バーチャル美少女探偵とたった一人の冴えたワトソン
フリオ
第1話 兎の功罪①
バーチャル探偵桐谷小夜と出会ったのはVCAの入学式だった。
VCAは次世代のバーチャルユーチューバーを育成することを目的として、国内最大手のVTuber事務所であるシロクロが設立したVTuberの養成所だ。厳しいオーディションに合格した人だけがVCAに入学できる。VCAを卒業したら晴れてシロクロからデビューだ。
中学生でプロゲーマーになって調子に乗っていた俺は世界の高い壁に阻まれてすっかり心が折れてしまった。そこから立ち直って世界一のプロゲーマーを目指す、なんて話だったらそれは素敵な物語になるだろうけど、そうはならなかったからここにいる。
世界のプレイヤーってのは飢えていた。ハングリー精神ってやつだ。ゲームで勝って飯を食う。負けたら死ぬ。その覚悟ができているプレイヤーばかりだった。すると俺はゲームってのは楽しくできたらそれでいいよなって気づく。
オフィスビルの七階にあった教室とは名ばかりの多目的室で、前の席に座っていたエモ・パスカドールに身の上のことを話した。エモは金髪の大学生で、このときはまだエモ・パスカドールを名乗ってはいなかった。
「まあ、そうだよね。ゲームが得意ならプロゲーマー。歌が得意なら歌手になれば良い。才能があるのにVTuberになるってことは、どこかで特別な経験をしているってことだ。納得だね。ところで君はどうして顔が良いのにVTuberになったんだろうか?」
意地悪な質問だ。俺は反論する。
「楽しくゲームがしたいってときに、自分の顔のよさを考慮するヤツなんてこの世のどこにもいないだろ」
「気持ちの良い意見だ。本当にその通りだと思うよ」
エモは溜息を吐いた。入学式に似つかわしくない溜息だ。
「実はこの意見は昨今のインターネットで囁かれ、一定の支持を集めていたんだ。顔が良い奴がVTuberになる意味がないって具合にね」
「よく見つけてくるな」
「スマホを触る時間が長いからね。で、それは違うだろってその囁きを見たときに思ったんだけど、僕の語彙力や頭脳では上手い反論は思いつかなくて。もしかしたら、君は頭脳や戦略で戦うタイプのプロゲーマーだったのかな?」
「その傾向はあったかな」
「じゃあ探偵キャラなんてどうだろう。早く君をインターネットの人たちにお披露目したいな」
ツンツンと隣の席の女の子に腕を突かれる。突いたのが桐谷小夜だ。ここが出会ってことになる。もちろんこのときはまだ桐谷小夜を名乗ってはいなかった。長い黒髪に包まれるくらいの小柄の少女が桐谷だった。
「あの。探偵キャラはちょっと……お控えいただけないでしょうか」
申し訳なさそうに言いながら、眉をこれでもかというほどひそめている。色白で、どこか幸薄そうな雰囲気。VTuberとして人気が出るのはたぶんこういうタイプなんだろうな、と直感的に思った。
「おや。どうしたのかな」
エモは俺の代わりに返事をする。
「わたし、探偵になりたいんです。でも、現実の探偵ってわたしが憧れるそれとちょっと違うじゃないですか。だからバーチャル探偵になるんです」
桐谷は言う。するとエモはポンと手を叩いて納得した。
「なるほど。君が探偵になりたいから、探偵キャラは譲ってほしいわけか」
「はい。……あの、よかったですか?」
「もちろん。僕たちは冗談を言っていただけだからね」
「よかった。冗談だったんですね」
桐谷はホッと胸を撫で下ろした。
「それにしても君は推理ができるのかな?」
「推理ですか?」
「探偵になるんだろ? 推理ができなきゃ話にならない」
「サッカーボールを力強く蹴る練習や、決め台詞をカッコよく言う練習はしました」
「……まあ、バーチャル探偵なんてそれくらいでちょうどいいね」
エモは諦めるように言った。
教室のなかには七人の生徒がいて、そのなかで高校生だったのは俺と桐谷の二人だけだった。会話をするようになったのはこれがキッカケだったけど、それがなくとも自然と仲良くなったと思う。
集合時間になるとスタッフの人が教室に入った。
「うわ。えー、すごい。みんな時間通りに来てる」
スタッフさんの言葉にはVTuberの学校らしさがあった。遅刻癖というのはVTuberあるあるになっていた。教室にくすくすとした笑いが広がる。ホワイトボードの前に立ったスタッフさんは手元の資料を見ながら進行を始めた。
「えっと、みなさんの担任を務めることになりました。西園と申します。新卒三年目の若造なんですけど、分からないことがあったらなんでも聞いてください。ここにいる六人は厳しいオーディションを突破したVCA三期生の仲間です。お互いに助けあ……あれ?」
西園さんは言い終わる前に教室にあった違和感に気づく。
「イチ、ニー、サン、ヨン……七人いませんか?」
いきなり現れたとびきりの謎。
バーチャル探偵桐谷小夜は目をキラキラと輝かせた。
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