第2話 契約の代償は、平穏な日常の崩壊について
「……お断りします」
私は即答した。
0.1秒の遅延<ラグ>もない、完璧な拒絶<リジェクト>だ。
不知火ジンの美貌が、驚きに歪む。
彼は信じられないという顔で、スマホの画面をタップした。
『 な ぜ だ ?
俺 と 組 め ば 、
学 園 の 全 て が 手 に 入 る ぞ 』
「いりません。私が欲しいのは『全て』じゃなくて、『平穏』です」
私は彼の手を振りほどき、
考えてもみてほしい。
彼は学園の頂点<トップ>に君臨するSランク。
私は地を這うEランク。
そんな二人が組めばどうなるか?
『シンデレラストーリー』?
馬鹿を言わないでほしい。待っているのは『嫉妬と粛清の嵐』だ。
目立つことはリスクだ。
私は、定時に帰って、部屋で本を読んで、静かに暮らしたいだけなのだ。
「それに先輩、勘違いしてます。さっきのアレはただの偶然……」
私が言い訳を重ねようとした、その時。
「――おいおい、何だそれは?
沈黙の王様が、随分と安っぽい女に媚びているじゃないか」
不快なノイズが、空気を揺らした。
旧校舎の角から現れたのは、三人の男子生徒。
制服の襟には【風紀委員会】のバッジ。
先頭に立つ男は、いかにも「自分は選ばれた人間です」という自信満々な笑みを浮かべている。
(うわ、面倒くさいのが来た……)
私は反射的にジンの背後に隠れた。
私の処世術その1【主役の陰に隠れる】・・・
「不知火ジン。貴様、また委員会への出頭要請を無視したな?
生徒会直属の風紀委員である僕の言葉が、聞こえないふりとはいい度胸だ」
風紀委員A(名前も知らない)が、大げさな身振りで詠唱の構えを取る。
「貴様のようなコミュニケーション不全者がSランクとは、学園の恥だ。ここで少し、教育的指導が必要だな」
彼の口元が動く。
世界に干渉するための【言術<スペル>】が紡がれる。
「【法よ、秩序の鎖となりて、不遜なる罪人を戒めよ】――」
典型的な拘束魔法だ。
論理構成はBランク相当。
教科書通りの、面白みのない構文。
対して、不知火ジンは――。
「…………っ、……」
無言のまま、風紀委員を睨みつけた。
だが、その瞳の奥には、どす黒い殺気が渦巻いている。
まただ。
彼の周囲に、あの禍々しい【字幕<キャプション>】が溢れ出す。
『消えろ、消えろ、目障りだ、
まずい。 さっきよりも出力<パワー>が上がっている。 拘束魔法如きにイラついたのか、彼の魔力が暴走寸前だ。
このままだと、風紀委員たちは拘束されるどころか、物理的にミンチになって、ついでに旧校舎も半壊する。
そして私も、瓦礫の下敷きだ。
(……はぁ。なんで私が)
私は舌打ちをして、一歩前に出た。
ジンの背中越しに、彼を取り巻く【字幕】を睨む。
あんな汚いコード、美しくない。
私の【目】が、彼の思考<ソースコード>を解析する。
彼の殺意の根源は『煩わしさ』。
ならば、相手を殺す必要はない。黙らせればいいだけだ。
「先輩。出力<ゲイン>が高すぎます。殺意<パラメータ>を下げて、効果範囲を『声帯』に絞ってください」
私は小声で指示を出しながら、空中に浮かぶ真っ赤な『消失<デリート>』の文字に指を走らせた。
編集<エディット>開始。
『消失<デリート>』を削除。 代わりに代入するのは――『静寂<サイレンス>』。
私の指先が、彼の膨大な魔力の流れを、一本の細く鋭い針へと変換する。
ジンが、目を見開いた。
自分の意思とは裏腹に、魔力が勝手に制御<コントロール>される感覚に驚いたのだろう。
だが、彼はすぐに順応した。
私の作った『道』に、彼の『力』を流し込む。
彼が、音のない言葉を紡ぐ。
『――【静寂<サイレンス>】』
ドォォォォン……!
衝撃波が走った。
だが、それは破壊の風ではない。
音を奪う、圧力だ。
「が、……っ!?」
風紀委員たちの詠唱が、強制的に中断された。
彼らは喉を押さえて、パクパクと口を開閉している。
声が出ない。
音が出ない。
彼らの周囲だけ、真空になったかのように、完全な無音が支配している。
物理的なダメージはゼロ。
しかし、魔術師にとって『詠唱封じ』は、無力化と同義だ。
腰を抜かしてへたり込む風紀委員たちを尻目に、ジンは涼しい顔で私を振り返った。
そして、満足げにスマホを掲げる。
『 合 格 だ 』
「……は?」
『 俺 の 殺 意 を 、
一 瞬 で 制 圧 用 の 術 式 に
書 き 換 え た な ? 』
ああ、もう。
またやってしまった。
緊急避難とはいえ、完全に「能力」を見せつけてしまった。
ジンが一歩、私に近づく。
逃げようとする私の腕を掴み、その整った顔を寄せる。
彼の心の声【字幕】が、視界いっぱいに広がる。
『お前が必要だ』
『俺の言葉は、強すぎて世界を壊す』
『お前がいなければ、俺は誰も守れないし、誰とも話せない』
青く、切実な文字。
それはSランクの傲慢さではなく、迷子の子供のようなSOSだった。
……ズルい。
そんな「本音」を、文字で見せられたら。
言葉を愛する翻訳家として、無視できるわけがないじゃないか。
「……条件があります」
私は溜息交じりに、降伏宣言をした。
「私の正体は隠すこと。
あくまで私は『ただの付き人』として振る舞います。
それと、残業代は弾んでください。
あと、私の読書時間を邪魔しないこと」
ジンは、きょとんとした後、
わずかに口元を緩めた。
それは、氷の彫刻が溶けたような、微かだが美しい笑みだった。
スマホに、新しい文字が打ち込まれる。
『 交 渉 成 立 だ 。
よ ろ し く 頼 む 、 相 棒 』
相棒、のルビには、 【翻訳機<トランスレーター>】と振られていた。
こうして私は、
学園最強の「
望まぬ契約を結ぶことになったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます