二〇二五年八月九日(土)

 住職は私がこうした危険な目に遭うと、毎回何が理由で何が起きたのかをきちんと説明してくれる。しかし今回に限っては話さない方がいいと判断したのか、ほとんど教えてくれなかった。教えてもらえたのは、私からのメールは届いていなかったことと、私が知っている実家の幽霊とはなんら関係ないものだったことだけだ(ちなみに、夫にもメールは届いていなかった)。

 では、なんだったのか。アキオはあの場所で、何をしようとしていたのか。


 あれからアキオからのメールはなく、もちろん滝川からの接触もない。何が起きたのかは分からないままだったが、知らない方がいいのだろうと探らなかった。

 そんな私の元に刑事達が訪れたのは、八月上旬だった。



「滝川アキオさん、ご存知ですか」

 玄関先で始まった話は、私に解決どころか一層の疑問を与えることになった。

 アキオは先頃、一人で暮らす自宅アパートで亡くなっているのが見つかった。部屋を訪れた妹からの通報があったらしい。死亡したのは数ヶ月前、周辺の記録を確認するに六月頃と思われる。そして、最後に連絡を取り合っていたのが私だった。


 私は隠すことなく、父親である滝川の訪問から、持ちかけられた依頼のことやメールのやり取りについても詳らかに話した。

「『うん』だけ書いたメールを、朝五時に送ってくれと」

「それが何か、説明は?」

 刑事達は私を訝しそうに窺いながら尋ねる。いえ、と頭を横に振ると、質問役の背後にいた一人がメモの間から折り畳んだ紙を取り出す。開くと、私に差し出した。


「これ、何か分かられますかね」

 手渡された紙を見た瞬間、凍った。私はてっきり、あの『うん』は何かの返事に使われたものかと思っていたが、そうではなかった。


 あれは、真言とおぼしき文句の一部だった。諸事情によりここには書けないが、「真言◯◯真言続き」の◯◯が『うん』だったのである。アキオは、真言を使う儀式をしようとしていたのだ。その意味も知らず、本当に除霊をするつもりだったのだろうか。


「滝川さんが誰かと組んで霊感商法的な行為をしている、と聞いたことは?」

「いえ、ありません。滝川さんのお父さんも、何も」

 うろたえつつ答えた私に、刑事達は目配せをしてから私を見た。


「こちらに来たのは、お父さんではありません。もう亡くなってますから」

 思いもしなかった事実に、ただ呆然と刑事達を見つめた。



 刑事達はおそらく、詐欺的なものを疑っていたのだろう。

 滝川が昨年亡くなったあと、会社は従業員が後を継いでいた。創業者一族でも勤めてもいないアキオが警備を解除して夜中に侵入するのは不可能だし、そもそもアキオは、親族の話によると二十年以上引きこもっていたらしい。なんらかの目的で私から金を引き出すつもりだったのではないか、と刑事達はその相棒を探していたのだ。

 でも刑事が見せた滝川の写真は、うちを訪問した滝川にしか見えなかった。

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