【短編】その手のひらが望むものは
ムスカリウサギ
カクヨムコン11短編
“迷い猫“
――ぱっ。
一瞬。
その
「……何してんの、お前……?」
ベッドに仰向けに横たわったまま、突然、天井に向かって『パー』を作ったあたしに、あたしの横で同じく寝っ転がってた彼は、心底不思議そうに言い放った。
天井から降り注ぐ、白い光がまぶしかったとか。
ピンと伸ばした指先に、以前はついてた指輪の痕跡を探してみたかったとか。
言い訳とか、出来なくはなかったんだけど。
「べっつにぃ?」
そんなのどーでも良くなって、てきとーにあたしは返した。
「普段から、ネイルくらい付けといたらさ。あんたのその顔、引っ掻いたりとか出来るのになぁって、思っただけ」
お手入れバッチリ、甘皮処理だって抜かりなく整えられたこのピンクの爪先は、あたしの自慢の芸術品。
「……やめろや」
その爪を、ひょいっと彼の方に向け、立てる真似をしてみると、彼は露骨に顔を歪めた。
「いやいや、これ自前だし。……でも意外と、癖になるかも知れんよ?」
腕の先から足の先まで、生まれたまんまの姿のあたしの隣で、同じ枕に頭を並べた同じく
「……はっ……。……ヤベー女とヤッちまった」
それから、むくりと起き上がって。
そこら辺に脱ぎ捨てられてた下着を拾って、身に着けだしたから。
「あら残念。夜はこれからだってのに、こんなに可憐な“捨て猫“、置いていっちゃうの?」
くるんと、体勢を、仰向けからうつ伏せに。
寝っ転がったまま頬杖ついて、あたしはとろりと視線を流して、疑問形。
「お前が捨てられてた理由って、そういうトコだろ?」
なのに、あーあ、残念だなぁ。
せっかくこんなに色付けてるのに、そっくりそのまま、受取拒否。
もう、見てももらえない、だなんて。
視線は先に逸らした方が負けよ?
わかってる?
「ひどい言い草。傷ついちゃう」
でもね、ほら。
「馬鹿言え、お前のどこが――」
可愛こぶった、媚びた声にちょっとだけ、寂しさを足した猫なで声で甘えたらさ。男なんて簡単に振り向いてくるんだから。
――タン……ッ……――
その、無防備なおでこにも、簡単に穴を開けられるの。
ドサ……ッ。
ほんの少し、耳の中で鳴る残響に聞き惚れているあたしの横に、彼は前のめりに倒れてきて。
「ごめんね、猫って狩る側だからさ。……不意討ち、闇討ち、上等なの」
じんわりと。鉄のにおいに染った、真っ白だったシーツからあたしは這い出して。
「あ、これだけはもらってくね」
彼の薬指にきらんと光った指輪をするりと抜き取って。あたしはきゅっと握りしめる。
「バイバイ、“今日のご主人様“」
そしたら、そっと。
その倒れた後ろ頭に、軽く爪立てて、くっと掴んで。
撫でるみたいに、甘く引っ掻く。
それでおしまい。
お別れはおしまい。
「……さって。じゃ、シャワー浴〜びよっと♪」
すっと背を向けたら、猫はもう振り返らないの。
今日の汚れを消し去ったら。
捨てられた“迷い猫“はまた次の夜に向け、新しい寝床に向かうだけ。
――――。
報酬は、
ううん、なんなら
ぎゅっとやさしく抱きしめて。
くしゃっと髪の毛、包んでくれるだけでいい。
わずかな時間、夢に居させてくれるなら。
あたしはそれだけで、構わない。
――――。
「はい、これ。もう
「あぁっ! たしかにこれは彼が私にくれた指輪!」
ぽいっと彼女に握らせて。
あたしは、ひらひら、背を向ける。
ギラギラ、光がうるさい夜の街を、ひょいひょい、あたしは歩いて抜ける。
「おっ。“迷い猫“じゃん。……今日の寝床は決まってんのかい?」
客引き中の黒服が、目敏くあたしに声をかけてくる。
「はっ。残念。さっき家出してきたばっかよ」
「おっと、なら丁度いいじゃん、ちょっと寄ってけよ」
「
適当にあしらいながらも、あたしは歩く足を止めない。
「へっ。野垂れ死ぬなよ」
その背にかけられた「バイバイ」にも、あたしはひらひらと返すだけ。
こんな眠らない街で夜行性って。なんだそれ。
独りで
「……あー、やっば。……湯冷めしてきた」
ふわりと浮かび上がった息は、思ったよりも白くって。
羽織ったコートの、前をぎゅっと強く掴んだ。
「――“迷い猫“」
呼ばれた声は、やはり背中から。
振り返る。
ひゅっと見えてくる、放物線。
ぱしっ。
猫が蠅を
「……あたし、今日もう、お風呂入った後なんだけど?」
「ふっ。……猫は夜行性、なんでしょう?」
ちっ。そっから見られてたのかよ。
睨みつけては見るけれど。
そこには何も無く、真っ暗な虚空だけしかなくて。
声の主の姿は見えない。
はぁ……っ。
仕方なく掴んだそれを開いてみると、ぐるっと
「……なにこれ、やっばい色してる」
それは何処にでも売ってそうな、個包装、大玉の飴だったけど。
こんなドギツいカラフルキャンディ、普通のお店で見た事ない。
「小銭一枚、お買い得。お気に召すまま、簡単に。一粒頬張れば
「そりゃまた、やっすい夢だこと……っと!」
ひと目でわかる、
それは音もなく、夜に吸い込まれて消えていく。
「報酬はいつも通りに。……ではよろしく」
「……よろしく、じゃないっての」
すぅ、と。
見えもしないのに見えなくなった、虚空に返した声はどこかの
もう……っ。
新しく、白い吐息を立ち上らせて。
あたしは、新しい寝床へ向かって歩き始めた。
――――。
「なに? 俺に、なにか用?」
だらしなく、地べたに座った子らをすいすい避けて、あたしは彼の元へとたどり着く。
周りの視線が、あたしを痛いくらいに突き刺してくる中で。
「オニーサンでしよ? 飴玉売ってるのって」
あたしは、
強がってるみたいに、声をかけた。
「……へぇ。どこでそれを?」
「どこでもいいじゃん。売ってくれんの? くれないの?」
交渉なんて、形だけ。
彼の視線がすっと下がったから。
あたしは可愛らしく、
ニヤリ。男の口元が歪む。
「ふぅん。“ルール“は知ってるみたいじゃん」
「……ここじゃ寒いからさ。どっか、
わざとらしく。あたしはコートの前面をチラリと一瞬、はだけてみせる。それだけで、おママゴトはもうおしまい。
くくっ。
彼は上機嫌で喉を鳴らした。
「オッケー、連れてってあげるよ。夢みたいなところに、さ」
彼の、大きくてぶっとい腕が、あたしの肩に回される。
夜風で冷えていたとはいえ。
それだけで、簡単に温度を上げたあたしの身体は、自分でもびっくりするくらい
――――。
生まれたまんまの姿になって。
舐めて、しゃぶって、尻尾を振るの。
それが捨て猫の、“
「仕込まれてんねぇ。どこで覚えてきたんだよ、このメス猫?」
質問されても適当に。
「……にゃあん……。ご主人様ぁ……♡」
可愛こぶって。
媚びた声に、ちょっとの寂しさプラスして。
猫なで声で甘えてみたら、その答えなんてどうでも良くなるみたいだから。
「……はっ! 本当にメス猫みたいじゃん!」
後は四つん這いになって。お尻を上げたらもう、やることなんて、ヤることだけ。
それ以上は必要無い。
「にゃあ……っ!♪」
「おっと。良い反応するじゃん……よっ!」
「にゃあんっ!!♡」
悶えて喘げば、そう、どうとでも。
「へへっ。……ほれ、口開けな?」
「……あ……、こ、れ……」
ぺり……っと乾いた音が聞こえて。
ゆさゆさ、ぱんぱん、揺れる中で。
「これが欲しかったんだろ……っ?!」
ちょっとだけ、強引に開かれたあたしの
甘い、甘い。夢の世界への片道切符。
「……あ、あは、は……!」
「ははっ、効いてきたなぁ!」
一度ハマったら、帰って来れない夢に誘われ。
世界が、ぐにゃりと歪んでいく――。
お仕事だってわかってても。
組み伏せられて、背中に厚い胸板感じて、髪の毛くしゃっと掴まれちゃったら、あたしの身体は熱を帯びる。
ううん、なんなら
ぎゅっと強く抱きしめて。
くしゃっと髪の毛、掴むだけでいい。
わずかな時間、夢を見させてくれるなら。
あたしはそれだけで、構わない。
「……ね、ねぇ……っ……!」
「……あ? どうした……っ?」
ふわふわと昇る熱と一緒に。
あたしは顔を上げて、背中越しに声をかける。
「か、……
あたしはとろんとした目で、世界を溶かす。
蕩けきった、カラフルな夢の中で。
あたしはぐるんと仰向けになって。
その首筋に、腕を伸ばす。
「……ん……っ、ちゅ……っ」
可愛こぶって。
媚びた声で。
甘い、甘ぁい、キスを交わす。
そこに、ほんの少しの寂しさ足して。
猫なで声で、とろんと夢みる瞳を見せるの。
「……くくっ。なんだお前、最高かよ……っ!」
そしたらほら。
笑う彼の、瞳もどろりと夢心地。
「えへへぇ……♡ あたし、最高……?」
夢に誘われるように、誘うように。
「ああ……拾いもんだ。
ゆっくり、ゆっくり。夢をあげる。
「――
そう。
ここは、二人っきりの、夢の中だから。
「――
邪魔者は、誰もいないから。
「――あ――?」
ハマっちゃったら抜け出せない夢の世界に。
「――ずっと、ずぅっと、一緒にいてね――」
ようこそ、どうぞ、いらっしゃい。
――……タァン……ッ――
おでこにぽっかり、飴玉みたいな穴が開く。
「…………」
ギョロリ、彼の目が有り得ない動きでどこかを見つめる。
さっきまで、ぱんぱん激しく打ち付けていた腰も、あたしにぴったり張り付いたまま、ぴたりと動きを止めて。
びゅくびゅくと、激しい痙攣が、あたしの
「“ご主人様“ったら、……可愛いねぇ」
だからあたしは、そっと。
「いい子、いい子」
彼の髪の毛を、ぐしゃっと握って、引っ掻いた。
――――。
はぁ……っ。
夢から覚めたあたしが、虚空を睨んで吐き出した白い吐息が、夜の寒空にのぼっていく。
「……二件もヤらされたんだから。特別ボーナスくらい出してくれてもいいんじゃない?」
外に出たあたしを待っていたのは、がらんとした街並みだった。
さっきまでいた、地べたに座り込んだ子らの姿も無くって、なんなら人っ子一人居なくなってた。
理由なんて考えるまでもない。
あたしの放った疑問符は独り言みたいに。世界に、虚空に、溶け込んでいく。
「――ふむ。……良いでしょう。今回はこちらも無理を言いましたしね」
だから予想通り、虚空から返ってきた声に、あたしは驚くでもなく、座った目付きで
「なんだよ、自覚あったのー?」
「仕事に私情は不要ですから」
さらりと言い放たれて、あたしは更に顔を歪めたのだけれど、勿論それに反応なんて返ってくることは無いわけで。
ふんっとあたしが鼻を鳴らすと、やっと笑い声だけが返された。
「――それで? “迷い猫“は、どんなボーナスをお望みですか?」
その声に。
捨てられた“迷い猫“は。
虚空に向かって『パー』を広げて。
「……たまには、あたしの事、…………撫でてよ」
その望みだけを、口にした。
【短編】その手のひらが望むものは ムスカリウサギ @Melancholic_doe
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