第19話 「ケルト最後の魔法官」第一幕(霧のロンドン)

霧がロンドンの街を濡らしていた

霧は窓ガラスにはりつき、誰かが息をふきかけたようだった


探偵事務所の窓から見える景色はどこまでも暗澹としていた

街灯は霧に溶け、人影はぼやけて消える


「アレックス、今日はいつになく濃い霧だな

 まさにロンドンスモッグだ」


「そうだねトーマス、

 肺が焼かれないだけ今は幸せだ

 こうして霧を楽しめる」


「……」


「どう、名探偵ホームっぽい?」


「お茶を淹れるよ」


そういってトーマスは自分のお気に入りのコースターと

アレックスのために紅茶を用意した


紅茶で使うお湯はコーヒーのように沸騰させない

日本茶と同じ要領で少し繊細だ

香が逃げないように蓋をする必要がある


「この淹れ終わるまでの時間は至高だな

 アレックス、新しい依頼だ」


そういってトーマスはアレックスに封書を渡した


「ヴィクター・カーライルって

 あの資産家の? ケルト文化大好きマニア

 この前なんか偽物かもしれない『ケルトの大釜』にさぁ、

 お金はあるところにはあるね~アラブの王様みたいに

 間違って俺たちに振り込んでくれないかな」


「依頼主はエレナさん

 お母さんの治療費を全額、彼が負担しているんだけど

 不安を感じているそうなんだ」


「ちょっと待って、この……エレナさんだっけ?

 キモいんで、その人からもらったお金で調査してって

 おかしいよね? 冷静に考えると

 何か怪しい、断ろうトーマス」


「わかるよアレックス……でもな

 あまり言いたくないんだが

 報酬はここの事務所費用の1年分だよ」


「エレナ、待ってろ

 お前の不安の正体を暴いてやる!」


アレックスは外出の準備をし始めた


「おいおい、せっかく淹れたこれはどうする」


いつものようにアレックスは形見の懐中時計を手に取った


「紅茶が冷める前に帰ってくるさ

 病院で待ち合わせだよね

 行ってくるよトーマス」



アレックスが病院の待合室に着くとエレナは既にいた


「アレックスさん?」


「エレナさん、私は私立探偵のアレックスです

 はじめまして」


アレックスは初対面の彼女に懐かしさを感じた

特に首からさげているペンダントは

自分の懐中時計と同じ紋様が刻まれていた


「さっそくお話を伺えますか?」


そういってアレックスはエレナを促した


エレナは説明し始めた


母の治療費をヴィクターが見返りを求めず全額負担していること

しかし、ぼんやりとした不安をなぜか感じていること


それに対してアレックスは思った


(彼女からの報酬は十分

 適当に報告書類作って終わり

 イージー案件だ)


「依頼内容はわかりました

 お任せください

 それよりも……そのペンダント」


アレックスはなぜか彼女のペンダントが

気になって仕方がなかった


「ヴィクターさんは優しい方なんですが

 このペンダントに興味があるようなんです

 売ってほしいと言われたこともありましたが

 母の形見なので断ったんです

 それ以来、彼の嫌な視線を感じるようになって」


自分の懐中時計を取り出し、見せた


「あの……私の懐中時計と同じ模様です」


「あら、本当だわ」


そういって二人がそれらを近づけたその時だった


「青白く光ってる」

「時計の針が逆戻りして動いてるわ」



気づけばアレックスは窓越しの景色を見ていた


「アレックス、今日はいつになく濃い霧だな

 まさにロンドンスモッグだ」


「そうだねトーマス、

 肺が焼かれないだけ……って

 この話さっきやったよね」


「何の冗談だ、テレビの見過ぎか?

 お茶を淹れるよ」


「……」


アレックスはあたりを見渡した

病院に行く前の、あの時間であることに気づいた


「この淹れ終わるまでの時間は至高だな

 アレックス、新しい依頼だ」


そういってトーマスはアレックスに封書を渡した


「ありがとう、トーマス」


(時間がもどってる、しかも僕以外のようだ)


席を外し、戻ってきたトーマスだったが

アレックスはいなかった


「アレックス

 紅茶が……っ?」



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