沈黙の最強魔術師は、落ちこぼれ翻訳家《トランスレーター》の【言葉】しか聞かない ~論理崩壊アカデミア~

二見あい

学園編

第1話 【字幕】の視える少女と、沈黙の破壊者

 世界はいつだって、騒音で満ちている。


 私、一色いっしきイロハにとって、  

 この世のすべての会話は

 意味のないデータの羅列だ。


 嘘、お世辞、虚勢、マウント。  

 中身のない言葉が、物理的な質量を持って空気を振動させる。    

 ここは私立ロゴス学園高等部。  

 【言術<スペル>】の才能を持つエリートたちが集う、現代魔術の最高峰。  

 ここでは「言葉」が力になる。  

 論理的で、美しく、強い言葉を紡げる者が、物理的にも社会的にも強者となる。


 だからこそ、だ。  

 魔力測定値・Eランク。  

 発声強度・測定不能<エラー>。  

 万年最下位の落ちこぼれである私は、学園の片隅で、誰の目にも留まらないように息を潜めて生きている。


 ……はずだったんだけど。


「…………」


 昼休み。  

 人気ひとけのない旧校舎の裏庭。  

 私の安息の地<サンクチュアリ>に、  

 とんでもない「異物」が立っていた。


 白銀の髪に、凍てつくような蒼い瞳。  

 制服を着崩すことなく、彫刻のように整った顔立ち。    

 不知火しらぬいジン。  

 学園唯一のSランク魔術師。  

 通称、【沈黙の断罪者<サイレント・エクスキューショナー>】。


 彼はその名の通り、一言も喋らない。  

 授業中も、指名されたときも、生徒会としての挨拶も、すべて筆談か無視で通す。

 その理由は「声が良すぎて、聞く者が失神するから」だとか、「一言で天候が変わるから」だとか、都市伝説レベルの噂が飛び交っているけれど。


(うわ、最悪……なんでこんなところに「学園の王様」がいるのよ)


 私はきびすを返そうとした。  

 関わってはいけない。  

 住む世界<レイヤー>が違う。  

 私はモブで、彼は主人公だ。


 しかし、その時。


「…………っ、……ぅ」


 不知火ジンの喉が、わずかに震えた。  

 苦しそうに胸を押さえ、うつむいている。  


 キィィィィィィィィン……!


 空気が軋むような高周波。  

 魔力が暴走しかけている?  

 いや、違う。これは――


「うわ、まぶしっ」


 私は思わず目を細めた。  

 私の【目】には、視えてしまったからだ。


 彼の周囲を取り巻く、膨大な、そして真っ赤な【字幕<キャプション>】の嵐を。


『■■■界、拒■、断■、消■、却■、却■、死■、滅■、却■――』


 文字化けしたテキストデータが、彼の周りを高速で回転している。  

 まるでエラーを吐き続ける壊れたプログラムだ。    

 彼は必死に口を閉ざしている。  

 もし今、彼が口を開けば、この制御不能な【言葉】が世界に溢れ出し、物理的にこの旧校舎を吹き飛ばすだろう。


(……へたくそかよ)


 恐怖よりも先に、呆れが来た。    

 Sランク? 最強?  笑わせる。  

 彼の脳内で構築されている【言術式<プログラム>】は、穴だらけだ。  

 出力<パワー>が強すぎるせいで、論理構成<ロジック>が追いついていない。  あんなスパゲッティコード(※整理されていない複雑な命令文)を詠唱しようとすれば、バグって自爆するのは当たり前だ。


「……無視、無視」


 私は自分に言い聞かせた。  

 エリートの自爆に巻き込まれるなんて御免だ。    

 でも。  

 私の悪い癖だ。    

 目の前に「文法ミス」があると、どうしても修正デバッグしたくてたまらなくなる。  

 さがというか、ただの神経質な性格というか。


「……はぁ」


 私は大きなため息をついて、  

 爆心地に足を踏み入れた。


 不知火ジンが、ぎろりと私を睨む。  

 『来るな』という威圧。    

 構わず私は近づき、彼を取り巻く赤い字幕のひとつに、指先を触れる。


「先輩。構文<シンタックス>、間違ってますよ」


 私は小さく呟いた。  

 誰にも届かない、独り言のような声で。


「そこは『拒絶<リジェクト>』じゃなくて、『抑制<サプレス>』。あと、接続詞の『及び<アンド>』が無限ループしてます。3行目の条件分岐を削除して、代わりに『収束<コンバージ>』を代入してください」


 私の指先が、空中の文字を書き換える。    

 赤色の『拒絶』を、青色の『抑制』へ。  

 乱雑な命令文を、シンプルな一行へ。


 その瞬間。


 キィン、と澄んだ音がして。  

 彼の周囲で荒れ狂っていた魔力の嵐が、嘘のように霧散した。


「…………」


 静寂が戻る。  

 風が、優しく木々を揺らす音だけが聞こえる。


「ふぅ。スッキリした」


 私は満足して、手についた魔力の残滓ほこりを払った。  

 やっぱり文章は、簡潔で論理的であるべきだ。  

 美しい数式のように。


「それじゃ、私はこれで。お大事に」


 用は済んだ。  

 長居は無用だ。  

 私はさっさと立ち去ろうとして――


 ドンッ!!!


 背後の壁に、叩きつけられた。  

 逃げ場はない。  

 私の顔の横に、白く美しい手が突き刺さっている。  

 いわゆる、壁ドンだ。


「……は?」


 見上げると、不知火ジンが私を見下ろしていた。  

 その蒼い瞳は、獲物を見つけた肉食獣のように爛々らんらんと輝いている。

 至近距離で見ると、暴力的なまでの美形だ。  

 でも、目が怖い。  

 何もしゃべらないから、余計に怖い。


「あの、先輩? 暴力は校則違反ですが」


 彼は無言のまま、ポケットから最新型のスマートフォンを取り出した。  

 目にも止まらぬ速さでフリック入力を行う。  

 そして、画面を私の顔の前に突きつけた。


 そこには、極太の明朝体で、こう書かれていた。


『 お 前 、 何 者 だ ? 』


「……通りすがりの、ただのEランクですが」


 私が答えると、彼は不満そうに眉を寄せ、再び高速入力を行う。


『 嘘 を つ く な 。   

 俺 の 【 内 界 干 渉 】 を   

 指 先 一 つ で 書 き 換 え た な ? 』


 バレてる。  

 まあ、あれだけ派手に干渉すれば当然か。  


「……偶然です。まぐれです」

『 い や 、 あ れ は 必 然 だ 』


 彼はスマホを収めると、私の両肩をガシリと掴んだ。  

 そして、私の目を真っ直ぐに見つめ、口パクで何かを伝えようとする。


 声は出していない。  

 でも、私には【字幕】が視える。


『見つけた』

『俺の言葉のろいを、翻訳せいぎょできる人間を』


 彼の心の声が、青く透き通った文字となって、私の視界に浮かび上がる。  

 それは、初めて見る「美しい字幕」だった。  

 再びスマホが突きつけられる。  

 そこには、私の平穏な学園生活の終了を告げる、

 理不尽な命令文が表示されていた。


『 一 色 イ ロ ハ 。   

 今 日 か ら 貴 様 は 、   

 俺 の 【 声 】 に な れ 』


 ……はぁ?


 こうして。  

 落ちこぼれ翻訳家<トランスレーター>と、  

 沈黙の最強魔術師<モンスター>。


 絶対に交わるはずのなかった二人の、  

 世界の常識<ロジック>を書き換える共犯関係が、  

 最悪の形で幕を開けたのだった。

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