蛞蝓~なめくじ~

酒とゾンビ/蒸留ロメロ

蛞蝓~なめくじ~

 私の目の前に垂れ下がった一本のロープ。

 先端には人の頭が通るほどの輪がある。


 最初に自殺を考えた人間はどのような方法を選んだのだろうか?

 これはいつ、だれが生み出したのだろうか?


 この簡易的で恐怖心さえ取り除ければ、最も手間なくこなせるであろう方法を……。


 どれだけの人間が、この“輪”の前に至り、“考え”を巡らせたのだろうか?

 私のしてきたことは間違っていたのだろうか?


 最近、部屋が臭い。

 掃除をしなければいけない。

 この輪だけは、清潔に保ちたいのだ。


 私がここに至った証となる。


 輪……なのだから。





 私は近々、結婚する予定だ。

 相手は保険会社に勤めている。

 所謂、セールスレディー。


 彼女とは学生時代、同じゼミだった。

 その頃はお互い意識する訳でもなく、ただの友人として接していた。

 しかし、もしかすると私は、その頃から彼女のことを意識していたのかもしれない。


 彼女と出会ったのは、大学に入学して直ぐの事だった。

 最初はただ、学内で歩いている所を見掛けただけだったが、次第に気になり始めた。


 ある日、彼女が自分と同じ1回生であることを知った。

 一つ訂正しなければいけないことがある。

 私は彼女を、初めて見た時から意識していた。

 この点に、嘘偽りはない。

 ならば何故、私がはぐらかすように嘘をついたか?

 その心理が分かるだろうか?


 まず、私はどうにか話し掛けるだけでも言いから、接点を持とうと考えた。

 しかし、私は経営学部だった。

 そして彼女は心理学部だったのだ

 今思えば何て事のない些細でつまらない話なのだが、当時の私は頭を抱える程に悩み、その現状を嘆いた。


 私はそれまで女性と接点を持った事が無かった。

 どちらかと言えば奥手で、物静かな方だったのだ。


 大声で騒ぐような遊び方もしたくなかったし、何より寡黙な自分が好きだった。

 そういう性格だったからだろうか?

 私は彼女にどうやって話し掛けるのかという事ではなく、まず学部の違いに悩んだのだ。

 女性関係において経験も無く、免疫も無い私に大きなアクションは起こせない。

 つまり、積極性がないのだ。


 2回生に進級する時、私は心理学部への編入に失敗した。

 幸いにも私の在学していた大学では心理学部への編入が可能だった。

 しかし私は、そのチャンスを台無しにしたのだ。


 私にとっての2回生というのは不毛その物であった。

 大学が終わりバイトに行く。その繰り返しであり何の楽しみもない日々だった。

 学生でいられる時間というのは短い。しかし時間が無い訳ではない。

 私がもし自分と正直に向き合い、簡単なことでも良いから彼女に一度でも話し掛けていれば、また違った学生ライフを送れていたのかもしれない。

 後悔することなく、自分の望む学生ライフを送ることだって出来たかもしれない。


 3回生に進級する時、私は念願の心理学部への編入に成功する。


 私は安堵した。

 しかしその頃、彼女の隣には男性がいた。

 私ではない別の男性が……。

 まったく間抜けな話だ。

 最初から論点がずれているのだ。

 何度も何度も後悔した。

 彼女に話しかけさえしていればと……。

 何故学部などというものに拘ったのかと……。


 その後、私は彼女と同じゼミで“念願の学生ライフ”を送ったのだ。

 お互い意識する訳でも無く、ただの友人として。

 しかし数年後、私はさらに後悔することになる。



 大学を卒業して4年程が経ち、私は不動産会社で営業職に就いていた。

 自分に向いているとは思っていなかったが、選択肢も少なく仕方がなかった。


ある日仕事終わりに偶々立ち寄った居酒屋で、私は彼女と再会した。

それはいつかドラマで見た場面を連想させる様な出会いだった。

現実にこういった巡り会わせがあるとは思っていなかった。

大変驚いたことを今でも覚えている。


彼女とは大学を卒業して以来会っていなかった。

私は何度も忘れようとしたのだ。

彼女のことを……。


あの不毛な学生時代を……。


 3年という期間を経て、私はようやくその後悔と未練を断ち切ることが出来たのだ。

彼女との再会はその矢先での出来事だった。

私は自分が未練を断ち切れていなかったことに気づいた。

それから1ヶ月が経ち、私は彼女と交際することになる。


後に聞いた話だが彼女が大学3回生の頃、彼女は当時付き合っていた彼氏と日々喧嘩ばかりで上手くいっていなかったらしい。

そんな時仲良くなったのが私だったと言う。

彼女は私のことが気になっていたとも話していた。

その真偽は定かではない。

その後彼氏とは別れ、彼女は卒業までずっと一人だったらしい。

それを知った時、私は再びあの日々を思いだし後悔したのだ。

何とも言い表せない、吐き気がする程の後悔だった。

しかし今、目の前には彼女がいる。

私の隣に恋人としているのだ。

それだけで私は幸せだった。


 それから2年が経ち、私は彼女にプロポーズした。

彼女は泣いて喜んでくれた。

それは誰もが一度は憧れる理想のプロポーズだった。

それまでの不毛な人生。

あの日彼女に言えなかった後悔。

学生時代の失敗がすべて消し飛ぶ程の喜びであった。


「結婚を認めてください。お願いします」


彼女の御両親を前に、私は人生初と言っても良い程の緊張を体感していた。

そして快い返事をいただき、私と彼女はお互いに顔を見合わせた。

それは今でもよく覚えている。

彼女の嬉しそうな顔を……。


挨拶も終わり一息ついたところで、私はあることに疑問を感じた。


「失礼ですが、お父様はどちらに?」


一瞬、母親の顔が強張った。


「あんた言ってなかったの?」


彼女は母子家庭で育った。

父親とは彼女が生まれた時に離婚し、母親は女手一つで彼女を育ててきたのだ。

その真偽は今でも分からないが、彼女は隠していた訳ではないと言う。

母親も謝り、もう一度お願いしますと私に頭を下げてきた。


――私はその後、彼女との婚約を破棄した。





 私は幼少期を思い出す度に身震いする。

母親はいつも私に勉強をしなさいと、そればかり言っていた。

どこの家でもそうなのかもしれないが、実はどこの家でもそうではないらしい。

昔からアメと鞭というように物事には強弱やバランスが必要不可欠なのだ。

私はただ勉強するように言われ、そして勉強しなくなった。

そこから私が学んだことは、どの様に立ち回れば勉強をせずに済むのかということだ。

つまり私は勉強するフリを学んだのだ。


子供は単純なのだ。

嫌なことはやりたくない。

しかし大人も同じだろう。

報酬がなければ誰だって嫌なことはやらない。

母親は私に「報酬」を与えなかった。

これは複雑にして物凄く単純な話だったのかもしれない。

ゲームでも漫画でも何でも良かった。

子供の喜ぶものを、その報酬として与えられていればまた何か変わっていたのかもしれない。


私は学校では虐められ、家に帰ると勉強をしなさいと言われた。

それは逃げ道のない圧迫した幼少期であった。

耐えられたのは私が“子供”だったからだろう。

しかし無垢な私にとって、あの環境は良くない物だった。


何故ならあの日々のすべてが、今の“私”という人格を作り出したのだから。


親が子供に与える影響というのは多大であり、未知なものだ。

そのすべてを解き明かした者は、どうかそれを世界に公表していただきたい。

出来るだけ分かり易く、誰の目にも触れる方法で。


彼女が母子家庭だということを知った時、私の頭には自分が子供だった頃の姿が浮かんだ。

子供とは母親と父親、その双方による影響を受けて育つのだ。

それぞれに役割があり、どちらかが欠けていてもそれは不完全な物だ。

それは何らかの欠落を生み、悪影響であると私は考える。

だが、決して母子家庭という物を卑下(ひげ)している訳ではない。

私自身、これまで上手くいかなかった事が多々あった。

人には時に、どうしようもない事情や都合がある。

私はそれを理解している。

しかし、父親という物を知らない女性が、生まれてきた子供に与える影響という物を私は知らない。


先ほども説明したが、私は虐めを経験した。

それは小学生の頃の話だ。


私の記憶に最も強く残っているのは、女子生徒からの虐めだ。

虐めに関する話題の中で、一度は耳にした事があるだろう。

“ばい菌”という言葉を……。

そう、私は“ばい菌”だと罵(ののし)られたのだ。

この短い説明では些細な事の様に思うかもしれない。

しかしこれは結果、私の人格を大きく変えたのだ。


そう、学生の頃の私だ。

私は彼女を見つけても話し掛ける事が出来なかった。

発想自体は頭の中にあったはずだ。

ただ私には出来なかった。

それは理屈では説明できない。

だから私は彼女と同じ学部に身を置くことで近づこうとしたのだ。

そこに、いつか接点が生まれると信じたのだ。


多くの人は私の様な経験はしないが、私のような経験をした人は多く存在するはずだ。

だから分かってもらえるだろう。

私は直接話し掛けるということが出来なかった。

何故なら私は女性にとっての“ばい菌”だったからだ。


実際のところ何か身体に悪影響を及ぼすような事は無いだろう。

しかし、私の心の奥にはしっかりと刻まれている。

“お前は、ばい菌だ”と……。

思春期を迎えた頃、私の脳裏にその言葉がフラッシュバックした。

女性に対し好意的になると、私は自分が“ばい菌”であることを思い出した。

私は次第に落ち込み絶望し、気づけば抜け殻となっていた。


その時からだ。

私は“死”を意識するようになった。


“死”とは不思議なものだ。

身近に感じれば感じるほど遠ざかっていくのだ。


“死”とは実に冷たい生き物だと私は思った。





 私は実に、無駄な4年間を過ごした。

何も生み出さず、何かを得た訳でもない。

私は自分に失望し、そして軽蔑(けいべつ)した。

しかし分かっていながらも、その1歩が出ない。

おそらく後1歩なのだろう。

それさえできれば、また違った景色があったはずなのだ。

私は次第に自分というものが嫌いになり、内に籠(こも)るようになった。

人を避け、友人との縁も絶った。

そうすることで自分を見えないようにしたのだ。

自分から……。


自分に自分の嫌な面を気づかせたくなかった。

無能な面を気づかせたくなかった。

そして私の周りには誰もいなくなった。


すべてに無気力だった。

故に先が見えない。

一人になり、私は長い時間を掛け自分の人生を見つめ直した。

何もない人生を……。


そんな時、彼女と再会したのだ。


私は元々、結婚などしたくなかった。

結婚というシステムに縛られるのが嫌だった。

家に帰れば妻がいるその状況に縛られ、したくもない話をする。


リスクと負債(ふさい)、それが結婚に対する私のイメージだ。

事実、間違ってはいないだろう。

様々な形はあるものの、ほとんどは典型的と言える。

女性が得をして、男性は家族のため死に物狂いで働く。


そこに何があるのだろうか?

私は幸せはないと断言できる。

何故なら人は物事に慣れるからだ。

新鮮と言う物を感じること。

それこそが結婚の“幸せ”であり、その新鮮味は慣れで失われていく。

人はその先にさらなる景色を求めようとするが、碌な物ではない。


“結婚は人生の墓場”だと言う。

語源は、これとは全く違ったものだ。

だが日本には何故かこの言葉が広まった。

つまり、結婚とは墓場なのだ。

生きながらにして墓場に入る馬鹿がどこにいるだろうか?

そこは人が生きられるような場所だろうか?

私は結婚という物に魅力を感じない。

この悪しき風習に。





 彼女に再会してから、彼女は私のすべてになった。

もう彼女しか見えない。

働いている時も彼女のことを思う。

会えない時間はすべて彼女のことを思うのだ。


彼女は気配りの上手な女性だった。

頑張り屋で、私が気を遣わされたほどだ。

私は何かある度に彼女にプレゼントを贈った。

初めは好きだったが、次第に愛するようになった。

思い返しても、あれほど幸せだった日々を私は知らない。


そしてそれは次第に落ち着きをみせた。

結婚の話をしたのは、そんな時だった。





私の隣にもう彼女はいない。

当り前だ。私が拒絶したのだから。


ならば私は幸せなはずだ。

何故ならこれは自分で選んだ現状なのだから。

では何故、私は後悔しているのだろうか?

いや、何を後悔しているのだろうか?

何故、私の前に、この“輪”は現れたのだろうか?


どれくらい時間が経ったのだろうか?

いくら眺めてもこの輪は私に何も教えてはくれない。

ただ、瞬間的に思い出した。


あの時も今と同じ光景が目の前にあったような気がする。

それは不毛な、あの学生時代だ。

あの時は妄想だった。

妄想で目の前に輪を作り、そこに現状の答えを導きだそうとしていた。

そして今それを思い出し、俺は気づいたのだ。

何故、自分が死ななければいけないのかということに……。


私は確かに自らの死を受け入れたのだ。

悲観する訳でもなく、ただの解決策として死を選んだ。

ただ輪を目の前にすると怒りと殺意がこみ上げてくるのだ。

あの時もそうだった。

受け入れ、輪を見つめる。

少しすると怒りと殺意がこみ上げてくる。

それは自分をここまで追い込んだ者への怒りと殺意だ。


分かるだろうか?

これはあの女への感情なのだ。

私がただ愛した女への純粋な怒りなのだ。

何故、私の望む君ではなかったのか?

望み通りならそれで良いという訳ではない。

期待外れ、不都合、不一致。

それらを含めて望み通りなのだ。


私の期待通りに外れていて欲しかった。

私の都合に沿った不都合で合って欲しかった。

私の望み通りに共感して欲しかった。

私の望み通りに裏切って欲しかった。


彼女がもし学生時代に、私の彼女として現れていたらどうだったろうか?

そこにはまた違った景色があっただろう。

こんな記憶を思い出さなくて済んだだろう。


帰りのバスが嫌いだった。

これに乗れば彼女から遠ざかるから……。


下りの電車が嫌いだった。

これに乗れば彼女から遠ざかるから……。


車窓から見える夕日が嫌いだった。

儚さを思い出すから……。


彼女に会えない儚さを……。


求めても傍にはいない。

この儚さを……。


雑踏に溶け込めば、彼女に会えるだろうか?

そこに彼女が紛れていないだろうか?


あの頃の私は、改札の真ん中にいたのだ。





怒りは彼女への愛だった。

だが愛という表現より、好きという表現を私は選ぶ。

それが私の正直だからだ。

好むという表現は愛よりも自然であり、純粋なのだ。

愛には不純な物が含まれる。

故に私は選ばない。


私は彼女に理由を言わなかった。

何故、婚約を破棄するのかということだ。


私は彼女にもう一度、会うことにした。

当然、最初は断られた。

どういうつもりなのか? と。


私は彼女にすべてを話した。

本当はあの頃から好きだったと。

本当は誰よりも先に、君に気づいていたんだと。

だが彼女は何も言わなかった。


あの沈黙の時間は、私に残された彼女との最後の面会時間だった。

何故なら私の目の前には、あの輪があるからだ。


窓から差し込む夕日は、あの日見た車窓の夕日とは違う物だった。

何故なら私はもう寂しくないからだ。




 “私”の目の前に垂れ下がった一本のロープ。

先端には人の頭が通るほどの輪がある。


最初に自殺を考えた人間はどのような方法を選んだのだろうか?

これはいつ、だれが生み出したのだろうか?


この簡易的で恐怖心さえ取り除ければ、最も手間なくこなせるであろう方法を……。


どれだけの人間がこの“輪”の前に至(いた)り“考え”を巡(めぐ)らせたのだろうか?

私のしてきたことは間違いだったのだろうか?


最近、部屋が臭い。

掃除をしなければいけない。

この輪だけは、清潔に保ちたいのだ。


私がここに至った証となる。


輪……なのだから。


「おやすみ、今から私も君と一緒だ。君の輪となれた私は、これからそこに至り、君の傍に行く」


私は足元に横たわる彼女にそう呟いた。


最近、部屋が臭い。

掃除をしなければいけない。

この輪だけは、清潔に保ちたいのだ。


私が自殺に至った証となる……


――輪なのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

蛞蝓~なめくじ~ 酒とゾンビ/蒸留ロメロ @saketozombie210

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ