第10話 静かな朝
――どこを見ても灰色だった。
空も地面も人も、何もかもが灰色だった。
ただいつものように授業を受けて、友達とくだらない話をする。
ただその日から俺は1人でいるようになった。誰とも話したくなかったから。
そして記憶に残るのは灰色の光景。
もうここでやりたいことは何もない。
17歳の時、俺は自分の無意味さを知った。
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「ところでお前の『親友』はどこに行っちまったんだよ?」
冬也さんには何度も親友ではないと言ったはずだが、もうつっこまない。
「親友というほどではないです。あいつとは昨日初めて喋りました」
「なのにあんな危ないところまで助けにいったの?」
まったくその通りだ。ここまでの危険を冒すほどの事ではないことは分かっている。
ただそれなら結衣さんが俺を助けに来たことも、俺と同じくらい無謀と言えないか?
「それで、結局彼がどこに行ったのかは分からないままか?」
「はい。ただ・・・なんとなく気になることはあります」
それは、体育館から逃げた人がいるという件についてだ。もちろん可能性の話だ。
その人物は俺と同じように、あの2階の窓から逃げた。そいつがそのあと敷地内のゾンビに食い殺されたか、無事逃げることができたのかは分からない。
俺はその話を3人に話した。
「まったくもって仮定の話だな」
「なんだそれ?そいつがいたかどうかさえ分からないってことかよ、話になんねえな」
「それがその結城さんだって言いたいの?だとしてももう探すのは止めた方がいいよ」
それも分かってる。もし結城だったとして仮にまだ生きていたとしても、その後の足取りが分からない。もう探すのは止めるべきだろう。
「彼を探すのはもうやめます。結城だったとして、あいつがあの状況で逃げられたとも思えませんし、もう無事ではないでしょう」
「それがいい。このまま続けても身を滅ぼすだけだ。それに・・・」
「お人好しも度が過ぎるとなぁ。それに結衣がうるさいしなぁ、助けに行けって・・・」
「ちょっと!何言ってるの」
さっきから話の合間にあるこの会話は何だろうか?結衣さんが何に怒っているのかも意味が分からない。
「そういえば結衣さんが助けに行こうって言ってくれたんだよね?ありがとう。おかげで助かったよ」
「うん――気にしないで」
「それだけかよぉ?もっと他にもあるだろう?」
「それだっけってどういうことですか?」
冬也さんは俺の顔を見て呆れたような表情をしている。
「なるほど・・・」
「田辺・・お前は賢い奴だと思ってたが、馬鹿なんだなぁー。罪な男だよまったく」
結衣さんは顔を下に向けたまま、動かない。
どういう意味だ?他に何があるのか。
「田辺くん。君が悪い人間でないのは分かっている。が、一つ言っておく」
少し雰囲気がおかしい。冷静だった村田さんの口調が強い。
「結衣を悲しませたら俺が許さんからな」
何故俺が結衣さんを悲しませるんだ?訳が分からない。
相変わらず、冬也さんは呆れた顔をしているが、それも意味が分からない。
「まったく。お前って奴は・・・」
家に着くまで、車の中には嫌な空気が流れていた。
その日の夜は村田さんの家に泊まらせてもらった。結衣さんに手料理を振る舞ってもらい、俺にとっては「久しぶり」のご飯だった。
「へーコンビニの帰りにねー 初めてでよく助かったなー」
「最初はダメでしたよ。すぐ怖くなって逃げました。だけど、なんとなく気づいたんです。もうこれまでのような日常は戻ってこないだろうって。ここで逃げたらダメだって。その後最初のゾンビをあの金属バットで殺しました」
冬也さんは、お前も色々あったんだなと頷いた。
「なるほど、あれはその時から使っているのか」
「はい。その時襲われてた人が持ってた物です」
その後、冬也さんの学生時代の武勇伝を聞かされた。冬也さんは俺と同じ高校の出身らしい。驚いたのは村田さんが名門大学の、それも医学部の出身だということだ。失礼な話だが、何故冬也さんと友達でいるのかと一瞬考えてしまった。結衣さんの手料理には大満足だ。これならどこに嫁がせても恥ずかしくないだろうが、世の中がこうなってしまっては、嫁ぐ先もない。
「あ、結衣さん。晩御飯ごちそうさまでした――ありがとう。おいしかったよ」
「どういたしまして」
少し一服がしたくなり、庭を使わせてもらっていると、結衣さんが家から出てきた。
「立派な家だね。ここに着いた時は、びっくりしたよ。庭もこんなに広いし、きっと立派なご両親なんだろうね」
「そんなことないよ――ここは両親が残していった家なの」
俺は少しまずいことを聞いてしまったような気がした。
「ごめん・・・」
「いいの。もう随分前の話だし。そういえば、田辺くんのご両親は大丈夫?ここにいること知らせなくて」
スーパーでの出来事を思い出した。
「父親は俺が小さい頃に死んでいないんだ。それからは母親と2人で暮らしてきた。だけど・・・」
結衣さんは一言、「ごめん」と言ったあと、言いたくないなら言わなくていいと言ってくれたが、そうじゃない。俺は誰かに知ってほしかったんだと思う。話して楽になりたかったんだと思う。
俺は結衣さんに話した。今日あったことを。
「俺は母親を殺した。仕方なかった。だけど殺したことには変わりない」
結衣さんは俺が話終わるまで、黙って聞いてくれた。
これが正しいことかどうかは分からない。以前の俺は他人と関わることは悪に等しいとすら思っていた。人と関わらなければ、少しは楽に生きられると、そう思った。
これが俺の弱さなのだろう。拒絶していながら、求め、依存する。
「俺は弱いな・・・」
「田辺君は弱くなんかないよ。だって私たちを助けてくれたじゃない。あんなこと、弱い人にはできない。強いからこそできるんだよ」
その優しさは、俺には辛すぎる。
「冷えてきたね。もう中に入ろう・・・」
俺はたばこの火を消した。
「結衣さん・・・」
「――ん?」
それでも彼女には伝えたい・・・
――「ありがとう」
静かな朝だ。鳥のさえずりと共に、俺は目を覚ました。
こんなに良い部屋がまだいくつか余っているなんて、村田さんの家はかなり金持ちらしい。
フカフカのベットにテレビまである。感謝しなければ。
――ツッ!
体中が痛む。昨日の傷が痛む。と言っても打撲程度だ。
問題はこの筋肉痛だ。普段、筋トレを気休め程度にしているだけの俺が、あれだけ動いたんだ。当然か。
1階に降りるとリビングから笑い声が聞こえた。
「お!田辺。起きたか――体は大丈夫か?」
「おはようございます。全身筋肉痛で・・・」
庭に面した窓から太陽の光が差し込み、部屋の中を照らしている。
その部屋の中で冬也さんがゲラゲラ笑っている。朝から元気な人だ。
「おはよう。昨日は疲れたでしょ?もう少し寝ててもいいんだよ」
「今日はゆっくり休むといい。朝食は好きな時に食べてくれ」
俺はご厚意に甘えて、くつろがせてもらうことにした。相変わらず結衣さんは料理が上手だ。
1日の最初に吸うたばこは格別だ。現代においてたばこは負のイメージしかない。
ネットでたばこと検索すれば、嫌煙家や禁煙といったワードしか出てこない。ヤニカスなどという批判的な言葉まで生まれる始末だ。
しかし、おそらく人類が滅びつつあるこの世界では、思う存分至福の一時をすごすことができる。
「なんだ、田辺くんも吸うのか?」
村田さんがタバコの煙と共に、家から出てきた。
「俺は一度禁煙をしたんだが、結局止められなくてな。それからはずっとこれだ。田辺くんは?」
「俺は最近です。ゾンビ映画を見ること以外楽しみがありませんでしたけど、今はこれくらいしか・・・。それにもうわざわざ画面の中のゾンビを見る必要もないですから」
村田さんは少し笑いながら、煙を吐き出した。
「するとこれは君にとっては望ましい状況なのかい?この辺りは元々人があまり住んでいない。だが少しこの丘を下りればゾンビだらけだ」
「どうでしょう・・・前と何も変わっていない気もします」
村田さんは「・・・そうか」とだけ呟いた。村田さんにとってはどうなのだろうか?
結衣さんや冬也さんはこの状況をどう思っているのだろうか?普通の人なら辛いはずだ。映画と同じなら、この世界では多くの子供は生き残れない。昨日みたいなゾンビは愚か、普通のゾンビも対処できないだろう。
「俺もそう思うよ。前と何も変わっていない。それどころか、こんな世界になったからこそ見えてくるものもある」
「見えてくるもの」というのが何かは分からないが、良いものではないように思う。
これまでの村田さんの人生がどんなものだったか?それを俺は知らない。しかし、生きているだけで人は何かしらの苦を経験する。その程度は人それぞれだ。
「昨日今日じゃまだこの先、世界がどうなっていくのかなんて分かりません。まだ被害が及んでいない地域もあるかもしれません。これが映画と同じか、そうじゃないかはまだ俺には分かりません」
正直どちらでも良かった。どちらであっても俺にはもう何もない。生きられるまで、ただ無意味にいきるだけだ。今までと何も変わらない。
だから俺は村田さんに分からないと言った。
「他も同じだよ。君が今日見たとおりだ。世界はもう助からない――文明は崩壊する」
村田さんはまるで何かを見てきたように、断言するように話し始めた
(なんだ?怖いな・・・)
村田さんが一瞬、人が変わったように見えた。
村田さんの言い方には少し疑問を感じるが、この人にも何かあるのだろう・・・。
「そうかもしれませんね・・・」
「だとしたら君はどうする。この先どうするつもりだ?――傷が癒えるまではこの家を好きに使ってくれて構わない。だがその後はどうする?」
その後?――家に帰って、それから・・・
俺は一人だ。だからこそ結城を探した。
「ここに残ればいい――コミュニティーだよ。田辺君」
村田さんは単純な話だとでも言うような表情をしている。
「俺に加われと?」
「そうだ――それにこれは結衣を守るためでもある。君にもそうしてもらいたい。俺一人ではこの先、結衣を守れない。数は多いほど良い」
俺には断る理由がなかった。それにここは居心地が良い。
広い家に、おいしいご飯。
それもいつまで続くか分からないが・・・
それにしても、今日は天気が良い。日差しが眩しいくらいだ。
「村田さん・・・後でタバコ探しにいきませんか?」
「構わないが、まだ体が痛むんじゃなかったか?」
思い出したように痛がると村田さんは笑った。
まだ先があるようだ。この無意味な人生にも・・・
「なんなら1つやろうか?何個かキープしてあるんだ」
「俺はメンソールしか吸いませんよ」
俺はここに残る。
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