第6話 「みんな」
昨日あれからネット上では、動画の真偽を問うコメントが殺到した。しかし、最も多かったのは彼らを称賛するコメントだった。どうやら、俺はその後、寝落ちしたようだ。
夢の中で叫び声がして、目が覚めると、外がやけに騒がしい。体を起こし、カーテンの隙間から、寝起きの開かない目で、外の様子を確かめた。
ゾンビ・ゾンビ・ゾンビ・食べられている人・逃げ惑う人・誰かに逃げるように呼び掛ける人。
不思議と驚きはなかった。遠くの建物から煙が上がっており微かに火も見える。
どこもかしこも夢だらけだ。
1階に降りて、すべての窓と扉に鍵がかかっているか確かめた。この混乱した状況の中、外に出るべきではない。今外に飛び出しても逃げる以外にやる事はない。ゾンビに噛まれ殺されるか、質の悪い連中に襲われるかどちらかだろう。
ニュースでは、各地で暴動が起きていることになっていた。
家の戸締りをしていた時、あることに気づいた。
母親が帰っていない。てっきり寝室でまだ寝てるものだと思っていた。
父親が死んだ時、俺はまだ小学生だった。
学校ではよくいじめられ、親にはそれを打ち明けられなかった。2年生になってもそれは変わらず、俺はただ、いつもへらへらしていた。ただ笑って誤魔化していた。自分さえも。そんな時だった。授業中、先生に呼ばれ、傷の目立つランドセルを背負い、先生についていった。職員室の前には母がいて、俺を見つけると近寄って抱きしめてきた。
母は泣いていた。その後、父親が死んだことを知らされた。
自殺だった。
昔のことを思い出しながら、雑踏を通り抜け、俺は母親が働いている近所のスーパーに向かっていた。俺と同じようにバットでゾンビに対抗する人や、包丁で1体仕留めるも、油断して背後から喰われる人。コンビニでは早くも物資の奪い合いが始まっていた。
――キーン!ヒュルルルルルル!
左からトラックが物凄いスピードで通り過ぎて行った。
――キーン!ブチブチブチブチブチブチ!ゴシャーゴオオォォォ!
ゾンビと人間を引き潰しながら、トラックはコンビニに突っ込んでいった。
今のは焦った。
一歩間違えれば、このゾンビのように潰れていたかもしれない。
俺はゾンビをバットで払いのけながら、走った。
スーパーにつくと、そこはゾンビと強盗の巣窟になっていた。中に入ろうとした時、母親と同じ制服を来たおばさんが走って出てきた。
「すいません。田辺といいますが、母を知りませんか?ここで働いてると思うんですが」
そう尋ねると、おばさんは驚いた様子で
「し・・知らない・・・私は何も知らない!」
怯えたように、急に大声でそう言った後、逃げるように走り去っていった。
店に入ると、陳列棚の陰からゾンビ、別の場所には、商品を漁るいかにも悪そうな連中が見えた。俺は、足元に転がっていたワインの入った瓶をレジの辺りに投げた。
――パリンッ!
店内に軽く瓶の割れる音が響きわたる。食料を漁る連中は気にもしていないみたいだが、何匹かのゾンビは、その音に引き付けられた。
俺はその隙に、陳列棚の端まで行き、さらにゾンビが通り過ぎたところを見計らって、反対側の棚に移った。
正面に扉が見える。最後のゾンビが通り過ぎた後、俺はバックヤードへと向かった。
通路を進むと何人か血を流し横たわる従業員がいる。早く母親を見つけてここを出た方がよさそうだ。さらに奥へ進むと、一つだけ明かりのついた部屋があった。部屋の前に来ると。扉に備え付けてある小さな窓から、人影が見えた。ここは事務室のようだった。俺はなるべく音をたてないように、扉を開けた。
「――母さん」
俺は、静かに母を呼んだ。声は返ってこない。
――ムシャムシャブシャ
血の匂いと、聞きなれた音。
書類などが散乱した机を通り過ぎると、部屋の奥に人を貪るゾンビを見つけた。俺はバットを握りしめ、足音を立てないように、静かに近寄った。
そして、バットを構え振り下ろそうとした時、こちらに気づいたゾンビが振り返った。
カランカランッ!
俺はバットを落とした。
橋本さんの時にも感じた。時間が止まったような感覚。ただ今回はそれとは違う似たものを感じた。
――アアアァァァ
「かあ・・さん?」
――! グラッ・・ドンッ!
俺は足元のバットにつまずいて転んだ。近づいてくる。俺はとっさに手元に転がってきたバットを手に取り、握りしめた。
「かあさん・・・やめて・・・・」
俺は立ち上がり、バットを構えるが、どうすればいいのか分からない。震える手を必死に抑えようとするが、止まらない。
「なんで・・・帰ろ・・・・母さん・・・・」
――・・・・
――なんで俺ばっかり・・・
俺は母親を恨んでいた。こんな世界に何の断りもなく、俺を産み落としたことを。
人は皆、泣いて生まれてくる。寿命で死んでいく人は皆、嬉しそうな顔をしている。
――何故か?
俺は分かってる。
人は皆、人生の一切が苦であることを、生まれながらに知っている。
そして人は生まれた瞬間、絶望する。生まれたことに。何故、自分を生んだのか?殺してくれ!そう言いたいが話すこともできない。だからせめて、泣き喚き、訴えるのだ。そして人はすぐに忘れる。
「それ」を。
そしてまた人を生む。
――人は過ちを、繰り返す。
子供は、親に愛されて生まれてくるのだと、そう話す人がいる。
だがそれは違う。
人の都合で生まれるのが人だ。
違うと言うなら、いつから愛してた?
腹にいた時か?
人は皆、罪人から生まれてくる。そしてここは地獄だ。
だけど・・・
――みんな死ねばいいのに?
俺が望んだことじゃないか・・・だから俺は望んでた。
これは俺の望んだ光景だ。
――グシャッ!
俺はバットを振り下ろした。それが俺の望んだことだから。
だから「みんな」死ぬ。
――ファンタジーに殺されて・・・。
売り場に戻ると、さっきの強盗はもういなくなっていた。俺は周りにゾンビがいないことを確認した後、そのまままっすぐ端まで走り、レジの下に滑り込んだ。そして、レジの端にあるタバコ売り場の棚から、いつも吸っている銘柄のタバコをカートンごと取って、カバンに詰められるだけ詰めた。詰め終わった後、あたりを警戒しながら静かに入り口まで向かい、入り口の手前にあったセールのジュースを一つ取って、そのままスーパーを出た。
かなり長い時間スーパーにいた気がするが、まだ昼前で明るい。
そして、俺はただ来た道を歩いた。なんだか少し地面が遠い。変な感覚だ。さっきと相も変わらず、逃げる人とゾンビだけ。この人たちはどこまで逃げるのだろうか?
逃げる場所なんかないのに。
(あのスーパーもこの道も、ゾンビがいること以外は何も変わらないなぁ)
あそこで犬を食べているのは、いつも畑仕事をしているおじいさん。あそこで人を食べているのは・・・谷口さん・・中学の時の同級生。あそこで、男の人を食べようとしているのは、いつも小さい男の子と一緒に俺の家の前を通る女の人。何も変わらない。俺はポケットから煙草を1本取り出し、火をつけた。
このタバコの味もいつもと変わらない。俺は煙を漂わせながら、ただ来た道を歩いた。
家の前に着くと、知らない男性が玄関の前で何かしていた。おそらく空き巣だろう。
「あの、何か用ですか?」
男性は俺に気づくと、驚いたあとニヤニヤして
「いや・・その・・・誰もいなかったんで・・その・・」
「お兄さん一人ですか?」
「え?ああ、今友達が・・その・・裏の方に・・」
――ドンッ!
俺はバットでお兄さんの頭を一発殴り、足を持って門の外まで運んだ。
――グシャッグシャッグシャッ!
俺は、バットで頭を潰した後、玄関に戻り、裏に回った。すると雨戸の閉まった窓をじっと見つめる男性がいた。
「すいません。何されてるんですか?」
「え?・・えーっと・・・すいません」
「玄関の前にいる方。あなたのご友人ですよね?門の外で待ってるんで、出てきてもらっていいですか?」
すると、男性はもう一度謝りながら会釈をして奥からでてきた。俺の前を歩かせ門の前に来ると
田辺「そこで待ってもらってるんで」
ドンッ!・・・ドンッ!
換気扇の傍に隠しておいたバットそっと手に取り、後頭部を2回強打した。そのまま足を持って、さっきと同じように門の外にある田んぼまで運び、そこで頭を潰し、溝に捨てた。死んだ人間は重いと聞いていたが、かなり疲れた。
少し息を整えていると、何人かの生存者がこちらへ走ってきては、そのまま通り過ぎていく。そんな中、一人の中年男性が話しかけてきた。
「君も襲われたのかい?」
「はい」
「そうか・・・君も早く避難した方がいいよ。ここはあぶないからね」
「ちょっと待ってください。避難って何ですか?」
どうやら、小学校が避難場所になっていて、皆そこに向かっているらしい。おじさんの話によると配給もあるとのことだった。
おじさんが行ったあと、俺はそのまま家に戻った。
帰ってきて携帯を見てみると、着信とメールが何件か来ていた。
まったく気付かなかった。
それは、すべて結城からのもので、俺は片手間にメールを開いた。
“ニュースみた?君の言ったとおりになって、正直困惑してる。とりあえず避難所に向かうけど、田辺君は大丈夫?”
その数分後に変なメールが来ている。
“やばい、出られなくなった”
“今、牛丼屋のトイレの中にいる”
何だこれ?なんで牛丼屋なんだ?まあ、おそらく避難する過程で、何かあったのだろう。俺はソファーに座って、テレビを見ながら、結城に電話した。
――プルルルルル・・・ッ
「結城?」
“「田辺君、今どこにいる?」“
「いや、こっちが聞きたいけど、出られなくなったってどういうこと?」
“「メール見てないの?ゾンビに追いかけられて牛丼屋に逃げこんだら、トイレから出られなくなったんだよ」”
「ふ~ん、それで?どうするの?」
“「どうするも何も出られないんだよ、それで田辺君、今どこにいる?」
「家。というか、牛丼屋ってどこの牛丼屋?」
話を聞くと、そこはここからそう遠くない場所で、高校生の頃、深夜、カラオケの帰りによく友達と寄った牛丼屋だった。
「そこかぁ・・その牛丼屋なら知ってるよ。それより親はどうしたの?逃げる時はぐれたとか?」
“「違うよ。僕は今アパートで一人暮らしなんだ。親は実家だよ。そんなことより、場所が分かるならさぁ・・ここまで助けに来てくれない?」”
帰ったと思ったら次は結城か。あの時、連絡先なんか交換しなければ良かったと後悔した。
テレビでは、お天気コーナーが始まった。このテレビ局は頭がおかしいのか?この状況で天気なんか誰が気にする?
「今日は晴れだって、外は血の雨なのにな?w」
“「え?・・うん・・なぁ・・・・助けにこれないか?」”
「いいよ。助けにいっても。でも分かってるよな?この混乱した中、そこに行くのがどういうことか?お前を助けるのはこれで2度目になる。それ相応の見返りは後で貰うからな」
“「2度?ああ駅でのことかぁ・・・分かったよ。もう携帯の電池も切れそうだし」”
「待ってろ。それとドアは絶対開けるな。あとは俺が死なないように祈っとけ」
そう言って直ぐに電話を切った。マジで、めんどくさい。それより、こいつは、本当に分かってるんだろうか?スーパーに行くのだって簡単じゃなかった。何度ゾンビに襲われたことか、場合によっては、トラックにひき殺されていたかもしれない。今回は、それより危険な旅になる。それは間違いない。
「――外に出るのは大変危険です。外出の際はくれぐれもご注意ください――」
テレビでは注意喚起をしている。
天気はハズレだが、それは間違っていない。しかしそんなことは、お前に言われなくても分かっている。俺はテレビを消して結城救出の準備を始めた。
正直、友達でもないこいつを助ける義理はない。だが俺はもう一人だ。それに食料が尽きれば、また集めに行かなくてはいけない。その時、結城は役に立つ。助ける価値はある。
それになにより、俺は楽しかった。作戦を考えることも、武器を選ぶことも、すべてが面白かった。
なぜなら、これは俺が望んだことだから。
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