第5話
「物資なら、まだありますよ」
俺がそう言うと、皆が俺の方を向いた。
「物資があるって……本当か?! どこに?」
浅木さんが迫る感じで俺に尋ねた。
「体育館の地下です」
だが俺がそう言った途端、次第に浅木さんの表情は暗くなった。
すると代わりに小平さんが尋ねた。
「その物資はどのくらいあるんだい?」
「そうですね……だいたい2人で一週間はしのげるくらいの量です」
「一週間か……」
小平さんはそれを聞くと、何かを考えていた。
しばらく黙ったまま、ビスケットをかじる小平さん。
俺はそこで、そもそもの現状について聞いてみた。
「あの、実は俺たち2日間ほど、その地下に隠れてたんです」
「……そうか」
小平さんは“それがどうしたんだ?”と疑問符を浮かべていた。
「はい、だから外の状況が今一分からないんです」
すると小平さんは納得したように、事の成り行きを教えてくれた。
「化け物が現れたのは昨日ことだ。大地震が起こり、キャンパス内にある建物がいくつも倒壊した。崩れた瓦礫の下敷きになり、数え切れないほどの生徒が亡くなったよ。俺も、全部は把握しきれてない」
それは大体知ってた。
逃げながら見える光景から、それは想像できたからだ。
「俺は最初、こいつとバスを待ってたんだ。だけど待っても待っても、バスは来なかった。そして不意に遠くを見つめた時、奇妙なものが見えた」
それも知ってる。
「沼地だよ。見渡す限り沼地。あたり一面が深い霧に包まれ、湿地帯になっていたんだ」
「それは俺も見ました」
「そうか……。俺たちは初め、それが何だか分からなかった。混乱しているのかもしれないと思ったんだ。逃げる時にどこかで頭をぶつけたのかもしれないとも思った。だが何度見ても、そこには俺の知っているコンビニやガソリンスタンドはなかった」
そうだ。まるで……
「まるで、大地を切断されたように途中で道が途切れていたんだ。それから俺たちは理解できないまま、直ぐに行動した。まずは食べ物だと思い、コンビニに駆け込んだ。食堂は崩れて入れなかったからな」
考えていることは皆、同じか。
「だけど手に入ったのはおにぎり1つとペットボトルが1本だけだった。これでしのげるわけがないと絶望したよ。まだその時は確信していなかったから……救助が来るだろうとも考えていたんだ。だけど、仮にそうだとしても、救助が来るまでに持ち堪えられない」
小平さんはまた一口かじった。
「しばらくすると、広場に人が集まってきたんだ。凄い数だったよ。あの大地震で、こんなにもたくさんの人たちが生きていたとは、思わなかったからね。そしてそこに集まった何人かの人が、皆に食べ物を分けてくれたんだ。これで頑張ろうって、言葉をかけながらね……だけど」
すると小平さんが目見開いた。
その表情からは、壮絶さが伝わってきた。
「昨日のことだ! 映画で見た恐竜のような鳴き声がして、人の叫び声が聞こえた! そして揺れを感じた。そこにいた人たちが軽くパニックになって、無言のままあたりを見回したんだ! それからだよ……」
そうか……それから、あの化け物たちが現れたんだな。
「俺たちは逃げることしか出来なかった。ただ逃げたよ。食べ物をくれた人や、優しく声をかけてくれた人たちを置き去りにして、我先に逃げた。でも仕方がなかった」
小平さんは悔いているようだった。
彼らを見捨てたことを。
最初からすべてを見捨てた俺たちは顔を見合わせ、それから少し罪悪感を覚えた。
「それから、やっとのことでここに辿りついたんだ。それからバリケードを張り、限られた食糧で1日しのいだ。そして君が現れたんだ」
すると浅木さんが小平さんに近づき、肩を軽く叩いた。
だがそれで元気がでるわけもない。
「瀬川くんだったか?」
「……はい」
「今朝まで、もう一人いたんだよ」
「もう一人?」
「ああ。そいつはこのままじゃダメだと、食糧を探しに行こうとしたんだ。俺と小平、それからそいつの3人で、一度は考えたんだ。例えばコンビニに何か残ってないか、探しに行くとか。近くの民家やアパートに行くとか、色々とな?」
「それで……どうなったんですか?」
「失敗だった……この建物から出た瞬間に、そいつは鳥の羽が生えた女に連れていかれたんだ。それから上空で半分に引き裂かれた……」
俺は何と声をかければいいのか分からなかった。
「けど分かってるんだ。どちらにしても、もうここにはいられない。俺たちの体力も限界に近いし、辛うじて力が残ってる内に探しに行くべきだって……」
俺と和康はさほど腹も減っていなければ、喉が渇いている訳でもない。
この2日間も気楽だった。
だがこの人たちは違うのだろう。
この部屋に入った時、表情でそれは分かった。
「じゃあ、どうするんですか?」
「行こう……」
するとその時、小平さんがそう言った。
「行くってどこに?……」
俺は思わず尋ねた。
「君がいた体育館の地下にさ。そこに行けばあるんだろ?」
「はい、まず間違いなくここよりはあります」
「だったらそこにいくしかない」
すると小平さんは力強く、そう言った。
だが和康が警告した。
「でもあそこにはドラゴンがいますよ?」
「どちらにしろ、ここにいても野垂れ死ぬだけだ。皆! ここで空腹のまま死ぬか、それとも頑張って死ぬか、どっちがいい?」
すると、ある女性がゆっくりと立ち上がった。
「私は行きます!」
そう言ったのは、田所さんだった。
それに続いて片平さんも立ち上がる。
そう言えば田所さんと片平さんは友人同士だった。
よく2人でいるところを見かけた。
「私は……行きたくない」
すると一人、中島さんがそう言った。
その表情から恐怖が窺えた。
分からないが、おそらくここへ来るまでに色々なものを見てきたんだろう。
「みどり、しっかりしてよ! ここにいても死ぬだけなんだよ?!」
すると田所さんが声を荒げた。
「でも私……怖いの!」
中島さんは目を真っ赤に腫らし、涙を流した。
「きっと食べられる!……私も……他の人たちみたいに!……」
俺はちらっと見ただけだ。
しっかりと食べられている姿は見ていない。
だから彼女の恐怖は、今一分からない。
だが俺にも一応の恐怖心はある。
捕まれば外に転がっていた肉塊みたいになるんだろう。
きっとそれは痛いはすだ。
「嫌ぁ! 私は行きたくない! ねえ詩織ちゃん?! 友達でしょ?! 友達だよね?! 私と一緒にここに残ってよ?!」
その時、何かを叩く音が聞こえた。
俺は反射的に、それが何か確かめた。
するとそれは田所さんだった。
見ると、中島さんは茫然と言葉を失っていた。
つまり田所さんが、中島さんの頬を叩いたのだろう。
「……え?」
「あんたのわがままに詩織を巻き込まないでよ! あんたは、いつもそうじゃない! いっつも! いっつも! 詩織ちゃんはどうするの? 詩織ちゃんは? ねえ? 詩織ちゃんは? って、いっつもそう! いい加減にしてよ!」
典型的な女子の喧嘩が始まった。
俺はつい笑みがこぼれそうになる。
要は、叫ぶ元気はあったわけだ。
そんな俺の表情を見ていた和康は、ため息を吐き、呆れていた。
「なんだよ?」
「別に……」
多くは語らない和康。
だが人っていうのはこんなもんだろ?
中島さんは片平さんに精神面で依存しているわけだ。
彼女なら分かってくれると、そう思っている。
だが決めるのは片平さんだ。
ただそれは平常時での話、今は緊急事態なわけで……。
「あの? そろそろ行きませんか? もうとっくに昼を過ぎてますし、暗くなる前に行った方がいいと思いますよ。夕方だとまた疲れてくると思いますし」
俺は提案してみた。
「……そうだな。瀬川くんの言う通りだ。急いだ方がいい」
小平さんもそう言った。
まあ俺としてはそれもそうなのだが、今の叫び声でおそらく気づかれたんじゃないかと、そう思ったことも関係している。
「もしかしたら叫ぶ声を聞かれたかもしれません。早く行きましょう」
和康も提案した。
「残りたいなら残れ。だが俺たちは行く」
小平さんは女子にそう言った。
すると先に浅木さんが廊下へ出た。
その後、小平さんも続いた。
“先に行ってる”と和康も出た。
「あの……行きませんか? もう出ないと多分ここにも」
「そんなこと分かってるわよ! あんたみたいな変人に言われなくてもね!」
すると田所さんがまた叫んだ。
「変……人……」
俺は言葉が詰まった。
女子に言われると、威力は倍だ。
まるで心臓を抉られたような痛みを感じた。
「行こ! 詩織」
すると田所さんは片平さんの手を取り、部屋を出た。
すれ違う時、片平さんが俺に“ごめんね”と優しく言ったのが聞こえた。
その言葉で俺は、HPが全回復した。ような気がした。
「中島さんも行こ?」
するとぐずりながら、彼女も部屋を出た。
片平さんの「ごめんね」という言葉を思い出しながら、俺もその場を後にした。
▽
俺たちは正面玄関ではなく、裏口から出ることにした。
正面のバリケードを除(ど)けるにも時間がかかるし、その際に音がするかもしれないからだ。
裏口の扉の前で一度、確認をとる。
「いいか? ここからはなるべく音をたてるな。それから足を止めるな。真っ直ぐ体育館まで走る。息を切らすのはマズイから、小走りでな?」
小平さんの指示に、一同は頷いた。
「よし! 行くぞ!」
小平さんが扉を開けたと同時に、皆一斉に外へ出た。
俺もリュックをしっかりと背負い、後に続く。
まず外に出てみると、そこに化け物の気配は感じなかった。
気配といっても、いい加減なものだ。
だが対処のしようがない以上、この勘に頼るしかない。
俺たちは言われた通り、走った。
バス停の前を通り過ぎ、コンビニの前を避け、全壊した化学棟の前を通り過ぎていく。
すると直に見えてくるのが体育館だ。
俺たちは走った。
振り返らずに……。
音が聞こえても、人の叫ぶ声が聞こえても、そして上空をドラゴンが素通りしても、気にせず、立ち止まることなく走った。
途中、グリーンネットに囲まれた大きなグラウンドが見えた。
そこには避難者と思われる者の死体が、いくつも転がっていた。
――野外は危険だ。
あれはもうグラウンドという名の“皿”だ。
そしてその上に“人”というおかずが乗っているようなもの。
奴らにはそう見えていたに違いない。
俺はそんなことを思いながら、その先へ、その先へと、崩れた建物を通り過ぎ、走った。
そしてそれは、体育館の前に辿りついた時のことだった。
「待て!」
あれほど、足を止めるなと言っていた小平さんがそう言ったのだ。
だがそう言った意味は俺にも分かった。
というのも、何か生暖かい風を感じたのだ。
それは夏の暑い日に味わいようなものではなく、もっとこう……サウナような暑さだった。
それが肌にまとわりつき、毛穴から汗が噴き出す感覚を覚えた。
そして直ぐに俺たちは分かった。
これは気温のようなものではなく、熱波だということに。
そしてそれは、俺たちがこれから向かおうとしている、その先から吹いているということに。
小平さんは少しずつ足を進め、体育館の瓦礫の影になっているその向こう側をどうにか見ようとしていた。
好奇心とは不思議なもので、俺もそれが見たくなった。
俺も小平さんに続きゆっくりと、足を進める。
振り返ると皆、同じ動きをしていた。
皆、怖いもの見たさに首を伸ばし、足を進める。
その時だった。
「あっ……あっ!……ぁああああああああ!」
体育館の直ぐ傍にある部活棟の方から、男性の悲鳴が聞こえたのだ。
そしてその直後、視界が赤く光った。
そして小平さんは、唇をブルブルと震わせながら、それを見ていた。
「ド……ドラゴンだ!」
目と鼻の先に、紅い鱗を纏ったドラゴンの姿があった。
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