良いも悪いも神次第
できるだけ早く、読み書きはできるようになろう、と強く思った。筆の使い方は特に。
「では、こちらの話をしよう。まずは自己紹介を。念の為ね」
と男が語りだした。詳しく話を聞いてやっと、彼はやはり父親だと解った。それで、我の隣に座った子は、儀を受けた双子の一人、我の弟。
「大切なことだけ伝えるよ。長くなってしまうからね。私と君たちの祖父は、風と同じように鎌鼬さんに助けられた。神主たちもね」
「呼び捨てでいいよ」と妖し。
「うん、まあ、助けられた。まずそこまでは良いね」
首を縦に振る。それくらいのことは分かっている。ただ、やはり無傷では済まなかったようで、彼の手首には布が当ててあった。恐らく他にも傷があるだろうが、隠しているらしい。
「その後、暫く彼女らと居たのだけど、急に暴風が止まってね。その時風が、……ややこしいな。朦朧としていた君の弟の意識がはっきりして、落ち着きをなくしたんだ。それからすっくと立ち上がって、一目散に神社の方へ駆けていった」
思わず眉をひそめる。ちゃんと聞こえるように、ここにいて、と言った筈だ。
視線を傍にいる弟に移して、目で訴えると、我の疑問を汲み取ったようだ。しかし、彼も首を傾げた。
「わかんない。けど、喉のあたりが凄く気持ち悪くなって、放っておいたら、絶対良くないと思って……。その、ごめんなさい」
あれ、我と弟は、それぞれ個人として成立してるのに、感覚が共有されている? 我は一度だって感じたことないけれど。……いや、それより。
鎌鼬に目を向ける。何故、彼を止めなかったのか。
「何だい、あたしらにも怒ってるのかい。だってしょうがないじゃないか。なんせその子が、あたしでも追いつけないほどの速さで走って行ったんだからね」
つまり、弟は我を助けるためだけに、神の力まで使ったのか。何故そんな無茶ができるんだ。神の力も、彼の命も、もっと大切にするべきなのに。
「まあ、そう怒らないでやってくれ。君は、風のお陰で助かったんだよ」
今度は自分も首を傾げる。弟も神の力を与えられているとは言え、人であることには変わりない。一度死んだものを蘇生することなどできるのか。それこそ、神の成せる技だろう。
「君の疑問ももっともだ。だが、君がやったことを思い出してごらん。君は、神に何を願い、何を捧げた?」
その言葉で、霧が晴れていくような、それでいて深い谷に突き落とされるような思いがした。つまり弟も、我を助けるために、神へ自らの命を捧げたのだ。……いや、それでも矛盾がある。弟は生きている。
「もうちょっと考えてみなさい。君の要望は受け入れられたかい」
交渉が成立したのなら、我は既に此処にはいない。では……。父と目を合わせると、彼は微笑んだ。
「そう、弟の交渉も叶わなかった。けれどね、二人の懸命さと誠実さに、神は寛大な心でもって、君たちの働きを見守ると応じられたんだ。その働きによって、死後の処遇を考える、と。さらに、君の魂を呼び戻し、君の身体に結びつけてくださった。傷は私が治療したよ」
そんな都合の良い話があるものか。父は嘘をついているわけではなさそうだが、それでもまだ信じられない。神は恐れるべきもの、そう経験したから。
「まあ、信じるかは君が判断しなさい。私がどうこう言うことではないからね」
再び筆をとり、紙を汚す。『ほしよみは』
「私も鬼術師なんだけどな……。いや、君の祖父のことだね。彼は別の部屋にいるよ。君に合わせる顔がない、だってさ」
卑怯者。
「うん、君が恨むのは当然だ」
ん……感情が、顔に出ていたのだろうか。気を抜いた覚えはないが、気をつけよう。
「私としても許せない。でも、君は彼も助ける対象としていたね。それは何故だい」
『ちしきやのうりょくが、これからひつようになるから』
「なるほど……」
父は一瞬、仄かな恐れと責任の色を見せた。
「ああ、そうだ、まだ大切なことを話していなかった。君のことだし、もう薄々わかっているとは思うけれど」
父は我に、我らに向き直り、姿勢を正した。
「君たちに、名前がついた。君、兄は星。弟は風、という名だ。これは御祭神から賜ったものだよ。通り名だから、本当の名前ではないけどね」
『ほんとうのは』
「うん、実のところつけていないんだ。我が子であるとは言え、君たちは神の子としての側面も持っている。私達のようなただの人が名付けて良いものかと悩んだんだ。ごめんよ」
『いい。ないなら、つくればいい。こまらない』
どうも父は気落ちしたようだ。原因は我にあるらしいが、その理由までは分からなかった。
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