Sweet Lovers
櫻葉きぃ
バレンタイン
皆進路が決まって、数少ない登校日。
いつもの皆と顔を合わせられるのも、あと数回だ。
何だか寂しくなる。
……私も、音大に進学する。
母のようにプロの音楽家になるか、はたまた音楽教師になるか。
音楽教師の道を選んではみたが、まだ少し迷いもある。
「おっはよー!
どうした
顔が暗いぞー!」
私を元気づけるように、私の背中を思い切り叩くのは
椎菜の彼氏は学園で知らない人はいない、超有名人だ。
大学には進学せず、当主としての勉強を兼ねてカナダに留学するのだという。
お金持ちでイケメンで優しい。
彼女を溺愛しているとなれば、これ以上ない最高の彼氏だ。
……溺愛し過ぎているが。
さぞや、よろしくやっていたのだろう、椎菜のブラウスのボタンは上までしっかりと閉まっている。
「バレンタイン、どうしよう」
その言葉で、聡い彼女は私が浮かない顔をしていた理由を悟ったようだ。
「私は、もちろん手作りをあげる!
なにせ麗眞だもん。
既製品のなんて、嫌というほど見るだろうし、貰うだろうし。
愛情たっぷりのフォンダンショコラ作るつもり!」
何というシャレオツ感。
さすが学園公認カップルの片割れ。
女子力高すぎでしょ。
フォンダンショコラなんて横文字、知らない。
「今まで料理なんてしたことないけど。
たまに家政婦の
だけど、頼りきりじゃいけないし。
何より、
私、頑張ってみたいの!」
「よく言った琥珀!
偉いぞ!
優弥くんと付き合って初のバレンタインなんだもんね!
そう言う私もまだ作ってないんだ。
せっかくだから、
琥珀の家、キッチンも広いし。
私とか皆でアドバイスも出来る。
協力するよ!
これでも、毎年手作りしてるしね」
椎菜が神様に見える。
恋愛の神様として崇めたいくらいだ。
「なになに?
バレンタインかー!
そっか、もうそんな季節かぁ。
あっという間だなぁ。
受験で忙しくて皆で集まってなかったし、久しぶりにガールズトークもいいね!
私もブラウニー作りたいんだ!
皆で作ろうよー!
美冬は放送部終わったら合流するって!」
登校日はさぞあっさりと終わった。
椎菜、深月、美冬と共に、逆方向のショッピングモールがある駅に向かった。
材料やラッピングのための品を買い込む。
100円ショップにはところ狭しとラッピングのための品が並んでいた。
すでに作りたいものが決まっている深月や椎菜、美冬はあーでもないこーでもない、と言いながらはしゃいでいた。
私はどうしよう。
何も決まっていない。
深月や椎菜に連れられて、雑貨屋さんに足を運んだ。
そこには、手作りキットがずらりと棚に並んでいた。
……どれを選べばいいんだろう。
「生チョコいいんじゃない?
箱に詰めてリボン掛けるとオシャレだよ」
「うんうん!
良いと思う!
デコペンで何か書いたりとかもしなくていいからね。
そういう繊細な作業、ちょっと苦手でしょ、琥珀。
初回で苦手なことに挑戦して、料理自体を嫌いになっちゃいそうだし。
そうなるのは避けたいでしょ」
深月は心理学に明るいからか、時々こうして私の心を見透かしたような言葉をくれる。
「さすが親友だね、深月。
エスパー!?」
ピアノやジークンドーやその他武術は少し嗜んだ程度から上手くなっていった。
料理をそのカテゴリーに入れようという気持ちになるかならないか。
それは、今日1日にかかっているといっても過言ではない。
「皆、ありがとう!
これに決めた!」
ラッピングまでこの1箱で出来るとなれば、これにするしかない。
まさに不器用な私のために作られた商品。
こんなキットを作ってくれた人に金一封をあげたいくらいの気持ちだ。
『自分でつくる生チョコ』
そう書かれたキットを持って、セルフレジを使用してコード決済で会計を済ませた。
帰ろうとすると、ショッピングモールの一角にピアノが置いてあった。
演奏時間は1人あたり最大15分と書かれていた。
ピアノを見つけると、つい足がそちらに向いてしまう。
……最近は更新出来ていない動画サイトチャンネル。
ストリートピアノを見つけると、つい腰をおろして、指が勝手に曲を奏でる。
流行りの曲や、一昔前の名曲まで。
一度耳にしたことがある曲で、弾けないものはない。
ストリートピアノを演奏している動画が、大バズリしてしまったのだ。
朝の情報番組で、その動画が紹介されてしまい、一時期家に取材が来たこともあった。
受験のため、更新はしばらく止めていたが、そろそろ再開も考えるか。
そんなチャンネルを持っているからか、ついつい何か演奏したくなってしまう。
「琥珀、チョコとか溶けるから時間厳守でね!」
「了解」
音大の入学前の課題で手一杯なので、こんなふうにストリートピアノの前に座るのは久しぶりだ。
適当に最近のアニメの主題歌や、バレンタインらしく、何年か前に流行ったラブソング。
2曲演奏すると、もう持ち時間はあと少しだった。
ふと、ピアノの側に糊で画用紙に貼り付けられた楽譜が置かれていた。
誰かの忘れ物だろうか。
名前を聞けば誰もが知る音楽家の曲だったので、弾いてみる。
ピアノの発表会でよく選ばれる曲だ。
演奏を終えて椅子から立ち上がると、小さな女の子と目があった。
幼稚園の年長さんくらいだろうか。
たどたどしく拍手をしていたこの目線は、ピアノの上の楽譜に向いていた。
「お、君のかな、この楽譜。
はい。
大事なものは、忘れないようにしなくちゃダメだよ?」
「おねえちゃん、ありがとー!」
そう言ってトタトタと走っていく女の子の側には、その子の母親が何度も私に向かって頭を下げていた。
私も会釈をした後、手を振るその子に、軽く手を振り返した。
「お、琥珀ちゃん。
良かった、お友達も一緒だね。
ピアノの音で分かったよ。
さすが、音大に推薦で合格しただけあるねぇ。
いつ見ても、澄んだ音色だ。
心が洗われるよ。
皆、車に乗っていなさい。
寒いでしょ。
チョコが溶けるから、家まで飛ばすよ」
話しかけて来たのは、家政婦の相原さんだった。
家に帰ったらチョコを作る旨の連絡は入れておいた。
だが、まさか迎えに来るとは思っていなかった。
「あの、相原さん、わざわざありがとうございます」
「お礼なんていいんだよ。
琥珀ちゃんやその親友たちが幸せになるのをひっそり応援するのも、仕事のうちなんだからね。
皆を見ていると、私まで若返るみたいでね、嬉しいんだよ。
大きなお世話かもしれないが、見守らせておくれ」
相原さんが運転する車は、20分もしないで私の家に到着した。
私が指紋認証で広い豪邸の鍵を開けた。
この家に住んでいる人しか開けられない仕組みになっている。
家政婦の相原さんですら、解錠は出来ない。
「お邪魔します!」
丁寧にダークブラウンのローファーを揃えて、相原さんにぺこりと頭を下げたのは椎菜だ。
「洗面所借りるね。
手を洗わなきゃだし。
場所だけ教えてもらっていいかな」
美冬は、玄関に並んだ深月や椎菜のローファーを少し整頓してから、私に声を掛けてきた。
深月は、相原さんの持つ袋や皆の袋を持って、冷蔵庫に入れるものがあれば手伝う、と申し出た。
皆、三者三様の育ちの良さが出ている。
相原さんは、客人なんだから高校生らしく、ゆっくりしていいのにと言っていた。
「材料は少し室温に置いておくものは置いておいたよ。
琥珀ちゃんはともかく、皆、手の混んだものを作るんだねぇ。
最近の若い人たちのエネルギーの有り余りっぷりは、私も見習わなきゃいけないね。
耳にタコかもしれないけどね。
琥珀ちゃんの親友たちには、皆幸せになってもらいたいんだよ。
私にできる事があれば言いなさいね」
「ありがとうございます、相原さん」
「家に来てすぐに作るのも忙しないから、少し一息つきなさいな。
外寒かったでしょ。
今温かい飲み物持っていくから、リビングにいるといいよ、深月ちゃん」
「ありがとうございます!
では、お言葉に甘えさせて頂きますね」
リビングのソファーの空いたスペースにちょこんと腰を下ろした深月。
温かい紅茶で、外の寒風に吹かれて冷えた身体を温める。
「やっぱり、こういう時間いいね。
しばらく大学の課題に手いっぱいだったけど、
久しぶりに皆の顔見れて嬉しい」
「私も。
大学に行ってから寂しくならないように、麗眞に合う頻度を減らしているんだ。
今日、皆に会えて良かった。
元気そうで安心したよ」
椎菜も頑張っているな。
麗眞の方が我慢できるのだろうかな。
そこだけが不安だが。
皆それぞれ、大学入学前の準備に追われているらしい。
かくいう私も、作詞作曲課題があるのだ。
入学式の後には提出しないといけないので、そこまで時間に余裕があるわけではない。
それでも、こんな時間は久しぶりで、作詞作曲のインスピレーションが近々湧いてくる予感がした。
「さて、一息ついたし、本日のメインイベントやりますか!」
美冬の一言で、皆でキッチンに向かった。
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