第10話 静かな朝

 ――どこを見ても灰色だった。


空も地面も人も、何もかもが灰色だった。


ただいつものように授業を受けて、友達とくだらない話をする。

ただその日から俺は1人でいるようになった。誰とも話したくなかったから。


そして記憶に残るのは灰色の光景。


もうここでやりたいことは何もない。


17歳の時、俺は自分の無意味さを知った。



************************



「ところでお前の『親友』はどこに行っちまったんだよ?」


冬也さんには何度も親友ではないと言ったはずだが、もうつっこまない。


「親友というほどではないです。あいつとは昨日初めて喋りました」


「なのにあんな危ないところまで助けにいったの?」


まったくその通りだ。ここまでの危険を冒すほどの事ではないことは分かっている。

ただそれなら結衣さんが俺を助けに来たことも、俺と同じくらい無謀と言えないか?


「それで、結局彼がどこに行ったのかは分からないままか?」


「はい。ただ・・・なんとなく気になることはあります」


それは、体育館から逃げた人がいるという件についてだ。もちろん可能性の話だ。

その人物は俺と同じように、あの2階の窓から逃げた。そいつがそのあと敷地内のゾンビに食い殺されたか、無事逃げることができたのかは分からない。

俺はその話を3人に話した。


「まったくもって仮定の話だな」


「なんだそれ?そいつがいたかどうかさえ分からないってことかよ、話になんねえな」


「それがその結城さんだって言いたいの?だとしてももう探すのは止めた方がいいよ」


それも分かってる。もし結城だったとして仮にまだ生きていたとしても、その後の足取りが分からない。もう探すのは止めるべきだろう。


「彼を探すのはもうやめます。結城だったとして、あいつがあの状況で逃げられたとも思えませんし、もう無事ではないでしょう」


「それがいい。このまま続けても身を滅ぼすだけだ。それに・・・」


「お人好しも度が過ぎるとなぁ。それに結衣がうるさいしなぁ、助けに行けって・・・」


「ちょっと!何言ってるの」


さっきから話の合間にあるこの会話は何だろうか?結衣さんが何に怒っているのかも意味が分からない。


「そういえば結衣さんが助けに行こうって言ってくれたんだよね?ありがとう。おかげで助かったよ」


「うん――気にしないで」


「それだけかよぉ?もっと他にもあるだろう?」


「それだっけってどういうことですか?」


冬也さんは俺の顔を見て呆れたような表情をしている。


「なるほど・・・」


「田辺・・お前は賢い奴だと思ってたが、馬鹿なんだなぁー。罪な男だよまったく」


結衣さんは顔を下に向けたまま、動かない。

どういう意味だ?他に何があるのか。


「田辺くん。君が悪い人間でないのは分かっている。が、一つ言っておく」


少し雰囲気がおかしい。冷静だった村田さんの口調が強い。


「結衣を悲しませたら俺が許さんからな」


何故俺が結衣さんを悲しませるんだ?訳が分からない。

相変わらず、冬也さんは呆れた顔をしているが、それも意味が分からない。


「まったく。お前って奴は・・・」


家に着くまで、車の中には嫌な空気が流れていた。



 その日の夜は村田さんの家に泊まらせてもらった。結衣さんに手料理を振る舞ってもらい、俺にとっては「久しぶり」のご飯だった。


「へーコンビニの帰りにねー 初めてでよく助かったなー」


「最初はダメでしたよ。すぐ怖くなって逃げました。だけど、なんとなく気づいたんです。もうこれまでのような日常は戻ってこないだろうって。ここで逃げたらダメだって。その後最初のゾンビをあの金属バットで殺しました」


冬也さんは、お前も色々あったんだなと頷いた。


「なるほど、あれはその時から使っているのか」


「はい。その時襲われてた人が持ってた物です」


その後、冬也さんの学生時代の武勇伝を聞かされた。冬也さんは俺と同じ高校の出身らしい。驚いたのは村田さんが名門大学の、それも医学部の出身だということだ。失礼な話だが、何故冬也さんと友達でいるのかと一瞬考えてしまった。結衣さんの手料理には大満足だ。これならどこに嫁がせても恥ずかしくないだろうが、世の中がこうなってしまっては、嫁ぐ先もない。


「あ、結衣さん。晩御飯ごちそうさまでした――ありがとう。おいしかったよ」


「どういたしまして」


少し一服がしたくなり、庭を使わせてもらっていると、結衣さんが家から出てきた。


「立派な家だね。ここに着いた時は、びっくりしたよ。庭もこんなに広いし、きっと立派なご両親なんだろうね」


「そんなことないよ――ここは両親が残していった家なの」


俺は少しまずいことを聞いてしまったような気がした。


「ごめん・・・」


「いいの。もう随分前の話だし。そういえば、田辺くんのご両親は大丈夫?ここにいること知らせなくて」


スーパーでの出来事を思い出した。


「父親は俺が小さい頃に死んでいないんだ。それからは母親と2人で暮らしてきた。だけど・・・」


結衣さんは一言、「ごめん」と言ったあと、言いたくないなら言わなくていいと言ってくれたが、そうじゃない。俺は誰かに知ってほしかったんだと思う。話して楽になりたかったんだと思う。

俺は結衣さんに話した。今日あったことを。


「俺は母親を殺した。仕方なかった。だけど殺したことには変わりない」


結衣さんは俺が話終わるまで、黙って聞いてくれた。

これが正しいことかどうかは分からない。以前の俺は他人と関わることは悪に等しいとすら思っていた。人と関わらなければ、少しは楽に生きられると、そう思った。

これが俺の弱さなのだろう。拒絶していながら、求め、依存する。


「俺は弱いな・・・」


「田辺君は弱くなんかないよ。だって私たちを助けてくれたじゃない。あんなこと、弱い人にはできない。強いからこそできるんだよ」


その優しさは、俺には辛すぎる。


「冷えてきたね。もう中に入ろう・・・」


俺はたばこの火を消した。


「結衣さん・・・」


「――ん?」


 それでも彼女には伝えたい・・・


――「ありがとう」




 静かな朝だ。鳥のさえずりと共に、俺は目を覚ました。

こんなに良い部屋がまだいくつか余っているなんて、村田さんの家はかなり金持ちらしい。

フカフカのベットにテレビまである。感謝しなければ。


――ツッ!


体中が痛む。昨日の傷が痛む。と言っても打撲程度だ。

問題はこの筋肉痛だ。普段、筋トレを気休め程度にしているだけの俺が、あれだけ動いたんだ。当然か。

1階に降りるとリビングから笑い声が聞こえた。


「お!田辺。起きたか――体は大丈夫か?」


「おはようございます。全身筋肉痛で・・・」


庭に面した窓から太陽の光が差し込み、部屋の中を照らしている。

その部屋の中で冬也さんがゲラゲラ笑っている。朝から元気な人だ。


「おはよう。昨日は疲れたでしょ?もう少し寝ててもいいんだよ」


「今日はゆっくり休むといい。朝食は好きな時に食べてくれ」


俺はご厚意に甘えて、くつろがせてもらうことにした。相変わらず結衣さんは料理が上手だ。



 1日の最初に吸うたばこは格別だ。現代においてたばこは負のイメージしかない。

ネットでたばこと検索すれば、嫌煙家や禁煙といったワードしか出てこない。ヤニカスなどという批判的な言葉まで生まれる始末だ。

しかし、おそらく人類が滅びつつあるこの世界では、思う存分至福の一時をすごすことができる。


「なんだ、田辺くんも吸うのか?」


村田さんがタバコの煙と共に、家から出てきた。


「俺は一度禁煙をしたんだが、結局止められなくてな。それからはずっとこれだ。田辺くんは?」


「俺は最近です。ゾンビ映画を見ること以外楽しみがありませんでしたけど、今はこれくらいしか・・・。それにもうわざわざ画面の中のゾンビを見る必要もないですから」


村田さんは少し笑いながら、煙を吐き出した。


「するとこれは君にとっては望ましい状況なのかい?この辺りは元々人があまり住んでいない。だが少しこの丘を下りればゾンビだらけだ」


「どうでしょう・・・前と何も変わっていない気もします」


村田さんは「・・・そうか」とだけ呟いた。村田さんにとってはどうなのだろうか?

結衣さんや冬也さんはこの状況をどう思っているのだろうか?普通の人なら辛いはずだ。映画と同じなら、この世界では多くの子供は生き残れない。昨日みたいなゾンビは愚か、普通のゾンビも対処できないだろう。


「俺もそう思うよ。前と何も変わっていない。それどころか、こんな世界になったからこそ見えてくるものもある」


「見えてくるもの」というのが何かは分からないが、良いものではないように思う。

これまでの村田さんの人生がどんなものだったか?それを俺は知らない。しかし、生きているだけで人は何かしらの苦を経験する。その程度は人それぞれだ。


「昨日今日じゃまだこの先、世界がどうなっていくのかなんて分かりません。まだ被害が及んでいない地域もあるかもしれません。これが映画と同じか、そうじゃないかはまだ俺には分かりません」


正直どちらでも良かった。どちらであっても俺にはもう何もない。生きられるまで、ただ無意味にいきるだけだ。今までと何も変わらない。

だから俺は村田さんに分からないと言った。


「他も同じだよ。君が今日見たとおりだ。世界はもう助からない――文明は崩壊する」


村田さんはまるで何かを見てきたように、断言するように話し始めた


(なんだ?怖いな・・・)


村田さんが一瞬、人が変わったように見えた。

村田さんの言い方には少し疑問を感じるが、この人にも何かあるのだろう・・・。


「そうかもしれませんね・・・」


「だとしたら君はどうする。この先どうするつもりだ?――傷が癒えるまではこの家を好きに使ってくれて構わない。だがその後はどうする?」


その後?――家に帰って、それから・・・

俺は一人だ。だからこそ結城を探した。


「ここに残ればいい――コミュニティーだよ。田辺君」


村田さんは単純な話だとでも言うような表情をしている。


「俺に加われと?」


「そうだ――それにこれは結衣を守るためでもある。君にもそうしてもらいたい。俺一人ではこの先、結衣を守れない。数は多いほど良い」


俺には断る理由がなかった。それにここは居心地が良い。

広い家に、おいしいご飯。

それもいつまで続くか分からないが・・・

それにしても、今日は天気が良い。日差しが眩しいくらいだ。


「村田さん・・・後でタバコ探しにいきませんか?」


「構わないが、まだ体が痛むんじゃなかったか?」


思い出したように痛がると村田さんは笑った。


まだ先があるようだ。この無意味な人生にも・・・


「なんなら1つやろうか?何個かキープしてあるんだ」


「俺はメンソールしか吸いませんよ」


俺はここに残る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る