第2話 兎の功罪②

無機質な教室のなかでペンが擦れる音が響いている。


初回の授業はVTuberとして活動していく際の名前を考えるというものだった。本名をここで言うわけにはいかない。活動する際の名前が決まっていなければ他の授業もままならない。というわけで事前に考えてきた名前をそのまま紙に書いた。全員が名前を書き終えるとそのまま自己紹介をするということになった。


一人目は金髪の大学生。


「えー、エモ・パスカドールと申します。歌が得意でして、歌でやっていこうと」


隣の席から耳打ちするように「なんか怪しいですよね」と聞こえてくる。まあなんとなく分かるけどな。あんまり人のことを怪しいなんていうんじゃありません。


二人目は尼削ぎの女性。


「え、えっと沢竹わたげと言います。やりたいのはげ、ゲームぅとかですかね。へへ。よろしくおねがいしやす」


隣からコソっと聞こえたのは「珍しいですね。小綺麗な陰キャをはじめてみました」という言葉。たしかに沢竹さんは可愛らしさと暗さを合わせ持っていたけど、珍しいだろうか? 俺は「あんまり悪口言うなよ」と囁いた。


三人目はギャルめの女性。


「おいっすー。ギャルでーす。名前はパン・ナンコッタにしましたー。いっしょー?  わたしこう見えても乗馬の経験があるんでー、なんかそっち方面で? やっていきたいと思いまーす。おなしゃーす」


陽キャなパンはこの教室にいる七人のなかでは異質だった。桐谷はなぜか自慢気に「なんといいますか。意外とああいう陽キャの方に好かれるんですよ」なんて言っていた。たしかに陽キャに好かれそうだな。マスコット枠だ。


四人目は年下の少女。


「……すいです」


小さく呟くとすとんと椅子に座った。桐谷は敗北感でも覚えたのか「むむむ」と奥歯を噛んでいた。たしかにこの教室のなかで一際小柄だからか、すいには独特の存在感があった。それに自分より若い才能っていうのは、高校生くらいの年代が最も嫉妬しやすい存在だ。俺がプロゲーマーだったときも、自分より年下のヤツに負けるのが一番悔しかった。


五人目は背の高い女性。


「ワルサー・マギ。タロット占いが得意です。あと本を読むのが好きです」


耳を疑ったのだけど「あんなに大きな、その、あの、お、おっぱいを持たれていて、どうしてVTuberになるのでしょうか」と聞こえてきた。それこそ自分の人生を賭けて勝負をしようってときに、自分のおっぱいの大きさのことなんていちいち考えないんじゃないかな。そんなことより小さな声で躊躇うように言ったおっぱいの、実際のおっぱい以上の破壊力である。耳元で囁かれるこの時間はいったいなんなんだ。


六人目は俺。立ち上がって自己紹介をする。


「ぴょんです」


七人目を前に教室がざわっとした。なんだよ。すいはよくてぴょんはダメだって言うのか? 俺は舐められないように堂々と座っていた。すると隣の席がガタッと揺れて少女が立ち上がる。


「バーチャル探偵桐谷小夜! よろしくねワトソンくんたち!」


おー、と感心の声が上がって拍手が広がった。どうやら桐谷は名前だけでなくキャラも考えてきたらしい。ファンネームをワトソンとするのはバーチャル探偵という世界観になかなかあってていいと思う。桐谷を最後に全員の自己紹介が終わった。


「はい。じゃあこの七人でVCA三期生ということで。改めてよろしくお願いします」



初回の授業は主にガイダンスが中心だった。


これからの流れとか、システムの説明だとか。説明を聞いて理解するというよりは手元に配られたライバー用スマホを操作して見て覚える方が性に合っていた。スマホにはシロクロアプリとVCAアプリの二つが入っていて、VCAアプリの方を起動するとシラバスを確認することができる。シラバスには授業の内容と目的、さらには評価軸が書かれていた。それぞれの評価が高くないと、いつまで経っても卒業することができないのがVCAだ。


最後にコンプライアンス研修があって、今日の授業は全て終了した。


「合格者は六人だったのに、入学したのは七人でした」


放課後になって桐谷は呟いた。教室に残ったのは俺とエモだけ。みんな用事があるからと言って出て行ってしまった。ただでさえ無機質な教室には新たな寂しさが生まれたていた。学校の教室、放課後とは少し違う独特な時間だ。桐谷はホワイトボードに名前と顔のイラストを描いていく。


「このなかにオーディションに合格せずに入学した、裏口入学者がいるということです」

「犯人探しみたいになるのは止めた方がいいんじゃないか?」


それは正義感から出た言葉ではない。一人を見つけ出したとして、面倒なことになると思ったからだ。


「ぴょんさん。わたしはバーチャル探偵です」

桐谷は言った。

「そこに謎があるなら解き明かさないと気が済みません」


純粋な知的好奇心に突き動かされて桐谷は推理を辞められない。桐谷は現実の探偵という職業には向いていなかった。生粋のバーチャル探偵だったのだ。


「いいじゃないか」

とエモは言う。

「桐谷さんの推理力も気になるし」

「精一杯頑張ります」


エモは先ほどから桐谷の推理力を気にしていた。いくつかの事件を解決してみせたらバーチャル探偵としての説得力が上がる。桐谷はホワイトボードにくっ付いていた細長いマグネットを手に取った。しならせて手に打ち付けるとパチンと音が鳴る。何の動作だったんだ?


「わたしが思うに最も怪しいのは彼女です」


桐谷が細長いマグネットで指したのは、年下の少女すうだった。確かにすうは多くの疑問が残る存在だ。すうを中心に理論を組み立てたら、それなりの結論が出てくるだろう。推理の始めに目を付けるとして最適な人物でもある。


「まず中学生くらいの年齢の女の子がオーディションで合格することは可能なのでしょうか」


桐谷は誰もが抱く疑問から推理を始める。


「シロクロの親会社であるワンカラーは近年株式上場を果たした大企業です。そんな大企業のオーディションで未成年の女の子を合格させますかね?」

「おや、君たちだって未成年だろ?」


エモは桐谷の推理に茶々を入れた。


「わたしたちは18歳が近いですから」

と桐谷は反論する。

「アカデミーで学んでいる間に誕生日を迎え、卒業するころには成人です」

「でもすいちゃんは違うと」

「はい。未成年のすいさんはオーディションには合格できないでしょう」

桐谷はしかし、と続ける。

「何か特別な事情があれば別です」

「ほう」


エモは関心するように呟いた。


「特別な事情っていうのは具体的には何かな?」

「すいさんの親がシロクロに対して大きな力を持つ存在だったり。例えば大株主」

「それは、ありえそうな話ではあるね」

「とにかくすいさんのような未成年がVCAに入学するには裏口入学しかないでしょう。すいさんはオーディションをスキップして特殊な方法で入学した。だから合格者は六人で、入学者は七人になってしまった」


桐谷はビシッと決めた。探偵の仕草が様になっている。


「理屈は分かるけど。あまり納得できないな」

とエモは困ったように言った。

「前にもこういう気持ちになったことがある。SNSの書き込みで『顔が良いのにVTuberになる意味はない』なんて言葉を見たときと同じ気分だ」

「それはどういうことでしょうか?」

「間違っているとは思うけど、上手く反論ができないってことだよ」

「……わたしの推理は間違っていますか?」

「否定するつもりはないけどね」


桐谷は「そうですか」と悲しそうな顔をする。それを見たエモは「ああ、ごめんよ」と焦った。


「謝らないでください。納得できない推理をしたわたしが悪いんです」

「悪いだなんてことはないよ。……そうだ」


エモはこちらを向いた。嫌な予感がする。前後の文脈に起因するこの嫌な予感っていうのは大抵の場合で的中する。


「ぴょんくんはどう思うかな?」


エモは年下の女の子との会話に困った末に、会話の矛先を俺に向けた。やっぱりこうなった。予想はできていたけど、どう思うなんて聞かれても困る。


「良い推理だったんじゃないか?」


適当に返事をすると今度は桐谷がムッとした。


「……本当にそう思っていますか?」

「本当だって」

「……」


桐谷はジト目で見てくる。ぐいーっと顔を近づけるから、俺は慌てて顔を逸らした。


「ぴょんさんの意見も聞かせてください」

「ほら。聞かせてくれよ。ぴょんくん」

「わたしたちで力を合わせて、エモさんを納得させましょう」


面倒くさいことになったな。


「探偵さんが一人で解決してくれよ」

「見たでしょう。そして聞いたでしょう。わたしにこの謎はまだ早かったようです」


そんな調子でバーチャル探偵としてやっていけるのか? まあ、良いけどさ。


「僕からも頼むよ。増えた一人が誰なのかってのは純粋に気になるんだ」

「……」


気が乗らないな。世の中には知らなくても良いことがある。


「飯でも奢るからさ」

「……なるほど」


男子高校生とは現金なもので、俺は小さく頷いた。推理と言っても俺にできることは少ない。与えられた情報を整理してちょっとした知恵働きをするだけだ。その前に桐谷の推理で訂正しなければいけないことがある。


「まず……、すいは本当に俺たちの年下なのか」


桐谷の推理にはすいが年下であるというのが前提にあった。しかし本当に年下なのだろうか? たしかに桐谷の言うようにすいは中学生ほどの年齢に見えるが、幼く見える女性というのはいくらでもいる。


「……年下に見えませんか?」


桐谷は不安そうに言う。


「まあ見えるな」

「見えるんじゃないですか」

「けど見えるだけだ。彼女は一度も自分の年齢を言っていない」


すいは自己紹介のときも一言だけだったし、実年齢が分かるような仕草や態度は見せていない。実年齢が分からなければ成り立たない推理を、見た目年齢だけで行ってはいけない。納得したのか桐谷は「確かにそうですね……」と複雑そうな表情で認めた。


「すると彼女が年上である可能性は拭えない。未成年ってことを前提に結論を出すのは間違っている」


もちろん俺の目にもすいは年下に映るけど。推理には固定概念というものが大きな邪魔となって立ちふさがる。思考ロックはゲームにおいても最大の敵だ。頭を柔らかく、確定している情報を的確に整理しなければいけない。


「それからVCAのオーディションは親の許可さえあれば未成年でも受けることができる」

「そうですね」

「てことは未成年で合格しても不思議じゃない」

「むう」


桐谷は色々と理屈をこねていたけど、俺たちが未成年で合格したのもまた事実だ。すいが増えた一人だけ決めてからそれを証明するように理論を立てるからこうして推理に粗が生まれてしまう。


「要するにすいは未成年じゃないかもしれない。未成年だとしても合格することは別に可能だ。これじゃあ、増えた一人がすいだとは言い切れないな」


桐谷はガックリと肩を落とした。バーチャル探偵として初めての推理は完敗だった。


「そもそも桐谷の考え方は逆だと思う」

「……逆ですか?」

「増えた一人はオーディションに合格できない未熟な人物じゃない」

「未熟とまでは言ってません」

「そうか? そうだとしてもだ。増えた一人は未熟じゃなくて、そもそもオーディションを受けるまでもないすごい人物だと思う。シロクロがぜひうちに来てくださいって言うくらいのとびきりすごい人物」

「すごい人物ですか」

「入学した七人のなかに突出してすごい人物がいるはず」


桐谷はもう一度ホワイトボードを見た。顔と名前だけでは誰がすごい人物なのかっていうのは分からないだろうな。


「それが増えた一人の正体だ」

「な、なるほど」


桐谷は納得したように呟く。


「ちょっと待ってくれよぴょんくん」

とエモは俺の推察に待ったをかける。

「僕たちのなかにそんなに突出してすごい人物がいるとは思えない」


エモの反論に桐谷が反応する。


「そうなんですか?」

「そんなにすごい人物ならVACに入学しないで、すぐにVTuberになってしまえばいいだろ?」

「それは可能なんですか?」

「もちろん可能だよ」


エモは肩をすくめて応えた。


「実際にシロクロでもVCAに入学しないでデビューする人は何人か存在している。なんなら個人勢のVTuberとして活動したらいい。その方が収入は会社に取られることなく、全部自分のものになるからね」


エモの指摘は事実だった。VTuberに多少詳しければ、俺の推理も的外れなことが分かる。


「増えた一人は、未熟な人物でも、すごい人物でもない……」

「つまりそんなヤツはいないってことだな」


桐谷はどういうことですかって顔で俺の方を見た。


「結論は一つしかない」

「な、なんですか?」

「西園さんは勘違いをしていたんだ。オーディション合格者は最初から七人だった」

「それは、なんというか……その」


桐谷は気まずそうな顔をする。


「ちょっとつまらないかもしれません」


桐谷は残念そうに肩を落とした。一生懸命推理した答えがつまらないなんてことはままあることだ。そして大抵の場合、謎の答えなんていうものはつまらない方が平和で健全だった。



  


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バーチャル美少女探偵とたった一人の冴えたワトソン フリオ @swtkwtg

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