第11話 必然
俺たちは今、車で近所のコンビニに向かっている。
あれから2日間、俺は家で休ませてもらった。まだ少し痛むが動けないほどじゃない。
元々あの日、近くの大型スーパーに行くはずだった村田さん達は、スーパーには行かずに俺を助けに来てくれた。そのせいで、もう家には食料がほとんどないらしく、今回は食料を優先的に探すことになる。
「村田さん。実はこうなる前日に、保存のできる食べ物と水を買って、家に置いておいたんです。なので一度家に寄ってくれませんか?」
俺はふと思い出し、ダメもとで提案した。それに一度家に帰りたかった。これがホームシックなのかどうかは分からないが、おそらく違うだろう。あの家には誰もいない。あるのは気休め程度の食料と武器だけだ。
「今回は簡単に済ませるつもりだ。昨日まで辛(かろ)うじて放送されていたニュースも、もう映らなくなった。状況が悪化したんだろう。近場で出来るだけ食料を集めたら家に帰る。悪いが、君の家にはもう少し状況が整理出来次第行こう」
返ってくる答えは想像できていた。つい昨日のことだ。ニュースで放送されていたのは、いつもの注意喚起と、人が狂暴化するウィルスが広がっているということだった。その広がり方には場所によって差があるらしく、この辺りは比較的、感染が早いように思えた。
10分ほど車を走らせたところで、コンビニに着いた。
「ほとんど荒らされた後のようだな」
コンビニの中は、ほとんど食料がなく、あるのは腐りかけの弁当や食べられそうにない物ばかりだった。飲み物とそれから・・タバコは少し残っていた。
「まぁ当然っちゃ当然か?俺たち以外に生きてる奴がいても可笑しくねぇ」
「ランナーでもない限り、奴らはとろいからなぁ。ここがいつ荒らされたのかは分からないが、急いだほうがいいかもしれないな」
「そうですね。まあでも、とりあえずタバコだけは手に入りました。メンソールですけど」
「もぉー田辺くんったらー。体に悪いよ」
冬也さんも呆れた表情をしている。一番タバコをふかしていそうな冬也さんだが、タバコは嫌いらしい。
「俺はメンソールは嫌いだ。次に行くぞ」
俺たちはコンビニを後にして、近くにある小さなスーパーへ向かった。
*******
「ここもダメですねー。ほとんど持っていかれた後みたいです」
窓ガラスが割れ、外観の傷ついたスーパーを見た時から、なんとなく分かっていた。
「ここもダメだなぁー」
「・・・どうするの?」
スーパーは裏の倉庫までもが荒らされ中は空っぽだった。おそらく他も同じだろう。
「すいません。俺がケガをしたせいで」
あの日、俺が結城のことを諦めて村田さん達について行っていたら、食料も手に入ったかもしれない上に、俺もケガをせずに済んだ。
「お前のせぇじゃねぇよ。気にすんな」
「それより家に食料があると言っていたな?」
村田さんは俺に尋ねてきた。
「はい。少ないですけど、俺一人で1週間は持つくらいはあったと思います」
村田さんはタバコに火をつけた。
「村田。どうする?田辺ん家に行くか?」
強風にあおられ木々が騒めき、空が少し曇ってきた。
「お兄ちゃん?」
「まず田辺君の家に向かう。もし何もなければ今日は田辺君の家に泊まらせてもらおう」
「決まりだな」
「分かりました。けど――俺の家は狭いですよ」
外は風が強く、時折、体を持っていかれそうになるほどだった。
さっきまでとは一変して外は大雨だ。家へと向かう車の窓ガラスを雨が打ち付ける。
「このまままっすぐ進んでください」
「分かった」
雨の中、ゾンビがゆらゆらと道を歩いているのが見える。なんとも愉快だ。
「それにしてもこの2,3日に何があったのかね?店は荒らされてるしよー」
「おそらく俺たちのようにグループで行動している奴らが他にもいるんだろう。相手が友好的とは限らない今後はもう少し警戒した方がいいかもしれないなぁ。」
スーパーは物がないだけではなく、棚は倒され、窓ガラスは割られていた。これが意図的なものだとすると、用心するにこしたことはない。何故なら、おそらく連中は反社会的なグループである可能性が高いからだ。
「田辺君は大学生だっけ?」
「うん、そうだよ。結衣さんも?」
「ううん。私は違うの。私は大学には行かなかったから」
結衣さんが少し寂しそうに見えた。
結衣さんは小さいころからよく入院していたらしい。それが大学に行かなかったことと関係しているかは分からないが、直接聞く気にはなれない。
「行ってみたいなー田辺くんの通ってる大学」
「行けるよ!今度一緒に行こう」
結衣さんの笑顔を見ると何か嬉しい気持ちになる。でも思い出してしまう。助けられなかった彼女の顔を。俺はここにいていいのか?村田さんたちと一緒にいていいのかと考えてしまう。この葛藤はいつまで続くのかと考えてしまう。
「田辺君・・・このまま真っ直ぐでいいか?」
「えっ・・・ああ・・はい、次の角を左に曲がってください」
(ボーとしていた。今に集中しないと)
これは俺の欠点だ。昔から何かあると深く考えてしまう。
車は住宅街へと入る十字路に差し掛かろうとしていた。村田さんは俺が行った通り、左に曲がろうとしていた。
と・・曲がった先にゾンビの群れがいた。
ゾンビは細い道の隙間を埋めるように溜まっていて、車では通れそうにない。
「村田!下がれー」
冬也さんの張り詰めた声が、車内に響く。
「ああ!分かってる。つかまってろ!」
村田さんが車をバックさせようとした時、こっちに気づいたゾンビの群れが押し寄せてきた。
「お兄ちゃん!」
「ああ、分かってる!」
――ドンッドンッ!
ゾンビの群れが車の窓ガラスを何度も叩く。気が付くと車の前と横を囲まれてしまっていた。この道は幅が狭いため、一度つっかえると向きを変えるのに一苦労(ひとくろう)する。そして、ただでさえ狭い道をさらにゾンビが狭めている。これでは抜けられない。
「くそっ!・・」
まだまだゾンビが押し寄せてくる。
「このままじゃぁ後ろも囲まれて逃げられなくなります。車は捨てましょう」
俺は村田さんに叫んだ。
「村田さん!」
村田さんは動揺し、固まったまま動かなくなっていた。
――パリンッ!
俺はバットを使って、車の後ろの窓ガラスを割った。
――ガリガリガリ
「ここから逃げましょう!」
「村田!しかっりしろ!結衣がどうなってもいいのか?!」
「!・・・ああ・・分かった・・」
結衣さんの名前に反応するように、村田さんは冬也さんの言葉に反応した。
「――お兄ちゃん?」
「大丈夫だ。田辺君についていけ」
「結衣さん!」
俺は手を伸ばし、車から結衣さんを出した。塀と車の間にゾンビが詰まっている。その上をまた後ろのゾンビが次々と飛び越えてくる。
――バシュッドシュッ!
俺は寄って来るゾンビの頭をバットで殴り潰した。
「田辺!村田が降りたら走るぞ」
「はい!」
――アアッアアアァァ
ゾンビの呻き(うめき)声が雨音の隙間から聞こえる。
「田辺!行くぞ!」
村田さんが車から降りたと同時に、俺たち4人は車を捨てて走った。
「俺が先頭を走ります。ついてきてください」
道行く先には数体のゾンビがいる。さらに大雨で視界も悪い。最悪の状況だ。
――バシュッ!
俺はゾンビを振り払いながら、結衣さんと皆を誘導した。
「田辺!どこか休める場所はないか?」
「この先にコンビニがあります。そこに一旦隠れましょう。結衣さんついてきて!」
「――うん・・はあっはあっ・・」
結衣さんはあまり走れない。雨の中、体力の消耗も激しい。それは顔を見れば分かる。
――ドシュッ!
しつこい奴らだ。殺しても殺しても出てくる。増えるばかりのゾンビに苛立ちながら、それでも走った。するとコンビニが見えてきた。
「冬也さん!あそこ・・・で・・」
俺は後ろを振り返り、冬也さんにコンビニを指で示しながら叫んだ。
その時、後ろから物凄い勢いで走って来る異形の姿が見えた。
――(奴だ!)
このままでは4人とも、奴に殺される。俺はそう確信した。
「!――あいつは俺が何とかします。2人は結衣さんをつれて、あそこまで走ってください」
俺の動揺した様子と声に反応して、3人も奴の姿を確認した。
「あんなの無理だよ!また前みたいに・・・」
雨がザーザーと降る中、結衣さんの悲痛の言葉が聞こえる。このままでは誰も助からない。それは唯一、奴と対峙した俺だからこそ分かる。奴には力もスピードも叶わない。
それでも・・・誰かがやらなければならない。
「村田さん!このままじゃ皆、あいつに殺されます。結衣さんも・・・。俺が引き付けます。行ってください」
「――・・・・」
もう目の前まで奴は迫っている。誰かがやらなければ・・
「・・・――行くぞ!村田!結衣!」
3人が俺の横を走り抜けていく時、「ありがとう」と聞こえたような気がした。
これは俺にしかできない。まだ俺の方が生き残る確率が皆よりも高い。俺にはこの辺りの土地勘と、奴と対峙した経験がある。
「でも田辺君が!」
「あいつは残る」
3人が後ろで立ち止まっているのが見えた。
「早くいけぇー!」
俺は結衣さんに出せるだけの声で叫んだ。
――ダッダッダッ!
「アアアアアアー!」
奴はあの時と同じ速さと形相で迫ってきた。元は別人だろうが、ゾンビになれば誰もが同じだ。俺は奴の足に集中してバットを振り抜いた。
――カーンッ!
まるで硬球を打ったような、そんな音が雨音の中、鳴り響いた。
――ズリュー!ドサッ・・
奴は自分のスピードを制御できていないのか、そのまま転がり滑った。
「来いよ!」
奴は直ぐに、何事もなかったかのように起き上がった。
俺は背中のリュックから包丁を取り出した。こいつに打撃は効かない。
それは経験済みだ。
この包丁で足の1本でも切り落とせられれば、勝機は見えてくるのだが。
――ギギャァー!
また奴が迫って来る。俺はバットを左手に、右手に包丁を持った。
「ウオオオォォー!」
――ブォオンッ
奴の動きに合わせて足を包丁で切ろうとした時、俺は一瞬、動きを止めてしまった。
――ドンッ!
俺は奴に突進され吹っ飛ばされた。
――カランカラン
俺はまた前と同じように地面に叩きつけられた。手から血が滲み、コンクリートの水溜りに溶け込む。
「ッ!――おぇー」
体に激痛が走り、その場で嘔吐(おうと)した。
(どうするどうする?考えろ考えろ)
このまま走れば、奴をコンビニから離せる。俺は着地の衝撃で痛む体を起こし、足元の包丁を拾い、息を整えた。バットは奴のいる方に飛ばされてしまった。流石に取らせてはくれないだろう。
「おい!――ついてこい!」
俺は走った。それに反応し、奴も俺を追いかけてくる。
少し戻ると、さっき乗り捨てた車とゾンビの群れが数分前と同じようにそこにいた。
車を挟んだ先にはゾンビの群れがまだうようよいる。だが塀と車の間に詰まったゾンビが邪魔をして、もうこれ以上こちらには来られないようだ。
――思った通りだ
この道は車1台分の幅しかない。そして乗り捨てた車が道を塞いでいる。これで少しの間、奴を足止めできる。
――ギギャア!
ランナーが歪な叫び声を出しながら、こっちに走って来る。
俺は車の屋根に上り、そこから民家の塀によじ登った。ランナーとは良いネーミングだ。これは村田さんが考えた。走る以外に脳がないという皮肉が込められている。
――カンカン!
俺は包丁の角で塀を叩き、音で奴をおびき寄せた。
そのまま、細い塀の上を落ちないように進んだ。
車から少し離れたところで、後ろを振り返ると、ランナーが車の屋根の上でこちらをじっと見ている。
俺はとっさに塀から降りて、全力で走った。
――ギギャアー!
このまま走り続けても、いずれ追いつかれる。後ろから迫る奴を感じながらも、俺はそのまま走った。
「はあっはあっ・・・」
細い路地を抜けると目の前には公民館があった。この辺りには何十年も住んでいるが、ここは一度も入ったことがない。
――ダッダッ!
カーブを曲がって、奴がこっちに走って来るのが見える。この鬼ごっこも長くは続けられない。もうここしかない。
俺は公民館の中に入った。
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