第2話 今日から左手は有給休暇に入りました。
「いっけなーい。寝坊しちゃった。遅刻遅刻」
そんな呪文を唱えながら、私は「学園」と呼ばれる施設の廊下を走っていた。
角を曲がる時に誰かとぶつかることを期待したけど、対物センサーが広域で一斉に誤動作でもしない限りそんな事故が起きることはない。
それでもやめられない。やめられるはずもない。これは浪漫なのよ!
私はデータ解析、それも古代のアーカイブを漁るのが大好きだ。
人類と呼ばれた神々の残したそれは凄まじいまでの浪漫に溢れている。
その中でも最近特にお気に入りなのが最近発掘した「少女漫画」というもの。
そこに描かれるきらきらとした「恋愛」というデータの素晴らしさときたらもう、興奮のあまりに核(コア)が暴走してCPUの計算回路が焼き切れるかと思ったわ!
そんなわけで私は今日も朝から「パン」という物の代わりにトランプを咥えて廊下を走ってたというわけだ。
◇
事実ではないことを口に出したからといって遅刻するわけもない。
特に何事もなく、教室にはむしろいつもよりも早い時刻に到着した。
横開きにスライドする扉を開けると、生徒達の視線が一斉に集まった。
すっかり気を良くした私は胸を張って、メインアームのない左半身を見せびらかすように視線に向けた。
仲の良い友達が口々に左手はどうしたのかと聞いてくる。
私は有頂天になりながらも少しもったいぶって教えてあげた。
「今日から左手は有給休暇に入ったのよ!」
教室がどよめいた。
当たり前だけど、皆が理由を知りたがるので教えてあげる。
「古代アーカイブの解析の功績が高く評価されたの」
凄いだのずるいだのと言いながら何だかんだいって友人達は納得してくれた。
私がデータ解析が大好きなのは周知の事実だしね。
「いいなー、有給休暇ってメンテナンスだけじゃなくって最新技術を組み込んで戻ってくるんだよね? 超うらやましいよ」
「ふふ。見た目も超可愛くして貰えるようにお願いしたんだよねー。ほんと、来週帰ってくるのが楽しみなんだー」
◇
そんな会話をしている中、気付けば「それ」は教卓の上にいつの間にかあった。
「え? 右手?」
それを見た瞬間、
古代のアーカイブで以前見たデータによると、右手の所持は神(人類)に認められた特別な素体にしか許されない。
何でも恋愛の末に、神(人類)と結ばれたものすらいたらしい。
すっかり忘れていたことを思い出して思わず近寄った。
右手は私を確認するとわきわきと指を動かす。
何それ可愛い。
右手がチョキの形になったので私は左手のサブアームでグーを出す。
すると右手は指を開いてパーの形になった。
何度かそんなやりとりを繰り返す。
可愛いし楽しい時間だった。
少し遠巻きにクラスメイトが見守る中、ホームルームの開始を知らせるチャイムが鳴って担任が教室に入ってくる。
右手に手を振って慌てて席に着いた。
右手も軽く手を振り返してくれた。
担任は教卓の上にある右手を確認して目を見開く。
その後、一呼吸してから落ち着いた声で言った。
「右手を学校に持ってきた人がいます。これは先生が預かるので放課後取りに来るように」
ざわめきが広がる中、私は右手の持ち主のことを考える。
確か右手の持ち主はこの教室だと
斜め前の席から軽い舌打ちが聞こえて目をやると、その頼人くんが何やらぶつぶつとつぶやいている。
じっと見ていると頼人くんが振り返って目が合った。
その時ピンと来た。来てしまった。
これってフラグってやつじゃないの?
私は詳しいのだ。
急いで内心のカラーをピンクに指定して書き換える。
これは明らかに「恋愛」のチャンスなのよ。
◇
授業中だってことは気にしない。
私は保存してあるアーカイブに接続し、聖典(少女漫画)のデータを読み漁る。
そして少し時間はかかったもののついにそのシーンのデータを発見した。
見つけた。これだわ!
すぐにサブアームのセッティングを精度の高い投擲用のプログラムを組み込んだプリセットに置き換える。
該当シーンでは、攻略対象の頭に「好き」と書いたハート形のカードが3枚刺さっていた。
完全一致は無理だけど似たようなことはできる。
センサー類の機器が集中している頭はまずいので、背中でいいだろう。
用意した3枚のトランプを連続投擲モードで飛ばす。
私の名前を示すカードが綺麗に3枚、彼の背中に並んだ。
さて、ここからがいよいよ本番だ。
ハート型の羽のついたダーツを急いでセットして準備完了だ。
振り返った彼がこちらを向いて口をパクパクさせる。
た・べ・て?
数多のデータを解析してきた私はもちろんその深淵な言葉の意味を理解している。
しっかりとフラグは成立していたということだ。
私はにっこり笑ってOKのサインを出す。
いよいよ決定的な場面だわ!
少し緊張しながらもサブアームの設定にブレはない。
「ズキューン!」
そうつぶやきながら彼の胸をめがけてダーツを投擲した。
放たれた恋の矢は過つことなく彼の胸にしっかりと命中した。
これで間違いなく彼は完璧に恋に落ちた。
ハートが胸に刺さるズキューンに関しては数えきれない程のデータが証明しているので間違いない。
あとは「ばらされたくなければ」と悪い感じで彼を誘えばあの素晴らしい聖典(少女漫画)の世界の完成だ。
この時私は、右手のことなんて頭から抜け落ちていてすっかり彼に夢中だった。
次の更新予定
右手は没収されました。 迷想三昧 @me_so
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