第16話 偶然だ

 女性が起こる理由について男性はもう少し考察する必要があるのかもしれないが、おそらく大抵、結果は同じだろう。


――分からない


分かる男性の方が少数派だと俺は思う。もちろん俺は人付き合いを避けてきたし、女性に対してもそれは同じ。むしろ、女性を優先的に避けているのではないかと思えるほどの状況も、今までに何度かあった。

だからなのか?この状況の意味も分からない。

俺はおよそ初対面の相手に喧嘩を吹っ掛けるような真似はしたことがない。


「こんなひ弱な人がまだ生きてるなんて驚きだって言ってるの」


林と結衣さんは尚もいがみ合っている。結衣さんは林を睨み、林は余裕の表情で結衣さんを挑発しているようにも見える。まったく、どういうつもりなのか。


「田辺くんは私たちをゾンビの群れから助けてくれました。それのどこがひ弱なんですか?」


結衣さんのこんな大きな声は初めて聞いた。

林は少し驚いたような表情を見せたが、それもただの演技だということは、すぐに分かった。


「あら意外、私の知る彼は人と話すこともまともに出来ず、約束も守れない逃げてばかりのダメ人間だったから、そうよね?田辺くん――美鈴が今どうしてるか知ってる?」


俺は美鈴という名前を聞いた途端、何か背筋に感じたことのない感覚を覚えた。

愚弄されたとは思っていない。ほとんど事実だ。

林はいつも美鈴と一緒にいた。俺はその様を金魚のフンと心の中で皮肉っていたほどだ。この感覚は怒りではない。怒りではないが、それに近い感情も抱いているのが分かる。


「橋本さんなら死んだよ」


「ふーん、なんだ知ってたんだ?よくそれでのうのうと生きてられるね?」


林の怒っている意味は分からない。おそらく当てつけだろう。そうでなければ、俺があの日、フィールドワークをすっぽかした事についてか・・・しかし、これも林には関係のないことだ。後悔もした。だが、それについてはもう終わったことだ。今さらどうしようもない。


「俺が授業に出なかったことと、橋本さんが死んだこととは何の関係もない。誰にもどうすることもできなかった。運がなかったんだ」


「私が病院に着いた時、美鈴はもう死んでた。でも、何で死んだのか誰も教えてくれない。でも――それは、直ぐに分かった・・・」


林は平静を装うも、一瞬言葉を詰まらせた。


「運がなかった?よくそんなことが言えるわね?美鈴がどんな思いで毎日あなたに話しかけてたか・・・」


俺が知っていて林が知らないことがある。

美鈴を救えなかったことについて、多少こいつにも申し訳ないとは思っている。

ただ・・・

さっき感じた感覚が何なのか分かった気がする――独占欲だ。

俺は美鈴のあの言葉に救われた。少しは自分に自信が持てるようになった。

あれから何度も後悔した。俺がもっと早くに気づいていれば、少しは何か変えられたんじゃないかと何度も思った。だけど――あの日、美鈴と会ったのは偶然だ。美鈴の死際に会ったのも偶然だ。それを必然と言う人もいるかもしれないが、どう言い換えたところで、すべては運。俺が美鈴を救えなかったことも。

そして俺は誰にも話さないことで、あの日のすべてを自分のものにしたいのだろう。


「橋本さんとはちゃんと話したよ。でも、今はそれ以上言うつもりはない」


「それ以上ってどういう意味よ?」


「言葉通り――じゃぁ、また」


林にも知る権利はあるかもしれない。ただあの状況では話たくなかった。

なんとなく結衣さんが気にかけてくれているのは分かっていた。俺が話し出してからずっと、黙ったままの結衣さんにも説明しなければいけない。


「もういいですか?」


「はい。すいません――知人がいたもので」


「そうですか。念のため言っておきますが、避難者同士での揉め事は避けるようにしてください。万が一、争いが起きた場合避難所を出て行っていただくこともありますので」


案内人の方に静かな注意を受けた後、俺たちは避難スペースへと案内された。


決して立派な場所ではない。正直、村田さんの家の方が良かった。林には会うし、避難所もこの様で――ここに来たことを後悔してきた。


「田辺、お前も隅に置けねぇなぁ。あんな可愛い子までたぶらかしてよぉ」


何度も言うが美人の類ではあるだろう。しかし、それは容姿のみの話だ。最も俺にはその容姿すら歪んで見える。可愛いとは言い過ぎだ。


「そんなんじゃありませんよ。彼女は大学の知人です。ですが学校ではほとんど話したこともありませんでした」


「それであの言いようとは、随分なお嬢さんじゃないか」


「嫌味な女よね」


村田さんは少し楽しんでいるようにも見える。一方、結衣さんは林に対して謎の怒りを向けている。出来れば村田さんや冬也さんの様に、軽く笑いで受け流してほしい。

ただ不思議と気分は良かった。自分のために怒ってくれる女性がいるというのもいいものだ。優越感とでも言うのだろうか?少し違うかもしれないが、この感情を他者が肉眼で確認できた場合、ゾンビとどちらが気持ち悪いだろうか?


「林とは何でもないから、それに俺はあいつが前から苦手だった。いつもあの尖った目で睨んでいるようで怖いし、俺が言えたことじゃないけど愛想も悪かった」


「田辺くんは愛想いいよ。話やすいし」


そんなことを言ってくれる女性は結衣さんだけだよ。俺は無言の感謝をした。

今はまだ言えないけど、結衣さんにもいつかは説明しないといけないような気がする。

何故、林が俺に怒っているのかを

きっと知りたいはずだし――これは大事なことだから。




 朝早くに校門前にいた自衛隊の人に結城のことを訪ねた。結衣さんたちとの日々が楽し過ぎてすっかり忘れていた。だが返ってきた言葉は分からないというものだった。

この避難所は現在どことも連絡が取れておらず、どこが機能しているのかも分からないそうだ。何となくそんな気はしていた。こんな場所を避難所に選ぶくらいだ。相当切迫した状況なのだろうということは、最初から分かっていた。


 結衣さんたちのところに戻る途中、体育館の裏から誰かの笑い声が聞こえた。

特に何か深く考えていたわけではく、軽い散歩のつもりだった。それと少しは周辺について知っておきたかったということもあり、俺はその声に近づいて行った。

近づくにつれその声が良からぬものであると。経験からなんとなく察しがついた。


「早くしろよ!あのフェンスの上に石を投げるだけの簡単なゲームだろ?クズのお前でもできるだろう」


「だけど藤田くん。そんなことしたら音で外の奴らがこっちに来ちゃうよ」


「来ねえよ!来るわけねぇだろ!びびってんじゃねぇよ!早く投げろ上村。藤田さん待たしてんじゃねぇよ」


典型的ないじめ。中学生?いや高校生くらいだろうか?それにしても平和というか何というか。まだこの世界になって間もないということもあるだろうが、危機感がまったくない。


「いいか上村?奴らはノロい上に力も弱い。何人来ようが俺の相手じゃねぇんだよ」


「でも・・僕見たんだ前にすごいスピードで走る奴らを」


俺は声のする中へと出て行った。


「ねぇ君たち何やってるの?」


俺の声に反応して、3人が一斉に振り向いた。


「なんだお前?」


「藤田さんあれですよ。昨日来た」


ひそひそ声がこっちまで筒抜けだが、馬鹿だから分からないのだろう。一々、舎弟に情報を与えられている上に群れた連中――まあこんな分かりやすい奴もそういないが、そういう奴は大抵バカだ。


「石がどうとかって聞こえたけど、やめといた方がいいと思うよ」


「関係ねぇだろ?誰だよお前―、ああ?」


関係がないとはこっちのセリフだ。お前らの軽率な行動が悲惨な結果を生むことだってある。気づいてからでは遅い。


「もし君たちの行動が原因でこの避難所が危険に晒された場合、俺は君たちと無関係でいられるのかなぁ?できれば俺は君たちと関係を持ちたくないんだけど」


「何言ってんだてめぇ?関係ねえって言ってんだろ?殴られたくなかったらさっさと消えろ!」


俺は昔から根性がなく、不良に対していつもペコペコしていた。年下であってもだ。DQNという言葉が流行りだしてからも、心の中では彼らを軽蔑していたが、対面するとビビッて何も言えないヘタレだった。


「まだ避難所にいたいだろ?俺が報告したら君たちはもうここにはいられなくなるよ?それでもいいのか?」


1人だけ俺を睨んだまま目を逸らさない奴がいる。そいつは俺に近づいてきたが、小さく舌打ちをし、そのまま俺の横を通り過ぎていった。すると、残りの2人もそいつに続いてその場を離れていった。

思ったより聞き分けがあって良かった。こんなことでここが俺の母校のようになるなんてバカにもほどがある。どんな些細な事でも惨劇を招くきっかけは排除しなければいけない。

気づけている間は――



 「藤田さん、何で何も言わなかったんですか?あんな奴一人くらい俺たちでやれたのに」


「お前だけ戻って殴って来いよ。そしたら俺たちはあいつにチクられてここを追い出されるぞ」


2人は先ほどの出来事について話し合っている。傍(かたわ)らには怯える少年が1人。


「何もしないなんて言ってねぇだろ?でも今は待て。必ず後悔させてやる――」


2人の不敵な笑みに少年は一人、尚も怯えた。

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