旅は道連れ

 最終的に、鎌鼬は了承した。命を投げ出すつもりはないが、自分達のような物の怪が、どこまでやれるのかを試す機会ではある。もし気が変わっても、問題が起こるまでには十数年の時間があるから、それまでに出ていけばいい。利害の一致からなるこの契約は、いつでも打ち切れるものだから、と。そんな感じだった。

 鬼術師の家に案内され、これからは我も、屋根のある場所で休むことができるようになった。山では、自分の身は自分で守らなければならなかったから、常に緊張して、警戒を怠らないようにしていた。やっと、解放されたのだ。

 そう思った途端、膝から崩れ落ちそうだった。

(駄目、何時でも、何処でも、油断してはならない。この一年の苦難を、無駄にするものか)

 再び心を引き締め、足に力を入れた。何気ない動作で周りを見回すと、父と鎌鼬は楽しげに会話しており、弟は我の近くで部屋を片付けている。よし、大丈夫。

 父は鎌鼬を我らの隣の部屋に案内し、御簾で区切れるから、と言って使い方を教えてくれた。区切れた所で、声は筒抜けだろうな。まあ、我は困らないけれど。

 我らに与えられた部屋は元々弟が使っていた部屋らしい。簾を上げて部屋全体でみると、人一人に対しては広すぎるが、五人となるとやや狭い。部屋が急に賑やかになったが、弟は大丈夫だろうか。そう思い到った時、調度弟から声がかかった。

「あの、兄上」

 振り向くと、彼はぎこちなく移動した。弟は我との距離感を測りかねているようで、敬語と口語をごっちゃにして口をきいた。

「布団は此処にありますから。……他の部屋も、案内しよ……しましょうか」

 気を遣ってくれたのだから、ちゃんと応えてあげたいが、喉の傷はまだ癒えていないから声を発するのは良くない。何より痛いのは嫌だ。暫くはやはり紙と筆とが必要だろう。

『だいじょうぶ。おぼえてる』

「あ、はい。……その、吾と同じ部屋だけれど、良い?」

 孤独と不安の色が見える。彼はずっと、此処で暮らしていたはずなのに。これまで一人だったから、誰かと一緒にいたいのだろうか。それとも、我がいることが不安なのだろうか。どっちだろう。

『きみがいいなら』

 それとなく意向を聞いてみると、彼の気色はぱっと明るくなった。

「うん。じゃあ、よろしくね」

 彼の反応から、一人でいるのが寂しかったのだと分かった。けれど、此処で孤独を感じる要素などあるだろうか。

 父もいる。祖父もいる。神社に行けば、神主や巫女たちがいる。人と関わる機会など、作ろうと思えばいくらでも作れたはずだ。暫く考えたが分からなかったので、今後のことを考えることにした。これからは、弟と一緒にいよう。

 それから、新たに同居人となる鎌鼬に聞きたいことがあると思い出した。

(いや、聞くのは何時でもできる。不躾だけれど、鎌鼬の気が此方に向く前に)

 改めて三人を観察してみる。身長は長姉、長男、次女の順。長男と次女はごく普通の身長だけれど、長姉は飛び抜けて高い。我の父が小柄ということはないはずだが、長姉は父さえも越していた。

 彼女らは時流とは違う服を着ていた。長姉は一番簡素な服。帯以外に色はなく、飾りも無い。

 次女は長姉と同じ服に、かなり丈の短い着物を身体に纏い、姉と同じ帯でくくっている。その前身ごろは垂らしており、右腕に纏わりつく布を減らしているようだ。

 長男も姉妹と同じ服に、狩衣のような服を纏った、大人し気な姿。姉妹が膝下を露出している一方、彼は身体全体を布で覆っていた。

 それから、皆の身体には、先に棒のついた鎖が首に掛かっている。いや、長男は片側か。太刀のような柄を繋ぐ鎖の長さは恐らく皆同じ。……よく見たら、次女の柄は一回り小さいし、鎖も少し短いかもしれない。戦闘時には、その柄に刃が現れ、鎌になるんだよな。

 着こなし方はそれぞれ違うが、ぱっと見で同胞はらからとわかる。

 次は、顔あたりに目を向ける。皆、左目付近の髪を上げ、姉妹は後ろ髪を結んでいた。形は双髷そうけいのようだが……一つに結っているな。二つ形作るのが面倒なのだろうか。

 それから、目はそれぞれ違った。長姉はつった三白眼、長男は垂れ。次女はぱっちりと開く大きめの瞳……。

 気の流れを感じて何気なく目を逸らす。ほぼ同じ時機に、長姉がこちらを流し見した。こちらの視線に気づいてしまったようだ。そろそろ観察は中断しよう。幾らでも機会はある。

 長姉の気が緩んだ所で傍に寄り、ついついと妖しをつつく。寝床ができてご機嫌な長姉が応えた。

「ん、なんだい」

『ききたいことがある』と紙を見せる。

「いいよ、応えてやる。ただ、聞く内容には気をつけな」

 成る程、聞かれたくないこともある、と。まあ、今回は何ら問題ないだろう。

『なまえは』

「ん、あたしらの名前が気になるのかい」

 こくりと頷き、さらさらと筆を走らせる。かなり扱いに慣れてきた。

『みなさんは、それぞれできることがちがうとききました。だから、てきとうなひとりをよぶときに、なまえがあるとわかりやすい』

「ああ、なるほどね。……まあ、名前くらいは良いか。あたしはつむじ。で、あいつが――」

さくと申します」

「舞」

 間髪入れずに、しかし調子を乱さずに名乗る彼らは、きっと長い間一緒に居るのだろう。

『どこからきたの』

「遠いとこだよ。元いたところじゃ、鎌鼬っていう妖しは結構いたのさ。だから縄張り争いが絶えなくてねえ。いい加減飽きたし、きりがないから、旅をしながらフラフラしてたのさ」

『ここにいると、もつといそがしいかもしれない』

「いいよそれは。ここは、あたしらがいたところとは勝手が違う。だからこそ面白そうなんだ。何より、派手に暴れても良いんだろ」

『ひとをがいさないなら』

「うん、それは保証できないね」

 じっと目を見る。力強く、まっすぐな目。何となく、この人たちなら信じても良いと思った。

『これから、よろしくおねがいします』

 相手は驚いたようだった。

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