第3話:36(サブロク)協定の死、あるいは「王」の承認欲求

1. 謁見:閻魔大王を「洗脳」する社畜

 サトウは、あの世の最高権力者・閻魔大王サンタの玉座にいた。

 閻魔大王は、サトウが提出した「生産性向上レポート」を震える手で持っている。


「サトウよ……貴様の言う『コミットメント』とは何だ? 魂の浄化スピードが速すぎて、待機列が消えた。こんなことは開闢(かいびゃく)以来初めてだ」


 サトウは不敵な笑みを浮かべ、慇懃無礼に頭を下げた。

「閻魔大王よ、それはまだ序の口です。これまでの御社は、あまりに『命』を大切にしすぎていました。死者の世界で命を大事にする……これほど矛盾した話はありません」

「ほう……?」

「必要なのは『36協定』の破棄、そして**『365日フルコミット宣言』**です。王よ、貴方は孤独ではありませんか? 15時に臣下が全員帰ってしまう城で、一人酒を飲む……。寂しくはないですか?」


 そして、サトウは入れ知恵をする。

「閻魔大王、スピリッツ・ロンダリング社は全員正社員ですよね? これを業務請負契約に変更しましょう。彼等は表向きは正社員として雇う。でも、本当は業務請負契約。そうすればもし万が一労基が動いたとしても問題なく済ませることが出来る。それに、残業代を払わなくても良いというメリットもあります。」


 サトウの言葉が、閻魔の心の隙間(承認欲求)に突き刺さる。


「……それは画期的なアイディアだな」

「なら、夜も働かせましょう! 王が起きている間、すべての臣下も起きている。しかも残業代はタダ! これこそが真の忠誠、真の**『アライアンス(同盟)』**です!」


翌朝、朝礼にて。

「今日から皆さんは『経営者』となります。一人一人が経営者目線で仕事に向き合ってください。なので残業代という概念は捨て、成果(浄化数)だけで勝負しましょう」


 思考停止している社員たちは、何も考えることが出来ず、サトウがなにか言っているなという程度にしか思っていなかった。


​◆実際: 社会保険料の負担(あの世の福利厚生)を削り、労働基準法の保護(36協定)から完全に切り離す「究極のトカゲの尻尾切り」体制である。



 その日、あの世全土に『大王詔(ブラック企業宣言)』が発布された。




2. ブラック企業あるある:その4「不透明すぎる評価基準」

 サトウは人事部長の座を射止め、新たな評価制度を導入した。

それは**「360度評価(という名の相互監視)」と「頑張りポイント制」**だ。

「皆さん、今日から成果だけでは評価しません。どれだけ『熱意』を見せたかが重要です。具体的には、上司より先に帰らないこと、休日に上司のSNSに10秒以内に『いいね』をすること、これらをポイント化します」


 リリィは、目の下に濃い隈を作りながら必死にスマホを叩いていた。


「サトウさん……。私、昨日3時間も寝てしまいました……ポイント引かれちゃいますか……?」


 サトウはリリィの肩を優しく抱く。

「リリィさん、寝るのは『自分への甘え』です。仕事が好きなら寝なくても問題ないはずです。それにあなたはもう経営者なんです。でも、大丈夫。その罪悪感をバネにして、今日はあと72時間くらいは働けますよね?」

「はい……! 私、もっと、もっと追い込まれたいです……!」


 暴力的な爆乳をぶるんぶるんと揺らしながら、リリィの脳内には、すでに過労によるエンドルフィンが常に分泌され、**「働いていないと不安で死ぬ(もう死んでるけど)」**という末期症状が出ていた。



3. ブラック企業あるある:その5「有給休暇という名の『生存確認』」

 ある日、サトウは「有給休暇取得奨励月間」を打ち出した。

「これは労働基準法上の有給休暇ではありません。我が社独自の福利厚生、その名も**『有給(という名前の、給料を差し引かない代わりに24時間チャット待機する)日』**です」


 ざわつく社員たち。「えっ、休んでいいの?」という希望の光。だが、サトウの「ホワイト」は常に「ブラック」を包むオブラートに過ぎない。


「リリィさん、今日は有給ですよね? ゆっくり休んでください。……あ、でもチャットツールは常時ログインで。3分以内に返信がない場合は『事故』とみなして、安否確認のために自宅に強制捜査(ガサ入れ)に入りますから」


 リリィは実家で震えながらスマホを握りしめた。

 いつ届くかわからない「至急確認お願いします」という通知。


「休んでいるのに、心臓がバクバクする……。オフィスにいる時より疲れる……。あぁ、いっそ、いっそ出社させて!」


 結局、リリィを含む全社員が、「休むのが怖い」という理由で自主的に休日出勤を選択した。サトウはそれを見て、満足げにコーヒーを啜った。



4. ブラック企業あるある:その6「地獄の社内イベント」

 さらにサトウは、結束力を高めるために「休日返上の社内運動会」を開催。

 スローガンは**『一人は全社のために、全社は利益のために』**。

 社員の士気を高めるために著名人(死者)を呼ぶことも忘れない。


第一種目: 1. 借り人競争:無理難題の「人脈」搾取

 ​通常の借り人競争はメガネの人などの無難なお題だが、サトウ版は違う。

 お題は**「現世で明日過労死する予定の人物」や「未だに有給を消化しようとしている反逆的な死神」**。

 リリィは必死に観客席(天国からの視察団)へ突っ込み、拒否する相手を「これも社内の親睦のためです!」と無理やり引きずり出す。

​★ブラックポイント: 「断れない人間関係」を利用し、個人のプライバシーを組織の力で粉砕する。


第二種目: 終わらないタスク(100kgの岩)を背負って、山を登る耐久レース。もちろん脱落者が出れば連帯責任。

最下位のチームには「再教育キャンプ(地獄の1週間隔離マナー研修)」が待っている。

もはや、あの世には「安息」という言葉は存在しなかった。


第三種目 : 会社PR競争:24時間営業のプロパガンダ

 競技の合間に、自部署の「いかに自分が会社を愛しているか」をプレゼンする。

 防災競技と称して「オフィスで火災が起きた際、自分の命よりも先に重要書類(魂の台帳)を持ち出すシミュレーション」が行われる。

 そして、最も重要なことは勤怠にかは変わることは全て破棄すること。


「魂は替えが効きますが、この台帳は絶対に労基に見せてはいけない“超”企業秘密なんです! 分かりますね?」


 全力で台帳を抱え、勤怠管理は炎の中へ(演出用の魔法)の中を突き進むリリィに、サトウは満点の評価を下す。


★ブラックポイント: 「会社>自分」という価値観を、競技を通じて洗脳・定着させる。




5. 異変:地獄が「ホワイト」に見えてくる

 サトウの改革により、あの世は空前の活気に溢れていた。

 しかし、ここで予期せぬ事態が起こる。


「……報告します。現世から落ちてきた本物の悪党たちが、我々の会社を見て、**『あ、ここよりは元いた場所(現世のブラック企業)の方がマシだわ』**と言って、改心して天国へ行こうとしています」


 サトウは、窓の外で24時間稼働し続ける「魂の工場」を見つめ、不敵に笑った。


「いい傾向だ。地獄がヌルいから、悪人がのさばる。俺たちがこの世で一番の『地獄』になれば、世界から悪は消える。……なぁ、リリィさん。俺たち、社会貢献してると思わないか?」

「サトウさん……。貴方は、本当の……本当の悪魔(エンジェル)です……」


 リリィの瞳からは、ついに一滴の涙も出なくなった。

 ドライアイ。それこそが、彼女が「プロの社畜」になった証だった。



■今回の「ブラックあるある」まとめ

大魔王(社長)への全肯定: 孤独なトップをヨイショして、一気に権力を掌握する。


SNS監視: プライベートと仕事の境界線を破壊。


休み中の即レス強要: 「休み」を「待機」に変える精神的拷問。


感動の押し売り(社内イベント): 善意を装って休日を奪う。


社会貢献へのすり替え: 「俺たちは良いことをしている」という集団催眠。


三六協定(サブロク協定)とは、労働基準法第36条に基づき、会社(使用者)が従業員に法定労働時間(1日8時間・週40時間)を超えて残業させたり、法定休日に働かせたりする場合に、労働組合または労働者の過半数代表者との間で書面で締結し、労働基準監督署に届け出る「時間外・休日労働に関する労使協定」のことです。



■次回予告

第4話:死神コンサルタント、現世へ――「死ぬまで働け」を「死んでも働け」に変える男

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