婚約破棄された悪役令嬢はなんやかんやあって敵役令嬢と婦婦になった

龍田乃々介

愛の物語

「アメリア、お前との婚約は破棄させてもらう!」



クロード王太子の高らかに告げる声がパーティー会場に木霊した。


参加者の紳士淑女はざわめき、みな一様に一人の少女を見る。


ガーランド王国宰相が御息女、18歳のアメリア・ローズ・クラムベリーを。



「そんな……! クロード殿下、それはどういうことですか!?」


「お前は用済みということだ。俺はお前との婚約を破棄し、このレーナ・クレセントを新たな婚約者とする!」



王太子の宣言に会場は再び驚きの声で満たされる。


得意げな金髪の王子の傍には黒髪の少女が一人。


レーナ・クレセント。平民でありながら『聖女の奇跡』と呼ばれる回復の魔法を扱うことができ、貴族しか入ることの許されない魔法学校に入学を許された者。


アメリアはこの国を代表する貴族として右も左もわからない彼女を時に助け時に叱りよく導いてきた。


そう思っていた。



「聞いたぞアメリア。お前はレーナに対し執拗に嫌がらせをしていたそうだな!」


「え……?」


「挨拶の仕方がなっていないだの、食器の使い方がおかしいだの、些細なことで揚げ足をとっては公然と貶めていじめていたそうではないか!」


「何を言っているのかわかりません……! 私はただレーナさんが貴族の振る舞いをわかっていなかったから……」


「ひっ! わ、わたしぃ、アメリアさんに服を破かれて……水を掛けられたりもして……こわかったですぅ……!」


「この悪女め! 礼儀作法なんかで彼女に暴力まで振るったというのか!」


「違います! 私はそんなことしていません!」



必死の弁明をしても王太子は聞く耳を持たない。


アメリアの声はどんどんと引き攣って細くなり、最後には言われるままに犯していない罪を着せられてしまう。


そして、怪物の首を取ったように勢いを増す王太子はついに、彼女の存在しない罪にありあまる罰を言って下した。



「アメリア! お前は今この時を以て国外追放とする! 二度と俺たちの前に現れるんじゃない!」


「は……?」



その声を合図に、会場の隅に立っていた警備の兵たちがやってきた。


美しく着飾ったアメリアを乱暴に掴み、強い力で出入口の扉へと連行しようとする。



「そんな……! あんまりです! 私はなにも、なにも悪いことはしていないのに!」



力なく叫ぶ。


伸ばした手は誰にも届かない。


涙目で見つめた王太子の隣には、彼の腕に胸を押し付けて抱き着くレーナがいた。


ニヤニヤ。醜悪な笑みをその口元に浮かべている。


それでようやくアメリアは理解した。自分ははめられたのだ、この女に婚約者を奪われ、国を追われるのだ、と。


そんなの嫌……っ! 誰か、助けて……!


そのとき、かっこいい男の声が響いた。



「待て!!!!」



_______________________________________________________



「ねえちょっと待って」


女の不機嫌そうな声が右耳を撫でて、アメリアは筆を止める。


「あたしも記憶喪失になったのかしら? こんなツッコミどころ満載のテンプレぺらぺらおままごとを演じた覚えはないのだけれど」


侮蔑の音色をホイップのようにたっぷりと乗せたその声に無名の作家は口論の構えをとった。


「ツッコミどころ過剰積載の典型的浅薄お遊戯会でしたよ、あの夜は」

「嘘よ。誇張しすぎでしょ。悪意を感じるわ!」

「およそこんな流れだったではありませんか」

「ありませんけど! 婚約破棄宣言は密室で当事者を呼んでのことだったし、日取りを決めて後日改めて陛下と宰相閣下と法相閣下を立ち会わせて解除手続きしたし!」

「法相は略称ですよ。正しくは法務大臣閣下です」

「なにより! こんな! アホみたいな女じゃなかったからあたし!」


短めに切りそろえた黒髪を揺らして、立てた人差し指の先をびしりと原稿の上に叩きつける。

レーナ・クレセントの紫の瞳がまっすぐアメリアを睨みつけていた。

はあ、と小さくため息をついて、作家はペンを質素なペン立てに置く。


「宰相の娘から王太子を奪おうなんてする女が阿呆でなくてなんなのです。私は事実に忠実かつ作品として合理的に描写していますよ。あなたの本質を見事に表現しているでしょう?」

「こんなぶん殴ったら鈴の音が鳴りそうな頭からっぽ女のどこが事実なの、なにが作品として合理的なの? 勢い重視で場所も時間もあべこべにした結果の無茶苦茶な展開に流されて踊る無様なマリオネットじゃない!」

「あのとき、絶望の底にいた私にはすべての人間が、私を貶める運命の筋書きをなぞる肉の人形にしか見えていませんでしたから……」

「知るか! どっから読み取ればいいのよそんな繊細な心情!」

「読者に読んでもらうには、最初の導入では不必要な表現は極力淘汰して読みやすくせねばなりません。なので、私が書いたというで十分理解可能なことは、全て行間に収納してあります」

「あらそう、だからやたら改行が多いのねえ。もしも何かの間違いでこのまま出版されたものを本好きの紳士淑女方がお読みになったら唾を吐いて道に捨てそうだわ。引っ越したばかりの部屋のように備え付けのつまらない家具がありきたりな顔で並んだだけのこんな空っぽの小説!」

「でもこれが売れているのです! いわれのない仕打ちを受けたあと地位ある殿方から多大なる寵愛を受ける、このような極めて軽々とした読み口の本が!」


アメリアが声を荒げることは珍しい。

レーナが知っている限り、四回だけだ。

婚約破棄を告げられた夜。

断頭台に立たされたレーナを庇って貴族たちに演説を打った雪の昼。

仲睦まじくしていた隣国の王子が実は王子の精神を乗っ取った悪魔でアメリアをレーナ殺害計画の手駒として使っていたことを知った新月の夜。

そして、その悪魔を刺し殺して別れを告げたあの朝。

たった四回だけ。

今、世間で売れている本がどんなものか叫んでいるのが、五回目。


「……売れたいの? アメリア」

「………………」

「あなたは、あたしたちの物語を、そんな大衆娯楽と同列の商品として売りたいの?」

「……いいえ」

「あたしと、あなたの、唯一無二の七年間をそんな一時の消費で終わるような浅はかで軽薄な大量生産品と同じに売りたいって言うの!?」

「いいえっ!! 違います!!」


煽るようなレーナの言葉にアメリアは泣きそうな叫び声を返す。

椅子を弾き倒す勢いで立ち上がって、握った拳をわなわなと震わせている。

かちかちと歯のかち合う音の鳴る口を幾度かぱくぱくと空振りさせ。

彼女が言葉にするのをおそろしく、はずかしく思ってきたことを……、肩に、乗せられたレーナの両手がするすると腕の外側をなぞって、アメリアの手を優しく包み込んで。

それでようやく、言うことができた。


「私と、あなたでは、……子は残せません」

「…………そうね」

「だから、だからせめて、物語を残したい。あなたと私がともに生きた物語を、時間を、感情を、……証を、世に残したいのです」

「…………」

「けれど、世情は残酷です。どんなに意味や意義のある物語を書こうと、自分の生活の役に立たなければ、その記憶に残してはくれません。いいえ、本を手に取ってすらいただけない。それが私たちにとってどれだけ大切な願いでも、受け取ってもらえないのです」

「……うん」

「街の小劇場にはもう行きましたか? 上演されているのは、若い世代から評価を受けている小説を原作とした劇ばかりでした。登場人物の名前や容姿や個性が少しばかり違うだけで、小道具も舞台背景も脚本さえも使いまわされた、不幸な主人公が寵愛を受けるだけのなんてことない物語。案内人の方に聞きましたら、安い出費でいくらでも売れて儲けられるからとおっしゃっていました」

「ひどい話だわ」

「ええ。ええ。でも、物語を語り継ぐのは、今若い世代の方たちです。彼らに受け入れてもらえるものでなければ、この先の時代に私たちの物語を残してもらうことはできません。だから、そのためにはっ、平易で、軽快で、欲求充足に適当な都合の良い小説の型を……」


パシン。


アメリアの柔い頬に痛みが張る。

彼女の伴侶はその紫の瞳を鋭くして、迷える最愛の人の手を引く。


「あたしのバカがうつったの? 手段と目的が逆になってるじゃない」

「…………っ、レーナ、わたしは」

「いや、あなたは元々そこそこバカだったわね。あんなに怪しい声と顔してた王子にほいほい付いて行っちゃうし」

「あれは、きっと魅了の魔法があったとかで……!」

「あたしを助けるためにクラムベリーの土地を勝手に取引に使って父親に勘当されたし」

「だ、だって、だってあれはあなたが変な余罪を被って余計な賠償金をこさえるから……!」

「あたしはいいって言ったのに、悪魔殺しちゃって、『世界の進展』とかいうの台無しにしちゃうし」

「……馬鹿な事をしたとは、今でも思っていません。もしも私の前に時の賢者が現れて、私をあの日あの暁の空の下に連れ戻したとしても、私は同じ選択をします。悪魔を殺して、あなたを救う」


たとえそれが、世界にとって過ちでも?

問うたレーナに、さっきまでの涙をすっかり忘れたアメリアが強く頷く。

たとえそれが過ちでも。

何度でも間違った答えを選んでさしあげます。永遠に揺らぐことのない意志で彼女は答えた。


「そう。じゃあ、もう一回くらい間違いましょうよ」

「え?」

「小説。若い読者に迎合するのが正解だと思ってるんでしょ。それを間違いましょって言ってるの」

「レーナ、それでは私たちの物語は」

「残る! 残せ! 消しても消えないくらい残れええええって気持ちで書け!」

「え、ええ……? 根性論……ですか?」

「そう! いや、違う!」

「ええ……??」



「自分で言ってたでしょ。自分の生活に役立たない物語は覚えてもらえないって。

だったら、役に立つよう書けばいいのよ。

テンプレ通りじゃないこんな読みにくい小説が、実はこんなに面白いっていう知恵を、教えてやるようなのを書きなさいな。

読者におもねらない不正解の代物が、こんなにも価値あるものなのかってことをわからせてやるの。

今の典型を擦って停滞する世界を、あなたの筆でひっくり返す!

それができるものを書きましょう!」



「そ、それは……」


どれだけ大変なことなのだろう。どれだけ難しいことなのだろう。

そんなことが、自分にできるのだろうか。

躊躇いが喉を突いて出かかった。

しかしその唇をレーナの人差し指がそっと抑えて。

レーナは反対の左手の人差し指を自分の唇に当てたあと、両手を自らの腕の前に戻す。


「あたしが支えるから。子供って、生んで育てるものでしょ」


指をくいくいと動かして強調した。

その身振りのいじらしさと、言ってくれたことの心強さに、アメリアの心はいっぱいになり。



「ありがとう、レーナ」



抱き着いて、口づけをした。

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婚約破棄された悪役令嬢はなんやかんやあって敵役令嬢と婦婦になった 龍田乃々介 @Nonosuke_Tatsuta

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