第7話
胸の奥の蠢きが明確になった恒一は、夜、記憶と意識の隙間に手を伸ばすようにして過去を辿った。
自分の胸の奥だけではない、身体の内部に潜む存在――この妖怪のような怪異は、古代から、人間の身体の隙間を滑り、器を学び、模倣し、浸食してきたのだと直感した。
古い文献や民間の言い伝えには、正体不明の「影」や「隙間を滑るもの」が度々登場する。
それは単なる迷信ではない。人々はそれを妖怪や幽霊と呼んだ。身体や記憶の微細な異変は、当時の人間には説明できなかった。
時代を超え、怪異は学習を繰り返し、失敗した器を捨て、完成度の高い身体へと移行してきたのだ。恒一の胸の奥の蠢きは、その歴史の延長線上にある。
失敗例もまた、歴史に記録されている。
器が強く抵抗し、異変に気づいた人間は、身体を制御されず、怪異は次の器に移動するしかなかった。
病院や隔離施設で解体された身体、戦争や災害で滅びた集団、それらも怪異の学習の一部だった。失敗は単なる記録ではなく、次の侵食に応用される知恵となる。
歴史を通じて、怪異は身体の微細な隙間、呼吸、手足の動き、思考の僅かなズレに着目し、侵食の精度を高めてきた。
恒一は理解した。胸の奥で蠢く存在は、単なる偶発的な異常ではなく、人類の歴史に沿って形成され、累積的に学習した存在だということを。
怪異は世界のあらゆる場所に潜み、器を選び、内部から社会を滑らかに書き換えていく。
古代の農村、戦国の城、近代の都市――目に見えない侵食の歴史が、静かに積み重なっている。
そして恒一の胸の奥で蠢く存在は、過去の失敗例や学習の蓄積を携えている。
意識の隙間、日常の微細なズレ、記憶の歪み、すべては歴史の上で完成度を高めてきた技術だ。怪異は滑るように増え、完璧な器を求め、恒一の身体を静かに学習している。
鏡に映る自分の瞳に微かに宿る異質な光。胸の奥で蠢くものの歴史と知識が、今、恒一の中に流れ込んでくる。
恒一は息を呑む。
身体の内部で蠢く存在は、単なる個別の怪異ではなく、人類を通じた累積的存在『歴史を滑る妖怪そのもの』だった。
逃れることも抗うこともできず、日常、記憶、身体の隙間すべてが、この妖怪の学習と支配の対象となっている。
その静かな絶望の重さは、胸の奥で確実に圧迫していた。
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