第6話

 目の前に現れたドラゴンは、ついさっき見たものとは違うものだった。

 何故なら、さっき見たドラゴンは、もう少し小さかったからだ。

 俺は言葉足らずで、ドラゴンと言ってみたのだ。

 だが、もしかすると前に見た奴は、ドラゴンではなかったのかもしれない。


 だがこいつはデカい!

 おそらくこういうのをドラゴンと呼ぶんだろう。


「皆! 逃げろ! ここはダメだ」


 すると小平さんが、全員に叫んだ。

 その表情からは、この状況の壮絶さが伝わってくる。


「だから言ったでしょ! 外は危ないって!」


 その時、中島さんが皆を責めた。

 だが俺に言わせれば、じゃあ付いてこなければ良かったんじゃないかと、そう思う。


「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ?! だったらあんたは残っとけば良かったじゃない!」


 田所さんが俺の心の声を代弁してくれた。

 そして田所さんと中島さんの喧嘩が始まる。

 こいつらはどこでも喧嘩するんだなぁ~。

 もしかして目の前のドラゴンが見えていないのだろうか?


「あずさ、今はやめて! ドラゴンがいるんだよ?!」


 流石に片平さんが止めに入った。


 それにしても“ドラゴンがいるんだよ”とは、中々、斬新な響きだ。

 ここが異世界でもなければ、絶対に聞けなかっただろう。

 だがこれを斬新と捉えてしまうのは、俺がまだ現実を見つめられていないからかもしれない。


「君たち! そんなことをしている場合じゃないだろ!」


 小平さんが2人の間に入った。


 一方、浅木さんはそれを横目に、俺にアイコンタクトを送り、逃げるぞと言っている。

 それに対して、俺は適当に頷いてみせた。


 だがその時だ。


 2人の叫び声に気づいたのか、ドラゴンが地面に振動を与えながら、こちらに歩いてきたのだ。

 おそらくあれはドラゴンにとっては、“歩く”という程度の小さな一歩だろう。

 だが俺たち人間にとっては大きな1歩だ。


「みなさん! いきましょう!」


 迫りくるドラゴンを見て、和康が叫んだ。


 だがその時、ドラゴンの翼が一瞬、動きをみせた。

 そしてその瞬間、もの凄い勢いでこちらに迫ってきたのだ。

 それは翼で体を一瞬浮かせ、地を蹴り、飛び跳ねたかのようだった。

 そして気づくと目前にドラゴンの姿があった。

 俺も含めた一同は、まったく反応できず、ただ震えながら立ち止まっているだけだった。


「きゃああああ! きゃっ! きゃっ! きゃあああああ!」


『一人で何回叫ぶんだ?』と、言いたくなるほど、中島さんは悲鳴を上げていた。

 だがそれがマズかったのだろう。


 ドラゴンは女子3人の上空を通り抜けるように迫り、その一瞬の内に中島さんだけを腕で掴み、上空へと連れ去ったのだ。

 他の女子2人が無事だったのは、直時に腰から崩れ落ちたからだ。


 もはや誰も反応できなかった。


「いやあああ! 離してぇえ! いやあああ!」


 ドラゴンの腕の中で、中島さんが悲鳴を上げている。

 だが助けられるはずもなかった。


「みどりぃい!」


 片平さんが悲痛の声を上げた。


「待て! 声は出さない方がいい!」


 その時、浅木さんが冷静にそう言った。


 ――確かにそうだ。

 ドラゴンは悲鳴を上げた中島さんを襲った。

 つまり、もしかするとあのドラゴンは、音に反応したのかもしれないからだ。


 女子2人はただ上空の中島さんを眺めているだけだった。

 まあ、それは仕方がない。

 あんなに高く飛ばれては、助けようがない。

 それに人間関係というのは、こういうものだ。

 絶体絶命のピンチに他人を気遣う者など少数なのだ。

 といっても、これはもう気遣うとか、そういう問題でもないが。


 すると、急に低空飛行になったドラゴン。

 一瞬、中島さんの顔が見えた。

 どうやらまだ意識があるらしい。

 だがその顔はゲロまみれだった。


 そして一瞬、声が聞こえた。


「お前らぁああ! 絶対にぃい! 許さないからぁああ!」


 おそらく中島さんの声だろう。


 その直後、ドラゴンは上空に中島さんを投げ、宙に舞ったところをガブっ! と食らいついた。

 その瞬間、果物の果汁が飛び出るように、空に鮮血が舞った。


「皆! 今の内に行きましょう!」


 すると和康が「こっちだ!」と手招きしながら、呼んでいる。


「分かった! 直ぐにいく!」


 和康の判断は正しい。

 中島さんはもう死んでしまった。

 ならば百歩譲って祈るべきは、彼女の冥福ではなく、自分たちの命なのだ。

 だが祈っていても助からない。直ぐに行動する必要がある。

 ドラゴンが戻ってくる前に。

 それに和康は先を見据えた男だ。

 今はあいつについて行くのか賢明だ。


 そして俺はドラゴンが戻ってくる前、走り出した。


「おっ、おい! 瀬川くん! どこへ行くんだ?!」


 小平さんの声に、俺は振り返った。


「もう直ぐそこなんです! 早く行きましょう! 和康が案内してくれます!」


 俺はそう言って、その先に向かった。




 ▽




 ――小平は、そう言って走っていった瀬川の背中を眺めていた。


「浅木! 瀬川くんが!」


 小平は、よそ見をしていた浅木にそう言った。


「ああ、分かってる。俺たちも行こう」


 するとそう言いながら、浅木は小平のところまで、小走りで近づいてきた。

 というのも、浅木はドラゴンがいると分かった時点で、皆よりも少し離れた場所に避難していたのだ。


「小平? 俺は先にいくぞ?」


「ああ、先に行っててくれ……」


 するとそのまま、浅木は瀬川の後を追い、走って行った。


 小平は隣に視線を向ける。

 すると田所と片平が震えながら、涙を流していた。


「2人共、しっかりしろ! もう中島さんは死んでしまったんだ!」


 友達を失ったばかりの者にかける言葉ではないが、それだけ状況はマズかったのだ。

 というより、小平にはこの2人が中島に対して、そこまでの感情を抱いているようには見えなかったのだ。

 口には出さないが、心のどこかで“友達ごっこ”だと馬鹿にしていた。


「それより、確か君たちは瀬川くんとは同級生だったよな?」


「は……はい」


 すると、ぐずりながら片平が答えた。


「そうは言っても、私たちは彼とは別の学部ですし、殆ど話したことはありませんけど……」


 すると片平に代わり、田所がそう答えた。


「なるほど……そうか……」


「あの……どうかしたんですか?」


 すると何やら考え中の小平に、田所が尋ねる。


「いや……ただ、彼はいつもあんな感じなのかと思ってね?」


「ああ……そういうことですか……」


 田所は察したように、目線を下に向けた。


「とりあえず急ごう。ドラゴンが戻ってくる前に俺たちも地下に入らないと」


 小平はそう言って、2人を誘導しながら目的の地下へと向かった。




 ▽




 体育館の地下に到着して直ぐ、俺は物資が置いてあるトイレへと向かった。


 そしてトイレの扉を開き、小平さんにその様子を見せた。


「ここにある物で全部です」


「悪いな、助かるよ」


 すると小平さんはそう言って、そこにおいてあったカバンを開き、中の物資を確認した。


「ん?……瀬川くん?」


「はい?」


 すると小平さんが俺を呼んだ。


「話に聞いていたより、少なくないか?」


「え?……」


 そこで小平さんがおかしなことを言った。

 少ない? いや、そんなはずはない。

 俺たちはかなりの量をここへ持ってきたはずだ。


「そんなはずはないんですけど……」


 俺はカバンの中を確認した。


「……あれ?」


 だが俺はそこで気づいた。


「足りない?……そんなはずは……なんでだ?」


 俺は焦りを隠せず、カバンの底まで手を突っ込み、中を確認した。


「もしかして……誰かに盗まれた?……」


 俺はそう言った。


「いや、それはないだろう。それなら普通、全部もっていくはずだ。これだけここに置いておくなんてことは、考えられない。つまり、ここには誰も来ていないということだ」


 確かに荒らされた形跡もなければ、誰かがここにいたような痕跡もない。

 ということは、最初からこれだけしかなかったということになる。

 いや……だが、それはおかしい。

 俺と和康の分を合わせて、飲料は丁度ここに20本あるはずだ。

 そして、保存用のビスケットは10個入りを一人4列分。つまり40個で、計80個持ってきた。

 そしてその内の12個を食べたから、ここには68個ないとおかしい。

 だがカバンの中には、飲料が10本、保存食が34個しかなかった。

 本来なら、その倍はあるはずだ。


「和康? お前……ここにあった半分? どうしたんだ?」


 和康しか考えられない。

 もしかして、別の場所に移動させたのか?


「ん? 和康?」


 だが和康の声がない。

 そして後ろを振り向いたが、そこ和康の姿はなかった。


「ん?……給湯室か?」


 和康はここに籠っていた2日間、よくトイレを抜け出して給湯室にいた。

 俺が何をしているのかと尋ねると、包丁を磨いているのだと言っていた。

 どうやらそれで、気が紛れるらしいのだ。

 俺は特にきにしなかったが、どうやら和康にとって、この閉所は堪えるらしいのだ。


「すいません。和康が戻ってきたら、また聞いてみます」


 すると小平さんは苦笑いした。


「いや……俺の方こそ、すまない。余計なことを聞いてしまったね?」


「いえ、いいんですよ。物資は大事ですから」


 小平さんは意外と良い人だ。

 だが別に、そこまで俺たちに気を遣ってくれなくてもいいのに。

 おそらくただ物資を分け与えられていることに、罪悪感でも覚えるだろう。

 物資を分け与えてくれた人を見殺しにしてしまったと、悔やんでいたし。


「とりあえず食べながら、休憩しませんか?」


「ああ、そうだな。ここまで来るのに、少々疲れた」


 すると小平さんや浅木さん。

 女子2人も床に腰を下ろした。


「すいません。やっぱりちょっと見てきます」


 俺は物資を一つ取り、給湯室に向かった。

 やはり、戻ってこない和康が気になったのだ。


 そして給湯室の前にきた。

 するとそこに、包丁を研ぐ和康の姿があった。


「和康? 物資が半分なくなってるんだけど、お前、知らないか?」


「え? なくなってる?」


「ああ、今確認したんだけど、どうやらそうみたいなんだ?」


「……どういうことだ?」


 和康は顎を触りながら、考えていた。


「お前じゃないのか?」


「お前じゃないって?……どういう意味だ?」


 俺は和康の表情を窺った。

 だがその表情からは、疑問以外のものは窺えなかった。

 つまりこいつは本当にしらないのだ。


「……いや、だったらいいんだ」


 どうやら和康ではないらしい。


「じゃあ、どういうことだ?……」


 俺は他の可能性を考えてみた。

 だが無い以上、考えていても仕方がない。

 俺たちは確かにあそこに置いた。だが無い。

 ということは誰かに盗まれたと考えるのが自然だ。


「もしかしたら、俺たちのいない間に、誰かが入ったのかもしれない」


 俺は推論を話した。


「まあ、無いって言うなら、そういうことだろうな」


 和康から見ても、そうとしか考えられないようだ。

 だが無いなら、あの量で凌(しの)ぐしかない。


「ところで前から気になってたんだが、それは、何をやってるんだ?」


「見て分からないか? 包丁を研いでるんだ」


「だからなんで?」


「最悪、外の化け物と戦わなくちゃいけないだろ? その時、切れ味が悪いと刺さらない可能性がある」


「でもそれって使えるのか? 研いだところで結局、包丁だろ? 相手は化け物だぞ? 中には剣を持っていた骸骨もいただろ? そんな奴を相手にした時、それでどうにかできるとは思えないんだけどなぁ……」


「言っただろ? 無いよりはマシだって……」


 俺はしばらくの間、和康が包丁を研ぐのを眺めていた。


「なあ、これからどうする気だ?」


「何が?」


「ここにいて、それでどうなると思う?」


 物資の問題もそうだが、ここにいてもいつかは死んでしまうだろう。

 物資を手に入れ、その度に籠ることを続けるわけにもいかない。


「お前の言いたいことは分かる。ここを離れるべきだと言いたいんだろ?」


 和康は俺の心を読んだ。


「ああ、ここが別の世界だって言うなら、それはもう仕方がない。だが仕方がないままでは終われない。だったら外にでないと」


「あの人たちがそうすると思うか? 見ただろ? このキャンパスの周りは霧の濃い沼地で覆われてるんだ」


「全部は確認してないだろ? バス停とは逆の方向に進めばいい。そっちなら大丈夫かもしれない」


「山を登るっていうのか?」


 バス停から見て反対とは、つまりこの体育館のある方角だ。

 そして体育館の裏は、山で覆われていた。


「別に山って言うほど大きなもんじゃないだろ? 朝早く出れば、昼までには抜けられるさ」


 すると和康は大きなため息を吐いた。


「正直、あの人たちに会ったのは、間違いだったかもしれないなぁ……」


「ん?……なんで?……どういうことだ?」


 突然、和康はそう言った。

 俺はその言葉の意味を少し考えてみたが分からない。

 何が不満なのだろうか?


「ただうるさいのと、食(くい)扶(ぶ)ちが増えただけだろ? 俺たちだけなら、少人数だし動きやすかった。はぁ……6人って言う中途半端なこの人数は、危険だ。奴らに狙われた時、気遣いながら、逃げれると思うか? だけど誰かが気遣ってやらないと、特にあの女子2人は直ぐ死ぬぞ? それになにより……危険だ……」


 俺は和康が最後に言った“危険”という言葉の意味が分からなかった。

 何を意味して危険と言っているのだろうか?


「その……危険ってどういう意味だ?」


「分からないか? 大体人ってのは3人集まれば、1人は仲間外れにされるもんだ。いいか? 複数を束ねるには、それなりの経験が必要なんだ。それかカリスマ性だ。その内、2つに分裂するぞ? そしたら物資はどうなる? 誰の物になると思う?」


「それは……」


「もちろん、それは年上のあの2人だ。今はまだいい。食べ物もそれなりには残ってるからな? だがその内、餓えがくる。そしたらどうなると思う?」


「え……どうなるんだ?」


「男4人に女が2人だ。 理性ってのはなぁ? 空腹じゃあ保てないんだよ。そうなったら、お前の大好きな片平さんも、あいつらに犯されて終いだ。どうする? このままでいいのか?」


 和康は、やはり先を見据えていた。

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