断章

恵み

 弟と鎌鼬が帰って来てから、皆で夕食を食べ始める。やっぱり、温かいご飯は美味しい。けれど、人並みに食べることは出来なかった。二人の鬼術師の努力もあり、傷自体は殆ど塞がっているが、正直、粥さえ喉を通すには厳しかった。そんな気になれなかった。加えてずっと、山で木の実や魚を食べて暮らしていたこと、常に緊張状態にあったことで、胃の腑がかなり小さくなっている。父は「少しずつでいいから、食べる量を増やそうね」と言ってきたけれど、弟のご飯の量と比べると目眩がした。あの量は無理だ。

「父上」

 ふと弟が箸を置き、口を開いた。

「うん」

「さっき鎌鼬が言ってた、属性って何のことですか」

 ピタリと鎌鼬の手が止まった。が、妖名を教えた時点で大方露見していると思い出したのか、再び飯にがっつき始めた。

「ああ、説明していなかったね。星、君も聞いておきなさい。口に含んだまま喋らなければ、箸は止めなくても良いよ。で、人ならぬ者は、基本的に三つの要素に関係していることがほとんどだ。だから、関係している要素ごとに振り分けて、それを属性と呼んでいる。まずここまではいいね」

 二人揃って頷く。

「その属性というのは、日、月、海の三つだよ。月は日に強く、日と月は海に強い。それで、鎌鼬が属しているのは日だから、月の属性を相手にするのは不得手なんだ」

 その言葉に不満げな横やりがポンポンと飛んできた。

「別に戦えないわけじゃないよ。単に、本領を発揮できないんだ」

「彼奴等はずる賢く、分が悪いと分かったらさっさと逃げるんです」

「月の奴らは、骨のないやつばっかりよ」

 苦い顔をしててんでに話し始める。鎌鼬も、その手のやつにやり込められたことがあるのだろう。

「でも、ほら、有利な相手と状況で戦うのが良いだろう」

 と父は宥めにかかった。変に触れて惨事になるのは洒落にならないものね。

 我も山で暮らしていた間、月の属性を持つと思われる物怪と遭遇したことがあるが、実際、たちが悪かった。いつの間にか行動の型を把握されており、警戒していても気づけば背後を取られている。そして逃げ足が速い。おかげで寝付きが悪くなった。しかし、味方にできれば頼りになるのも事実。

 我が一人で苦い思いを噛み砕いていると、弟は明るい話題を差し出した。

「あの、父上。さっき『月は日に強く、日と月は海に強い』と言ってましたが、日が特に強いものはありますか」

 弟の疑問に、鎌鼬を宥めるのに手を焼き始めていた父は、これ幸いと食いついた。

「日はね、月以外に対してなら基本強い。力強く逞しい上、性格においても正直な者が多いからね。だから、日の属性の者がいると正直かなり助かるんだ」

 すると鎌鼬は一気に陽気になり、満足したように頷きながら語った。

「そうそう、わかってるじゃないか。だからあたしらは、大概のやつとは戦えるのさ」

「戦闘、戦略、技術の均衡も取れていますし」

「どんな局面でも融通が利くってこと」

 そこへ更に、弟のきらきらした称賛が入る。

「凄い、もう怖いもの無しだね」

「そうだよ。だから変なのに絡まれて困ったら、あたしらに言いな」

「得手不得手なんてなんのその」

「疫鬼も天狗もどんと来い、よ」

 なるほど。彼らを動かす時は、担ぎ上げて機嫌をとればいいのか。そのまま父は続けた。

「それから……これは我々鬼術師を含む陰陽師が定めたものだが、さっきの三つ以外にも細々とあるにはあるんだ。特に多いのは地。これには動物系の妖しや鬼神が含まれる。鎌鼬も地の属性を持っているはずだよ」

「一つの妖しが、いくつも属性を持つのですか」

 弟と我の思考は似ているらしい。我の疑問を汲み取るように、弟が質問してくれる。

「ああ。そこがややこしいんだ。地は風の属性に強い一方、水に弱い。だが、核となるのはさっきの三つ。どうしても敵の属性が分からなかったら、この三つだけでも見分けると良い」

「どうやって見分けるのですか」

「そうだな……戦い方が一番わかりやすいかな。日の属性を持つ者は、白昼戦や正々堂々たる戦い、敵陣への特攻が得意だ。一方月の属性を持つ者は夜戦、隠密行動や諜報が得意。海は地の属性に対しては特に強いし、昼夜問わず戦えるが、そもそも戦いを好まない」

「なるほど」

 我がほんの少しの粥をやっと食べ終えた頃、弟の質問は止まってしまった。まだ聞きたいことがあるが、あいにく紙と筆がない。仕方ないので、黙々と食事を続けている祖父のもとへ行く。

「ん、何だ」

 祖父の目をじっと見つめ、我の思考を読み取ってもらう。

「ああ、神に属性の概念があてはまるかについて聞きたいんだな。当たり前だ。先の要素というのは、神の恩恵のことを指す。つまり属性とは、誰から多くの恩恵を受けているか、と言い換えることもできる」

「その恩恵を与える神々は、私達鬼術師でさえ知っている、日の本を統べる方々だ。天照大神、月読尊、大綿津見神のことだよ」

「……海は建速須佐之男命ではないのか、と」

「そう言いたいのだけれど、まあ色々あって、今現在は大綿津見神が海を統べているから……。うん、そこは一旦置いておこう」

「……では、此処、萬里神社の祭神の属性は、とな。此処の神は風に関する神だと聞いている。それが天照よりも前に生まれた神ならば、風そのものを属性に持つだろうが……神の名とその系譜を知らぬことには詳しく言えぬな。そのうち調べてみよう」

 祖父は意外にも丁寧に応えてくれるな。やはり頼るべき存在なのだろうか。いや、それ以上の難題がある。

(つまり、今の戦力は偏っているってことだね)

 仮に、神の力を授かった我らを含めても、日、或いは風の属性の者しかいない。常に優位な状態で戦えるとは限らないのに。出来るだけ早く、他の属性を持つ協力者を得なければ。

 我が一人考え込んでいると、祖父は別の言葉を吐いた。

「聞きたいのはそれだけか」

 ふるふると首を横に振る。つい先ほど終わった思考の中に、一つの記憶が蘇って来たのだ。例え喋れたとしても、言語化できないもの。汲み取ってくれるだろうか。

「ん……木霊は地の属性だ。他には木の属性も持っているだろう。で、お前が聞きたいのは属性と嗜好に傾向はあるかだな。つまるところ酒の話か」

 良く分かったな。良く裏まで察したな。大々的に言わなくて良いのだけれど。

「星? その歳で酒の席に着くのは宜しくないのだけれど。まさか飲んだりしてないよね」

 その父の声には軽い冗談が混じっていた。しかし我が応えかねていると不安になったのか、我の頭を撫でながら「そんなことないよね」と尋ねてくる。

「大丈夫ですよ父上。山には酒なんか無いでしょう。ただ、山では木霊様にお世話になったので、何かお礼をと思ったのです」

「ああ、成程。木霊に助けて貰っていたのか。それは是非ともお礼をしなくては。しかし……私たちが持っている酒は口に合うだろうか」

「恐らく駄目だろうな。木霊は木の精、神に似て非なる者とはいえ、清いものを好む。鬼術師の持つものは忌むだろう」

「では……」

 我らをそっちのけで、話が進んでいる。同じく放っておかれていた鎌鼬は、酒という言葉に惹かれたようで、じっと話に聞き入っていた。

「場所は星に聞くとして、時はどうする」

「そうですね……星の喉の傷が癒えてから、というのは」

「まあ、そうなるだろうな。星も木霊と話したいだろう」

「そうですね。良し。と、いうわけで、我が子らよ」

 急に矛先が此方を向いた。変な口調、楽しそうなにやけ顔。一体何を企んで居るのだろうか。

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閑古鳥のうた からかさ @hoshi-kaze

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