試合後、純真無垢な信頼への応え

 試合後。

 ファルコンズは、使用したベンチの後片付けをしていた。

「夏希、相手のエースさ、おまえに似ておもしろい奴だったな」

 そんな時いつも以上に笑みを見せながら、進が声をかける。

「どこがよ? 私の方が球だってぜんぜん速いでしょ」

「いやいや、そういうところじゃなくて、自分に自信まんまんなところとか、夏希にそっくりじゃん」

「……あんた、それ私のわるぐち言ってるよね? まぁ、でも投手なんてそういうやつしかやれないんじゃない?」

 投手は、自分から相手に向かって球を投げなければならない。攻め気がないと話にならないポジションだ。だからこそ、自分に自信があるくらいがちょうどいい。

「へー、なんだかんだ認めてるんだ。意外だなぁ」

 そんな私の発言を聞いて、進がまた小ばかにしたような笑みを向ける。

「そんなことないし、あんな球が速いだけの投手なんていつでも打てるでしょ」

 投手には球速だけでなく、コントロールやメンタルも重要だ。そう考えると夏には足りないことがたくさんある。それに、何より決定的に足りないものがあった。

「まぁな、ただあいつが直球の質までさせたらなぁ」

 どうやら、進もそのことに気づいているらしい。


 夏には――球のノビが明らかに不足していた。


 ただ力任せで投げている、そんな投球だった。

回転がまったくないので、球速がでていても速いと感じない。打者に辿り着く時には、減速しまっているのだ。そんな球にバットを合わせることなんて夏希にとっては簡単だった。


 ――だからこそ、私はあの投手には魅力を感じないし、成長するとも思えなかった。


 だけど。その一方で、一つの違和感が渦巻いているのも事実だった。

 序盤に投じていたあの球は、そんな概念すら押しのけてしまうほど、重みというその一点において、悔しいが夏希より上だったから。

 その事実だけは、今から考えても否定することなんてできない。あの直球には、他とはまったく違う――異様とも言える球の重さがたしかに存在していた。

 実際、単純な力では押し負けてしまったし、女子の自分には手に入らない力を少しだけ羨ましいと感じてしまった。

 それに、評価べきところはもう一つあった。

「ノビのある球がそんな簡単に投げれるようになるわけないでしょ。まぁあんだけ打たれても、最後まで四死球がなかったのは認めてあげてもいいかもしれないけど」

 四死球が一つもなかったという事実に少しだけ触れる。

 少しも逃げずに真っ向勝負を、誰に対しても続けていた。ただひたすらど真ん中だけを狙って直球を放ってきたのだ。

 普通はあれだけ打たれたら、どんな投手でも逃げたいという気持ちが微かでも生まれるはずだ。だからこそ、ある意味我儘で、横暴で、それでいてあんなに芯のある投球を続けることなんてできない。

 怖いもの知らずの無鉄砲な投球。

 それはある意味、強いメンタルを持っていると言えるだろう。

 配球なんて考えない馬鹿だからこそあれだけ打たれたとも言えるが、あそこまでの度胸を持つ投手もなかなかいない。

だからこそ、夏希は考えてしまう。


 ――そんな正面から向かって行くことのできるあいつが、ノビのある球を身につけることができたら。

――私よりもはるかに重いあの球を自在にコントロールしてきたら――。


なぜだかありもしない姿を想像してしまう自分がいる。


 ――だって、それは私がめざしている、だれにも打てない理想の投球なのかもしれないから。



 試合後。

 俺たち中原子ども会は現地での解散となった。

 チームメイトたちはこの暑さから解放され、皆思い思いに嬉しそうな笑顔を浮かべている。

 まぁ、今日は猛暑日だし無理もない。だれも好き好んでこんな暑い外にいるわけがない。

 だが、それに反して俺は、河川敷で真夏の太陽に照らされ続けていた。むさ苦しい暑さの中、ただ茫然と流れる川を見つめていた。

 どうしてこうしているのだろうか。

 試合に負けて悔しいから?

 あれだけ大口を叩いておきながら、こてんぱんにやられたから?

 いや、そのどれもが違う気がしていた。その時の俺は考えがまとまらなかった。

「あ、こんなとこにいた! もう、いっしょに帰ろうと思ってさがしたんだからね。ちょっと目をはなしたあいだに、もう帰っちゃったのかと思ったんだから」

 そんなことを考えていると、いつもの騒がしく底なしに明るい声で話しかけられた。

 普通だったら鬱陶しいと思うのかもしれない。だけど、なぜだか咲の声を聴くと、荒んでいた心が少しだけ和らいだ気がした。

「……あんだけ打たれたんだぞ」

「あー、なるほどねぇ。だからこうして川なんてながめつつ、めずらしくおちこんでるのか」

「あー、そうそう、おちこんでるの。分かったら、先に帰ってくれ」

 いつものように、つい強がってしまう。

 本当は一緒にいてほしいくせに、それでも咲の前では強がることしかできなかったんだ。

「まぁ、あんだけ打たれたしねぇ」

 咲は、うんうんと嫌味ったらしく頷く。

 だが、途端に真剣な眼差しで俺の方を見つめてきた。

 そして――。


「でもね夏、ほんとは違うよね?」


 そう言いながら優しい笑みをこちらに向けてきた。

「……嘘じゃねえよ、打たれたんだぞ俺」

「だって、きっといつもの夏なら打たれても、そんなこと気にせずに、のぶたくんとかりゅうくんとかに、負けてなんで笑ってんだーとか、ぎゃくギレしたりするでしょ?」

 咲の言うことにも一理ある。

 たしかに負けて笑うなんて許せない。いつだって自分が勝つことを目指すから。

 なのに、その日だけは強豪に負けて笑っているチームメイト――負けることが当たり前かのようにする、あいつらを怒る気になんてなれなくて。

 きっと、俺は――。


「夏さ、途中から勝とうとしてなかったでしょ?」


 その言葉にハッとする。

「うんうん、勝とうとしてなかったわけじゃないか。あれだね、途中から負けを認めちゃってたってのが正しいかな?」

「…………」

 否定することもできずに、ただ黙ることしかできなかった。

それどころか、図星を突かれたことで、自分が何に戸惑っているのか、どんな心情で川を見つめていたかをだんだんと理解してくる。

「つまりさ、あれだね。夏は相手のエースの子――夏希ちゃんかな? 途中からあの子にみとれちゃってたんだよ」

「……そんなんじゃねぇよ、ただ俺はあんな風にきれいなまっすぐを投げてみてえなって思っただけだよ」

 そう言ってから気づく。

 これは一種の肯定だった。

 咲と話すことで、しだいに頭の中が整理されていく。

 咲の言ったことはきっと正しい。

 俺は、きっとあいつに見惚れていた。

 いや、正確には女子のあいつが投げる直球、ただひたすらにまっすぐな投球に見惚れてしまったんだ。

 どれだけ練習して、努力を積み重ねたらあの域まで行けるのだろうか。きっと生半可な努力なんかじゃない。

 それほどまでに美しく理想的なフォーム。

 観ているものすべてを惹きつけ、圧倒する投球。

 だからこそ、途中から俺は打てるなんて思ってなくて、それどころか打とうとする意志すらなかったかもしれない。

 そんな自分には、負けて笑ってる他のやつらを怒る権利なんてない。

 だから、どうしていいか分からず、ただ川を見つめていたんだ。

 咲は笑顔で当然のことのように言葉を続けた。

「ふーん、なら簡単だね。夏もあんなふうに投げれるようになればいいんだよ」

 さも当然で簡単なことのように話すその口ぶりからは、きっと俺が投げれないなんて考えは全くなかったのだろう。完全に信じ切った眼で見つめられた。

「簡単に言うけどな、あの球見ただろ? どうやったら、あんなふうに投げれんだよ」

 だけど、自信のないその時の俺はつい弱音を吐いてしまった。いつもの自信満々な自分とは違う。

 ある意味、他人の価値観まで変えてしまう直球。それを目の当たりにしたのだ。

「うん、すごかったのはしってるよ、私も見てたしね。でも、だからこそ夏なら投げれる」

 そして、こう続けた。


「だって、夏がすごいのも私は知ってるもん。だから、夏ならぜったい投げれる」


 咲の優しくも力強いその言葉は、真夏の青空にスーッと吸い込まれていった。

 ただまっすぐに見つめる、純真無垢に透き通ったその瞳からは、俺のことを信じて疑わないたしかな信念のようなものを感じさせる。

 そして、その自信に満ちた瞳を見ていると、いつだって自分ならなんでもできるような気がしてしまう。

 咲はいつだって信じてくれるんだ。

 そんな咲の期待に応えたい。

 そう思いながら、俺はいつだってその期待に応えてきた。

 だから、きっと今度だって――。

「……ちょっとだけがんばってみるか」

 気づけば、そう口にしていた。

「うん! 夏なら投げれるよ!」

 よりいっそうの笑顔を見せてくる。

 投げれる――いや、投げるんだ。

 言葉とは裏腹に、そう強く決意する。


 ――信じてくれる咲のためにも。

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夏空に映える君 @haruhiroka

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