五つのころ

光の中の闇

 それはつい最近のこと。我はまだ五つだけれど、子どもが見るものとは思えないほど、とても恐ろしい夢を見た。


          *


 ある鬼術師が、国つ罪を予見した。彼ではとても、抑えられない災厄。それは少なくとも一つの国、最悪九つの国から、人が消えるもの。

 そこで彼は、近くの神社の宮司様に相談した。人の良い宮司様は、気まぐれな神様に必死に問いかけて、なんとか神託を得た。それは鬼術師が予見したものと同じだった。

 しかし、神様はあまり興味を持たなかった。自分を信じる人のみ守るという意思はお示しになったけれど、それ以外の人を救おうとはお思いにならなかった。

 鬼術師と宮司様は慌てた。たとい自分達は助かっても、他が助からないのなら、自分達の存在意義はない。

 (なにより一番辛いのは、自分らは近々起こる災いを知っていながら、何もしなかったという罪悪感に苛まれること)

 それから、鬼術師がある提案をした。

 それが起こるまでに、まだ数十年は猶予がある。しかしその猶予があっても、我らただの人にはどうしようもない。かといって、捨て置くのもまた良くない。よって、それに対抗できるようなもの、あるいは人をつくろう、と。さらに鬼術師は、自分の息子と、宮司様の娘を逢わせようと言った。そして腹に宿った子に神降ろしの儀を行い、その子に災を払わせるよう、と。

 (言い換えれば、他人任せの提案)

 神降ろしの儀は多くの危険が伴う。儀を行った子は、生まれる前に死んでしまったり、腕や足、五感など、何かしら不完全な状態で生まれたりすることが多い。運良く五体満足に生まれても、神から授かった力を制御できずに自滅したり、強まる力に身体が耐えられず、やはり死んでしまったりする。また、神の子を産む母体も、無事では済まない。

 宮司様はすごく悩んだ。これは全てが賭けだったから。大切な娘を失う可能性が九割、もし子どもが生まれても、その子が死んでしまう可能性も九割。他の、どの可能性を考えても、上手くいく可能性は一分いちぶとない。それでも。

 宮司様は賭けた。娘は恐怖を全面に出したけれど、震える口には賛同を唱えた。『父が言うことに間違いがあったことは、一度たりともない。神社に生まれた手前、少しでも世のためになるのであれば』と。

 腹に命が宿ったのが分かってすぐ、神降ろしの儀を行った。娘はとても大切に扱われ、命は順調に育っていった。子どもが生まれる少し前から、宮司様は只管ひたすらに神様へ舞を捧げ続けた。一週間以上、ほぼ不眠不休で行ったから、身体に限界が来て、孫の顔を見ることなく旅立った。神様は流石に憐れと思ったのか、母も、生まれた男の子も、無事だった。母は寝たきりになり、子どもには髪や肌の色がなかったけれど。

 しかし、産まれたのは双子。

 赤子には神の力が与えられていた。だが、これまで神が力を分け与えたのは一度に一人。鬼術師は、神様がどちらに力を与えたのか分からなかった。二人とも、人とは違う気を纏っていたから。しかし、神様に問いかけようとしても、宮司様はもういない。得意の占いをしても、糠に釘。これといった答えは得られなかった。

 鬼術師は、とりあえず双子を育てることにした。宮司様の娘に長男を、自分の息子に次男を、それぞれ育てるように命じた。娘は寝たきりなので、子を神主に任せ、時々物語を語って聞かせた。

 四つの頃に、次子が神の力と思しきものを発揮し、それ以来鬼術師は弟を丁重に扱った。一方、何の変化も見られない長子を育てる時間や、食物、金銭を惜しく思った。そこで、息子夫婦には内緒で兄の方を山に連れ出して、捨てた。

 (捨ててしまえば、誰も、何もできないから)


 その後、娘はふいに神社を去った。

 一方妻の死を察し、悲しみに暮れた息子は、愛する人に似た長子がいないことに気づき、彼の父である鬼術師に聞いた。鬼術師は素知らぬふりをした。

『神隠しにでも遭ったのだろう』

 それ以上は語らなかった。


           *


 心地よい木漏れ日の中、一人静かに夢を辿る。そして、倒れた大木の上で何度も頷いた。

 我はあの時、なんとなくだけれど、捨てられるというのは子どもながらに分かっていた。もちろん悲しかった。何も持たずに生まれたことに、また、辛い決断をした宮司様や母の期待に応えられなかったことに。

 でも、この世を離れるわけにはいかなかった。

 捨てられて直ぐ、我の記憶にはない、とても恐ろしいものを夢に見て。それが頭から離れなくて。しかも、それを防ぐのは我にしかできないことだったから。


「……説明は以上です。そして明日、何かが起こる。鬼術師が予見したものではないけれど、下手をしたら、皆、滅びてしまう。それでは元も子もないから、なんとしても防がなきゃならない。けれど、それは我だけじゃ無理があるんです。だから、どうか手を貸してくれませんか」

 そう言って目の前の三人に視線を投げる。しかし相手は納得していないようだ。その何かの内容も、また何をするのかも分からないし、自分らも生きることで精一杯だ。そう簡単に助力することはできない、と。

「ああ、もちろんお礼はします。皆様のお腹を満たすに足りるかはわからないけれど」

 それでも年下らしい二人は諾と言わなかった。しかし。

「へえ、このあたしらを前に引かない、か。面白いじゃないか」

 と気の強そうな長姉が言った。そして、すぐさま抗議しようとする二人を制止する。

「協力してやろう、結果の責任は全部あたしが持つよ。その代わり――」

 鋭い眼差しがこちらを向く。

「――割に合わない結果になれば、容赦しないよ」

「もちろん分かってます。では、短い間ですが、よろしくお願いします」

 春の風が夏を含み、慰めるように頭を撫でていった。

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