第2話 実務のあとさき

 葬儀から二週間が経過した。

 私の生活は、滞りなく再開されていた。朝、決まった時間に起き、営業所へ向かう。トラックの荷台に四ケースずつの飲料を積み上げ、決められたルートを回る。重いケースを肩に担ぎ、冷えたアルミの円筒を機械の喉へ流し込む。空き缶回収ボックスの底に溜まった、煙草の吸殻や得体の知れない液体の混じった袋を縛り、新しいポリ袋を被せる。その反復のなかに、息子の死が入り込む隙間はない。ただ、私の通帳からは、予定通りに学費ローンの返済額が引き落とされていた。

 その日の午後、勤務を終えて戻ると、家の前に白のセダンが停まっていた。

 玄関を開けると、居間の座布団にあの副所長が収まっていた。父母が所在なげに茶を出し、テレビの音を消して座っている。男は私を見ると、バネ仕掛けのように立ち上がり、九十度の角度で静止した。

 わざわざ遠方まで足を運んだのは、会社としての形式的な弔問と、彼がどのような働き手であったかを報告するためだという。

「息子さんは、現場の心臓でした」

 副所長は、膝の上で握りしめた拳を震わせ、事務的な熱を帯びた声で切り出した。

 社会人二年目。息子が守っていたのは、巨大な物流倉庫の最前線だった。マイナス二十度の冷凍倉庫。防寒着の奥で吐き出す息がまたたく間に凍りつく極寒の中で、彼はアルバイトのシフトを管理し、分刻みで押し寄せる出荷伝票を捌き続けていた。

「仕事は、残酷なまでに正確でした。所長も、彼がいなければ倉庫が死ぬとまで言っていました。」

 副所長が語る息子は、私の知らない鋭利な輪郭を持っていた。

 物流倉庫という場所は、効率という名の暴力が支配する戦場だ。乱雑に積み上げられたパレット、剥がされたストレッチフィルムの残骸、割れた木片。そこら中に散乱するゴミと、遅延に苛立つドライバーたちの怒号。その混沌の中で、息子は一人、ただ歯車として機能していた。

「ただ、仕事の遅いアルバイトには、容赦がありませんでした」

 副所長の声がわずかに湿る。

 ミスを繰り返す者には、即座に「帰れ」と宣告する。怒声は冷凍倉庫の壁に跳ね返り、現場を硬直させた。彼は倉庫内の汚れや停滞を、自らの皮膚に付着した汚濁のように忌み嫌っていたのだという。床に落ちたラップの切れ端ひとつが、彼の許容限度を超えていたのかもしれない。

 私は、あのアパートの床に敷き詰められていた半透明のゴミ袋を思い出していた。混乱を排し、汚れを封じ込め、完璧な「実務」として死を完遂させたあの手際。

「彼のおかげで、私たちの数字は守られていました」

 副所長はもう一度、深く頭を下げた。

 私は、出されたまま冷たくなった茶を眺めていた。浮きもしない茶葉が、カップの底で沈殿している。

 息子は仕事ができた。誰よりも早く、誰よりも冷徹に、誰よりも周りに配慮して、現場の不潔を呪いながら、その現場を回し続けていた。その有能さこそが、彼を逃げ場のない冷凍倉庫の奥へと押し込め、自らを粗大ゴミとして処理するまでの完璧なタイムスケジュールを組ませたのだ。

 副所長が去った後、居間には再び、父母が観ているバラエティ番組の笑い声が戻った。

 二〇二四年九月。息子を高く評価していた組織の人間は、滞りなく業務を終えて帰っていった。

 家の中には、払われることのないローンの残高と、近々届くであろう家電処分手数料の振込用紙だけが、確かな現実として残された。

 世界は相変わらず、誰かの過剰な有能さを食い潰しながら、音もなく回り続けていた

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