私の浮遊スキルがおかしい

めくりの

第1話 浮遊スキル

「そなたのスキルは浮遊だ」


 神父の一言に少女は耳を疑った。

「───浮遊?」


 少女は呟くと、神父がうなずく。


「水晶に浮遊と出ている。これは事実だ」

「はあ、そうですか───」


 水晶にかざした手を降ろすと、少女はどこかがっかりしたような様子で神父の前から離れる。教会内に拍手が響き渡る。椅子に座るみんながキラキラした瞳を彼女に向けている。

 『浮遊か───浮遊かぁー』





 教会をでた少女は大きくため息をついた。

「浮遊?宙に浮くの?パッとしないなぁ」

「ハジキ、スキルどうだった?」


 金髪碧眼の美少女が後ろから声を掛ける。声をかけられた黒髪黒目の少女───ハジキが振り返って言う。

「浮遊だってさ」

「浮遊?浮かぶんだ」


 金髪碧眼の美少女が何とも言えない表情を浮かべる。

「ナユタ、今微妙だって思ったでしょ」

「思わないよ!ただ───うん」


 ナユタと呼ばれた美少女が苦笑する。

「やっぱり微妙だって思ってるんじゃん!」


 ハジキがぷっと頬をふくらませる。

 彼女たちの住まう世界にはスキルが存在する。人間のもつ本来の機能を強化するものから、人間の範疇を超える力を発揮するようなものもある。

 ではすべての人類がスキルを持っているのかといわれるとそうではない。スキルを持たない人間も当然いる。むしろスキルを持たない人間のほうが割合的に多いのである。

 17歳を迎えた子供はスキル鑑定を受けることが国に定められている。

「私のスキルは剣神だからね、浮遊と比べちゃうのは可哀そうか」


 ナユタがひとしきり煽ると、真顔になる。

「ま、スキルがあれば将来の展望もグッと広がるし、落ち込むことはないんじゃない?」

「浮遊でなにすんの......」


 ハジキが笑いながら言う。浮遊というパッとしないスキルにがっかりしつつも、彼女は前向きである。スキルの有無が彼女の立場などに影響しないのが彼女を前向きにさせる理由の一つである。

「他国との貿易とか」

「荷物運びってこと?馬車のほうが効率良いよ」


 ハジキとナユタが会話しながら大通りを歩く。この大通りは、ゼぺオン王国で最も栄えている、経済の大動脈である。小さい国家ながら最先端の技術を用い、国民の暮らしを豊かにしている、言ってしまえば世界で一番恵まれている国。

 彼女たちはそんな国で生きている。

「今日は鹿肉が安いよー!」

「焼き立てのパンはいかがー!」


 露店から客を呼び込む声が雲一つない青空に吸い込まれていく。ハジキとナユタは他愛のない会話を続けるうち、とある酒場に到着した。

 ドアを開けると、カウベルが鳴る。店にいた衛兵がこちらを向く。

「ハジキとナユタじゃないか」

「へ?アパルトさん、何してるんですか?」


 ハジキが目を丸くする。と同時にナユタの目が妖しく光る。

「あれれー、衛兵さんが真っ昼間からお酒飲んでるー!職務怠慢ってやつ?地獄のエリアーデさんに言いつけちゃおっかなー」


 ナユタの言葉にアパルトの顔色が変わる。

「げっ、あのおっさんだけは勘弁してくれよ、好きなモン頼んでいいからさ」

「アパルトさんだっておっさんでしょ」

「ダンディ男と言ってもらいたいね」


 アパルトが胸を張って言う。ナユタはハジキに向けてウインクすると、カウンター席に向かった。ハジキは半ば呆れながらカウンター席に向かう。

 カウンター席に座ると、尖った耳のお姉さんがメニュー表を二人に差し出した。

「またアパルトさんにおごってもらうの?」

「まあね。この私がサボりを許すってんだから、ご飯の一つや二つ、安いもんでしょ。私たちのお小遣いも浮くし」


 ナユタの言葉にお姉さんが吹き出す。

「エリアーデさんに怒られるのと比べても───ね」

 

 お姉さんはハジキの隣に座ったアパルトを見て言う。

「あれに怒られるくらいなら死んだほうがましだ」


 ナユタとハジキが注文を決める。

「牛肉とアスパラガスのガーリックソテーを二つ」

「待て、高すぎる。衛兵の安月給舐めてんのか?」


 アパルトが即座に注文を変えるように言う。

「サボってるからでしょーが」


 ナユタがぼやきつつ、またメニュー表を見る。

「じゃあ、鹿肉と大豆のスープ一つ。ハジキは?」

「同じの一つ。あ、カマンベールチーズもつけていい?」


 ハジキがアパルトに訊ねる。

「特別だぞ」

 彼は一言だけ言うと、酒をあおった。

「じゃ、待っててね」

 お姉さんが厨房に引っ込む。夜には喧騒に包まれる酒場も、朝方は人が少ない。そんな酒場のいつもと違う空気感を味わうのは、ハジキにとって密かな楽しみだった。

「今日さ、スキルを見に行ったんだよね」

「そうか、お前17歳か。どうだった?」


 アパルトが訊ねる。

「ナユタは剣神だった」


 ハジキがナユタの方を見る。

「へえ、剣神。面白いな───って、ハジキのスキルを聞いたんだよ、俺は」

「私は───浮遊だった」

「浮遊、浮くってことだよな」


 アパルトが腕を組む。

「運搬系の仕事で真価を発揮しそうだな。往来を無視して郵便を届けられたり───なんだ、そんな呆けた顔して」

「いや、てっきり笑われるかと」

「笑いどころあったか?」


 ハジキの懸念にアパルトが首をかしげる。

「どうせならもっとかっこいいのがよかったさ。ナユタみたいに剣神とか」

「あのなあ、スキルなんて鍛えてみないと分からないんだぞ。名前だけで判断してたら、視野が狭くなって将来損するぞ」


 アパルトの説教にナユタが目を丸くする。

「アパルトさんがお説教してる」

「スキルのない俺みたいなのでもこうやって生きてるんだ。断然若いお前らには、希望を持って人生を歩んでほしい。それだけさ」


 アパルトが胸を張って言った瞬間、野太い声が酒場に響いた。

「先生ごっこはそれで終わりか?アパルト」


 アパルトがビクッとして後ろを振り返る。そこには、恰幅のいい男が立っていた。

「あ、エリアーデさん」

 

 ナユタが手を振る。

「君らも一緒だったか。アパルト、子供たちに説教するのもいいが、自分の職務は真っ当にこなせ。いいな」

「すいません」


 アパルトがペコペコと頭を下げる。エリアーデはそれを見てため息をつく。そしてハジキの方を向く。

「スキルのことで悩んでいるのかね?」

「あ、まあ、そんなたいしたことじゃないので」


 ハジキが慌てて否定する。かっこいいスキルが良かったなんて、口が裂けても言えない。アパルトならまだしも、エリアーデには。

「君の将来に関わってくるかもしれないんだ。身近な大人に相談するといい。もちろん、時間があれば私も相談に乗ろう。では、失礼する」


 エリアーデがアパルトの首根っこを掴んで酒場を後にした。その背中を見送っていると、テーブルに料理が運ばれてきた。

「ありがとう、お姉さん」


 ハジキは礼を言うとスープに口をつける。コンソメの効いたスープに、鹿肉のうまみが溶け出している。隣の小皿のチーズを手に取る。

『浮遊スキル、アパルトさんが言ってたみたいに、名前だけで判断するのは確かに良くない。スキルを使わないことには、何ができるかも分からないし』

 ハジキはチーズをかじりながら、そんなことを考えるのだった。

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