第3話 怒号と報告書と反省会
天界の会議室は、
静まり返っていた。
壁も床も白く、
音が吸い込まれるような空間。
ここは
「業務監査会議室」。
問題が起きたときだけ
使われる場所だった。
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長い卓の中央に、
女神レーシャは座っていた。
背筋を伸ばし、
両手は膝の上。
珍しく、
落ち着かない様子だった。
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その正面には、
上司女神サフィーネ。
腕を組み、
眉間に深い皺を刻んでいる。
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「――では」
低く、
はっきりした声が響いた。
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「今回の件について、
始めましょう」
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隣に座るユーファは、
資料板を整然と並べ、
すでに説明の準備を
終えていた。
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「転生処理番号
四二三二号」
「異世界・グランディア層への
転生において、
規定外の記憶制限解除」
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ユーファは、
感情を挟まずに
事実だけを述べる。
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「結果、
魂は現地適応に失敗し、
天界へ逆流」
「世界への
直接的被害は
確認されていません」
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サフィーネは、
小さく舌打ちをした。
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「被害が
なかったから
いい、ではない」
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その声は、
怒りというより
疲労に近かった。
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「一歩間違えば、
世界の流れが
変わっていた」
「わかっているわね、
レーシャ」
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レーシャは、
ゆっくりとうなずいた。
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「……はい」
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その返事は、
いつもの明るさを
欠いていた。
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会議室の扉が、
静かに開く。
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入ってきたのは、
上司女神ミレイシア。
冷静な表情で、
資料を一瞥する。
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「規則違反は
明確です」
「情状酌量の
余地はありません」
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淡々とした言葉。
レーシャの肩が、
ぴくりと揺れた。
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続いて、
柔らかな足音。
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上司女神フィオネアが、
穏やかな微笑みを浮かべて
席に着いた。
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「でも、
魂は救われましたよ」
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その一言に、
空気が揺れる。
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「レーシャの行動が
なければ、
あの魂は
挑戦すらできなかった」
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サフィーネは、
額に手を当てた。
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「フィオネア、
甘やかさないで」
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「甘やかしでは
ありません」
「事実です」
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二人の視線が、
レーシャに集まる。
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レーシャは、
小さく息を吸い、
口を開いた。
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「……わたしは」
言葉を選ぶように、
間を置く。
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「魂が
不幸になる未来を
想像してしまいました」
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「それを、
見過ごせなかった」
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震える声だったが、
逃げてはいなかった。
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「女神として、
失格ですか?」
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サフィーネは、
即答しなかった。
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ミレイシアは、
冷静に言う。
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「判断基準としては
未熟です」
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レーシャの胸が、
ぎゅっと締め付けられる。
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しかし――
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「ですが」
ミレイシアは、
一拍置いた。
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「魂への理解は、
平均を
大きく上回っています」
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レーシャは、
顔を上げた。
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フィオネアが、
優しく微笑む。
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「向いている仕事と、
できる仕事は
違うのです」
「あなたは、
その間にいる」
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会議室に、
静けさが戻る。
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そのとき。
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「結論を
出しましょう」
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低く、
しかし確かな声。
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最上位女神、
クレアティスが
姿を現した。
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全員が、
自然と姿勢を正す。
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「レーシャ」
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名を呼ばれ、
彼女は息を呑んだ。
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「あなたは、
問題児です」
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胸に、
突き刺さる言葉。
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「しかし」
クレアティスは
視線を逸らさない。
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「天界には、
問題のない女神は
足りています」
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「問題を
起こす者は
少ない」
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その意味を、
レーシャは理解できず、
ただ見つめ返した。
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「よって」
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「当面、
レーシャは
現場継続」
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サフィーネが、
思わず声を上げる。
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「クレアティス様!?」
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「監督強化付きで」
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ユーファが、
小さく息を吐いた。
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「……了解しました」
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レーシャは、
深く頭を下げた。
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「ありがとうございます」
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その声には、
覚悟が滲んでいた。
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会議が終わり、
会議室を出る廊下。
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レーシャは、
歩きながら
ぽつりと呟いた。
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「わたし、
変われますか?」
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ユーファは、
少しだけ考え、
答えた。
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「変わろうと
しているなら」
「もう、
一歩目です」
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レーシャは、
小さく笑った。
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天界の仕事は、
今日も続く。
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魂は戻り、
女神は迷い、
世界は回る。
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その中心で、
未熟な女神は
前を向き始めていた。
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