田所さんだ。


「私は、いいと思います。正直、ここには武器が少ないですし、対抗手段もそれだけ限られてます。瀬川くんが言うように、動きが遅いなら無理な話でもないような気がするので」


「片平さんは?」


「私も……よく分かりませんけど、賛成です。その、骨の方がまだ生き物っぽくないし、直前で躊躇わないと思うんです」


「なるほど……」


 小平さんはまた考える。

 一体、何を考えているのか?

 正直、もう答えが出ていいころだと思うんだが。

 それに、何かを始める時というのは、多少、馬鹿になった方がいい。

 悩めば悩むほど、それだけ時間が無駄になる。


「よし! 分かった。じゃあ今回は、瀬川くんの案に従おう」


 ようやく、小平さんは答えを出した。


「ああ、それでいこう。でも瀬川くんが言い出したんだ。最初は瀬川くんが頼むぞ?」


 すると浅木さんが俺にそう言った。

 なんとも卑怯な人だ。

 この人はドラゴンの時も一人だけ、逃げていたし……。


「はい、それはもちろんです。でもその代わり、最初の剣は俺が貰いますよ?」


 すると浅木さんは、自分から言っておいて驚いた表情をしていた。

 どうやら半分、冗談のつもりだったらしい。


「ふ……君は頼もしいな? 少し誤解していたよ」


 すると何を思ったのか、浅木さんはそう言って笑った。

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