始まりの朝

 いつものように覚め、いつものように伸びをする。再び目を閉じ、昨晩の夢を辿ろうとして異変に気づく。

(あれ? 我、確か……)

 ここは夢か。魂でも夢をみるとは驚きだが、夢ならば覚めなければならない。長い道を一人歩み、川を越え、十王の裁判を受けなければ。きっと地獄行きだろうな。神様に対して、あんなことをやったのだもの。ところで、どうやって夢から覚めるのだろう。

 とりあえず身体を起こしてみると、複数の人が目に映った。いや、人じゃないのもいるけれど。その顔には、三者三様の色があった。いの一番に近くに来たのは、同じ背格好の子だった。「起きた? 起きたよね、白湯いる? 飲める?」と矢継ぎ早に聞いてくる。

 言葉は理解できた。

   けれど応えたくなかった。

 相手が親切心で言っているのも分かっている。

   それでも応えられなかった。

(皆が此処に居るってことは………)

 心が沈む音が聞こえた。もう一つ聞こえたのは、ゆったりとした、柔らかな声。

「星の、君は何か、思い違いをしているみたいだね」

 その人の目線から、その言葉が我に向けられたものだと分かった。

「……」

 彼は、父親、そのはずだ。最後に会ったのは……四つの時の降誕祭か。日常的に顔を合わせていたわけではなかったから、朧にしか覚えていない。しかし、夢の中でも出会った人だ。母と一緒にいた、不思議な空気を纏った男。それだけで父は判断できかねるが、同じ夢で見た神の子に、どことなく似ている。賭けてみるか。

「……父上?」

 一言発しただけなのに、喉に激痛が走る。触れると、布が巻いてあった。

「おや、私のことがわかるんだね。殆ど会ったことが無いというのに。それと、声は出さないように。まだ完全に癒えてはいないから」

 予想は当たったらしい。この人が、我の父か。彼は優しい声で続けた。

「君、文字は書けるかい」

 喉元を押さえながら、ふるふると首を横に振る。

「それじゃあ、急ぎ平仮名を教えよう」

 彼はそう言って、紙と筆を持ってきた。彼が文字を書き、それに対応する音を教えてもらって、その紙を手本に書いてみる。筆の扱いは難しく、死に被った蛇のような字になってしまった。

『しつはいしてしまつたのか』

 男は隣で何とも言えない顔をした。仕方がないだろう、初めて書いたのだもの。

「んー……、失敗、かな。合っているかい。うん、そのことなのだけど」

 男はより近くに来ようとした。思わず身体に力が入る。それを見た彼は、小さく首を振って、微笑した。憂いの色が見えた。

「此処は、現世だよ」

 発された音は短かったのに、それを理解するには時間がかかった。

 そんな筈はない。だって我は、自分の喉を貫いた。その時の痛みや、その後の暗闇だって、鮮明に覚えている。何より、今も喉に絡みついている痛みがそれを証明している。では、我は死霊となって、未練がましく彷徨っているのか。

 いくつもの疑問が頭を巡り、思考を埋め尽くしていった。見かねた男は、我にぴたりと引っ付いて、頭を撫でた。

「これでも君は、死霊だと思うのかな」

 そう言いながらも撫で続ける手をはたき落とす。

「何をなさったのですか。何を代償として、我が命を戻したのですか。何を思って、そんなことを――」

 喉に激痛を感じながら、かすれた声を出す。すぐに限界が来て咳き込むも、それも涙が出るほどの痛みを伴った。

「星の、混乱するのはわかるけれど、とにかく落ち着きなさい。説明はするから。……ああ、丁度、風が戻って来たね。じゃあ、早速話そうか」

 風、と呼ばれた男の子が白湯を渡してくる。大人しく受け取って、飲む、ふりをした。

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