第17話 「・・・そうですか」
「木場さん!しっかりしてください」
辺りには泣き喚き見ながらゾンビに喰われる隊員と、死体。
「吉岡。俺はもうダメだ――お前だけでも生き残って、このことを伝えろ」
「俺には無理ですよ――」
――アッ・・・
「木場さん?・・・木場さん!っ!」
なんでこんなことに・・・
彼らは銃を片手に死んでいった。決して油断していたわけではない、十分に用心していたはずだ。しかし、かといってその状況に足りるだけの情報と、それに応じた対策が出来ていただろうか?
――彼らは油断していることに気づけなかったのだ。そして死んでいった。
吉岡は一人。自分たちの間違いと共に、無能さを痛感した。
***************
あれから3日が経った。避難所での暇つぶしと言えば、自衛隊の人に貰った。トランプくらいだ。俺は少し前まで日課だった筋トレを昨日から始めた。それほど暇で仕方ないのだ。
ほとんどの避難者は外の世界に怯え、ここでの生活を満足とはいかないまでも、それなりに平穏に暮らしている。
「これじゃあ死んだ方がマシだなぁ」
ここに来てからというもの、体に力が入らない。やる気が起きない。
「ん?何か言ったか?田辺」
隣では冬也さんが静かに座っている。この人でさえ、ここに来てからというもの。静かなのだ。
「何でもないです」
話をすることすら面倒でならない。この3日で俺は、元の自分に戻ったような気がする。人は直ぐになれる。だからこそ俺は死体の歩く世界に順応した。そしてまたこの生ぬるい世界に順応した。それだけの話だ。
「ところで冬也さんはここに来たこと、良かったと思いますか?」
特に知りたかったわけではない。口が勝手に動くのだ。片手間という感覚をさらに半分にしたような、あの感覚だ。
「んんん――どうだろうなぁ・・まあ何だぁ?そんな感じだ・・・」
冬也さんはどうなんだろうか?冬也さんはここへ来る前、研究所へ行くことに謎のやる気を見せていた。
本人なりになにか打ち込めるものを求めていたのか――それは分からないが、おれにはそう見えた。しかし今はどうだ?冬也さんでさえここへ来た瞬間、この調子だ。
正直に言うと、俺は別に構わないと思っている。部屋に引きこもりダラダラするのが好きだったそんな俺にとって、ここでの生活は中途半端だがまだ許容できる。
しかし、それと同じくらい。一瞬に近いくらい短い期間ではあったが、あの文字通り血なまぐさい日々に戻りたいと思っている。
「田辺――俺は正直、研究所に行った方が良かったと思ってるお前の気持ちも分かる」
冬也さんに俺は本心を話していない。
「・・・そうですか」
「村田は安心だろうな。ここじゃあ結衣が襲われることもねぇし。食べ物も毎日ある。それがいつまで続くかは分からねぇが、今は大丈夫だと言える。ただなぁ――俺も退屈だ」
「・・・そうですねぇ」
ただ空しか見えない。退屈な空だ。
「えーっ・・あれ?村田さんは4名ですよね?」
「はいそうです」
「少し前に、お昼の分は受けってませんか?」
俺たちはお昼ご飯の支給を受けていた。しかし困ったことに、どうやら受け取ったことになっているらしい。今朝の分は問題なくもらえたが、一体どうなっているのだろうか。
「いえ、お昼はまだ受け取ってませんが」
「あれ、おかしいなぁー受け取ったことになってるんですけどねぇー」
少し待たされたが、その後、今回だけはこちらの手違いかもしれないということで、支給された。避難者の人数は多くはないものの、誤って2回同じグループに渡してしまうくらいのミスはあるだろう。どういった管理をしているのかは分からないが、正直もう少し徹底してほしい。
「あれ?また村田さんですか?皆さんはさっき受け取ったことになってますけどねー」
その夜、晩御飯の支給を受けるため、またいつものテントに行くと、昼と同じ返答をされた。
「いいかげんにしろよ!貰ってねぇっていってんだろ?お前らもっとちゃんとやれよ」
村田さんはキレる冬也さんを落ち着くようになだめた。
「ちゃんとやれだなんんて、そんな偉そうな口の利き方しなくたっていいじゃないですか?私たちだって自衛隊の方に頼まれて仕方なくやってるんですよ。あなたたちは何やってるんですが?ずっと休んでるだけでしょ?」
ここで分かったのだが、このスタッフは自衛官ではない。その容姿や風貌からして何となく避難者だろうとは思っていたが、今まで特に気にしていなかった。
「本当に私たちは受け取ってないんですよ。お昼の時もそうでした。今もそうです」
スタッフというのが小太りの少しふっくらした。おばさんなのだが、どうも腹の立つ顔をしている。
そいつはまるで、俺たちが嘘をついているとでも言いたげな目で、ジロジロと見てくるのだ。
その夜、俺たちは嘘着き呼ばわりされ、支給を受けられなかった。俺が補助食品を持っていたため、その夜はそれでつないだ。
その後、近くの自衛官にその一件を伝えたが、それは避難者に任せているということで、取り合ってもらえなかった。
*******
次の朝、俺は眠気を取るため日課であるタバコを吸っていた。体育館から見えるグラウンドには人一人いない。その静けさがどこか物悲しい。
高校生の頃から学校とは俺にとって物悲しい場所だった。生徒が部活動に励む、このだだっ広いグラウンドも俺にとってはそうだった。それを思い出していることこそ、日常に戻ってしまった証拠なのだと、どこかでそう思った。
「早くしろよ!・・・」
またあの声だ。
言っても聞かないやつだと辟易しながらも、声の方へと近づいた。
「やめた方がいいって言わなかったっけ?君たち」
そいつは俺を見た瞬間、露骨になめた態度をとってきた。
「何だよ、またお前かよ!しつこいなぁー」
怒るなんて無駄なことはしたくない。
「言ったよね。次やったら報告するって、何で分からないかなぁー外に石を投げれば音がする。当たりどころが悪ければ、大群を引き付けてしまう可能性だってある。そしたらここはもう終わりだって、前にも言ったはずだけど」
それでも尚、そいつは挑発するようにニヤニヤしている。
「こっちには自衛隊もいる。銃だってあるんだ。大丈夫だろ。それよりさぁ前にも言ったけど、あんた誰?何様のつもりだよ。こないだ入ってきたばっかりのよそ者が偉そうなこといってんじゃねぇよ」
話しても無駄だな。
「そうか・・そういうつもりか、分かった。おそらく高校生くらいだろ?子供だと思って多めに見てたけど、正直許容できない。報告はさせてもらう」
彼らはそれを聞くとただ笑った。一人を除いては
「勝手にしろよ。俺らには関係ねぇからなぁ――また飯が食えなくなっても知らねえぞ!」
ん?――振り返えろうとした瞬間、俺は足が止まった。
「それ・・どういう意味だ?」
俺の頭に浮かんだのは昨日のことだ。もちろんニュアンス的にはどうとでも受け取れるが、実を言うと昨日から俺の頭にはこいつの顔があった。誰かが何かをしないと、あんなことにはならない。そう考えた時から、どうもこいつが引っ掛かっていた。
「ふっ・・知るかよ。人にものを尋ねる時は、もっと礼儀正しくしろよ。じゃないとお前らの飯もまた俺らが食っちまうぞ」
腹を抱えるほど2人の男は笑った。俺の方を見てはまた笑い始める。これを3回ほど繰り返した。
「そうか・・そういうことか・・」
俺はそのまま彼らに背を向け、その場を立ち去った。
「なんだ?何か分かったのか?――バカにも分かることがあるんだな?」
そいつの名前は憶えている。藤田――そう呼ばれていた。藤田は俺が去ろうとした時、またないんか挑発するようなことを言っていたが、俺は構わずその場を離れた。
俺は無心だった。自分でも驚くほど冷静で、先ほどのことがまるでなかったかのように、清々しい気分だった。
「藤田さん!もうそろそろ行かないと遅れるよ」
体育館の前で誰かを呼ぶおばさんがいた。
「ごめんごめん。朝は苦手なのよー」
中から出てきたのは、テントで食料を支給しているおばさんだった。
その瞬間、点と点がつながった。
こいつはあのクソガキの母親か?おそらくそうだろう。
そうか・・そういうことだったのか・・
全部、俺のせいだ。俺があの時、余計なことをしなければ。もしかすると避難所に来て、少し調子にのっていたのかもしれない。俺は昔からそういうところがある。
しかし、起きてしまったものは仕方ない。この件は自分で処理しないと――
「あら・・村田さんところの・・――おはようございます」
中に入る時、俺に気づいた藤田の母親は俺に挨拶してきた。
「おはようございます。いつもありがとうございます。今日もご苦労様です」
俺はにっこり微笑み、ただ淡々と挨拶を返した。感謝の言葉も加えて。
「あら、良いのよ。お礼なんて」
俺は礼の仕方を心得ているつもりだ。
*
「田辺、どこ行ってたんだ?朝から」
「ちょっと一服しに行ってただけです」
ここに来てからというもの、俺は毎日3人よりも早くに目覚め、日課のタバコを吸いに外に出る。
「そろそろ朝食だな」
「どうせもらえねえよ。もうここにいる意味ねぇんじゃねぇか?」
冬也さんにとっては好都合な点もあるだろう。
「田辺くんの持ってきたビスケットだけじゃ、なんか足りないし」
俺の方も補助食品は残り少ない。食べ物が支給されると聞いて、少し無駄に食べてしまったのだ。
「多分、今日ももらえませんよ」
3人は俺の言葉に耳を傾けた。
「いや、何か知ってるってわけではないんですが、支給しているのは自衛隊でも、配っているのは避難者の方なんですよ。おそらく俺たちのことをよく思わない人がいるんだと思います。避難者が増えれば食料も減りますから」
「なるほどなぁーまあどちらにしろ、もらえないというわけか・・自衛隊の人にも全く話を聞いてもらえなかったしなぁ」
「とりあえず行ってみるか?こうやってても何も始まらねえしよ。今言ってもらえなったらその時決めればいいだろ」
「そうだな」
俺だけが分かっている。でも俺は話せなかった。
*
「はい、おはようございます。村田さんの分ね」
これはどういうことだ。
「なんだよ、ちゃんともらえんじゃねか。田辺、お前はいつも考えすぎるなぁ。悪い癖だぞ」
さっきまで曇っていた冬也さんの顔は晴れていた。
「さあ食べよう。さっきの話はなかったことにして」
村田さんもこの様子だ。
「キャアー!」
――カランカラン
それは結衣さんの悲鳴だった。
「どうしたの結衣さん?」
「む・・虫が・・スープに・・」
結衣さんの落とした食器の中からゴキブリが出てきた。
少しパニックになっている結衣さんの背中をさすりながら、俺は不意にテントの中を見た。
隅の方でニヤニヤしながら、俺の方を見る藤田と目が合った。
「大丈夫?結衣さん――俺のを食べるといいよ。朝は食べないから」
もう許容できない。
俺は激しい怒りを感じながらも、やはりどこか清々しい気持ちでいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます