第7話:強制執行
地下空間を震わせる咆哮と共に、廃棄局長ガロウ・モートラックの肉体が醜悪に膨れ上がった。
彼は施設内の培養槽から「他人の生命力」をチューブ経由で自身に過剰供給し、理性を手放した殺戮マシーンへと変貌していた。
「力が……力が溢れてくるぞ! これがこの施設の真価だ! 貴様ら如きゴミに、この『肉の銀行』は止められん!!」
ガロウが丸太のような腕を振り回すたび、鉄の足場が飴細工のようにひしゃげる。
アリシアの銀糸による切断も、過剰な再生能力の前では決定打にならない。
「シルス! キリがないわ! こいつ、傷が塞がる速度が異常よ!」
「ああ。奴は今、ここの数千人分の命を『燃料』にして無敵モード...管理者権限を維持している。……まずはその供給源を断つ」
シルスは、ガロウの振るう拳を紙一重で回避すると、戦いの中心から離脱する動きを見せた。
目指すのは、施設の最奥に鎮座する巨大なメインコンソールだ。
「逃がすかぁぁぁ!!」
ガロウが咆哮と共に、丸太のような腕を振り回した。
鉄の足場が飴細工のようにひしゃげ、アリシアが放った銀糸も、膨れ上がった筋肉の鎧に弾かれる。
「無駄だ無駄ぁ! 俺にはこの施設にある数千人分の『命』が繋がっている! 貴様ら如きが、この無限の在庫を削りきれると思うか!!」
ガロウの背中には、太い魔導チューブが醜く脈打っていた。
培養槽で眠る子供たちの生命力をリアルタイムで吸収し、自身の傷を即座に修復しているのだ。
圧倒的な暴力と再生能力。通常の勇者パーティなら、ここで聖剣や極大魔法を持ち出し、力押しで対抗する場面だろう。
だが、シルスは冷ややかに鼻を鳴らし、戦闘の只中で懐中時計を確認した。
「……やれやれ。在庫管理が杜撰だな。これでは棚卸しに骨が折れる」
シルスはガロウの振るう拳を紙一重で回避すると、流れるような動作で施設の奥――巨大なメインコンソールへと飛び降りた。
カシャンッ!!
硬質な**「ドッキング」**音が響く。
その瞬間、シルスの石版から伸びた赤い光のラインが、幾何学模様となって施設の神経系へと侵食を開始した。
それは、個人の端末が巨大なメインフレームを乗っ取るための、強制同期の合図だった。
「……認証コード、バイパス。これより、特別監査権限を行使する」
シルスが石版と一体化したコンソールを操作すると、施設中の培養槽が一斉に警告音を上げ、照明が「緑」から「赤」へと切り替わっていく。
「ば、馬鹿な!? 私の施設が……操作を受け付けないだと!?」
ガロウが叫び、コンソールへ突進しようとする。
だが、シルスは顔も上げず、石版の画面上にある『供給ライン』の項目を指先で弾いた。
「――貴様の口座は、たった今凍結された」
**ピ。**
戦場には不釣り合いな、間の抜けた電子音が響く。
「……あ?」
ガロウの動きが止まった。
いや、止められたのではない。燃料切れを起こした機械のように、その巨体がガクガクと痙攣を始めたのだ。
背中のチューブから、バシュッ! と音を立てて魔力が逆流する。
「な、なんだ!? 力が……俺の魔力が、戻っていく!?」
「不正な利益供与を検出したため、差し止めただけだ。……さあ、アリシア。債権回収の時間だ」
「はい!」
シルスの合図と同時に、アリシアが跳んだ。
彼女の十指から放たれた銀糸が、束となってガロウの巨体を捉える。今度は再生しない。防御する魔力もない。
「あ、が……待て、待ってくれ! 金ならある! 上層区のパスもやる! だから……!」
「お断りよ。……その薄汚い命で、未払いのツケを払ってもらうわ!」
アリシアが両手を交差させ、一気に引き絞る。
銀閃が走り、下層区を支配していた暴君の体は、物言わぬ肉塊となって崩れ落ちた。
静寂が戻った地下施設で、シルスはコンソールから石版を引き抜いた。
画面には「施設制御権:掌握完了」の文字が静かに明滅している。
「……終わったな」
シルスは、主を失った広大な施設を見渡した。
ここはもう、人を食い物にする銀行ではない。
王都へ逆襲するための、我々の「城」だ。
「シルス、これからどうするの?」
返り血を拭ったアリシアが問う。シルスは左目を細め、天井の遥か上、上層区の方角を見上げた。
「……まずは『掃除』だ。そして準備ができ次第、上の連中に特大の請求書を送りつけてやる」
下層区の闇の中で、反逆の狼煙が上がった瞬間だった。
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