第16話 メドゥーサと鬼ごっこ

タッ、タッ、タッ、タッ……タッ、トッ、タンッ


石の回廊は、逃げる者のために作られている

そう錯覚させるほど、無駄に長い


魔法官は走っていた

背後から足音がついてくる


視線の圧だけで分かる

メドゥーサだ


扉に刻まれていた文字を魔法官は思い出す


『好きなだけ逃げろ、あとは知らん』


再び視線が背中に突き刺さる

攻撃魔法や拘束魔法は一切効かない


(条件は明快だが終わりが見えない

 早晩、消耗してしまう

 なぜか無限回復魔法が効かない

 ここは命を賭して試してみるか!)


魔法官は防御魔法を展開した

石化を防ぐ、ただそれだけの魔法


「防御魔法陣展開――メドリベ!」


恐る恐る魔法官はメドゥーサを見た


「(……)

 おいメドゥーサ、お前に話がある

 人間の言葉は通じるか?」


「初めてだぞ、私をちゃんと見てくれた人間は

 話しかけてくれたのは……楽しいぞ……うれしいなぁ

 どこまで、もつのか……お試しあれだな!」


メドゥーサはさらに力強く走り

魔法官との距離を詰めてきた


「メドゥーサ、お前は美しいな」


「……ッ!」


(ここまでは『仕様』通りなのだろう

 つまり越える何かが必要だ

 人面扉は逃げろと言っただけだ

 それは捕まるなと同じこと……だから逃げている

 ならば!)


「ほんのちょっと、駿馬俊足!」


他の上級魔法官からしてみれば狂気の沙汰かもしれない

何を思ったのか、その魔法官は逃げるどころか

メドゥーサに向かって走り出した


「お前バカか? 逃げろと言われたのを忘れたのか」


「ああ、そうかもしれない

 でもこれは……違うな」


魔法官はそう言ってメドゥーサを抱きしめ

長い長い、口づけをした


「メドゥーサ……つかまえた」


そういった途端、メドゥーサの内側から白光がほとばしり

それは美しい幼い姫の姿となった


「……ここは?」


「おそらく毒を盛られ、地獄を歩かされていたのでしょう」


魔法官は、それだけ告げた


背後で次の扉が音もなくあらわれた

新たなミッションへの招待


魔法官は振り返らなかった

姫を見つめ、静かに言う


「あなたを故郷へ返そう」


扉は何も言わず消えていった


魔法官は幼い姫と共にインフェルノ・ハートを去っていった


人間界で、姫は王女となり

国を治める立場になった


恐れ、迷い、決断するたび、魔法官は傍らにいた

ただ、それだけだった

魔法を人前では一切、使わなかった


魔法官は昼夜を問わず国の内外に『耳』をつけた

自ずと王女に仇なす者たちは静かに去っていった


やがて魔法官は老いるにつれ、一つずつ魔法を失っていった


王女には三人の孫が生まれ、無邪気に笑っていた

その姿を見て魔法官は胸の奥に

言葉にならない違和感を覚えた


ある夜

魔法官は禁忌魔法に手を伸ばした


「禁忌魔法陣展開――フォーサイト」


未来が、見えた

三人の兄弟が血で血を洗う争い、刃を交える光景を


翌朝、王女は微笑んで言った

「今日は、とても良い日ですね」


魔法官は頷き、つぶやいた

「ええ、どうか……今という幸せを

 十二分にお楽しみ下さい」


それが、最後の言葉だった

魔法官は姿を消した


王女の死後、争いが起き

国は三つに裂けた


そのとき大蛇が現れた

それは国を丸ごと飲み込めるほどの大きさだった


三人が力を合わせ国を守ろうとすると不思議なことに蛇は退いた


大蛇を退けた英雄として彼らは国民から讃えられた


地下深くには大蛇が眠っており、国を守っているという


その言い伝えは、幾世代に渡って語り継がれ

外国の脅威から守ることになった


長く栄えた、その地は

『ヨーマ・パルマ』


千年以上続く国の名として

永く語り継がれることになる


そして誰も魔法官のことを知る者はいなくなった

大蛇のことも、人の記憶から消えていった



永遠に



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