世界が終わっても、君を探す

凪砂 いる

世界が終わっても、君を探す

 ぽたり、ぽたりと血が滴り落ちる。地面が深紅にじわりと染まり、深い傷を負ったあいつの身体が崩れ落ちるのを、俺は抱き止める。

 血に染まった手で力無く俺の頬を撫でるあいつの顔は、微笑んでいた。まるで全てを包み込むように。

 そして、今にも力尽きようとしているあいつは、俺に何か言おうと口をはくはくさせていた。

 俺は、あいつの崩れ落ちそうな手に、指を絡めるように触れた。

 

 その瞬間――、目を覚ました。

 ここは……俺の家だ。いつものベッドで、辺りを見渡しても何も変わりなく。あの夢は何だ?

 夢の中に出てきたあいつは……。よく知っている――惟吹いぶき


 銀色の眼鏡に、細い線のような身体。白い肌に、淡い茶色の髪。

 ここまで鮮明に思い出せるほどだが、俺達はただの友達だ。

 大学時代からの友達――のはずだが、なぜか遠い昔から知っている気がする。

 あいつの声も、涙も、表情のひとつひとつも。鮮明に。すぐに手に取れるほどに。


 卒業してからも、たまに思い出したかのように連絡し、飲みに行く。ただそれだけの関係だ。

 今のところは――それだけだ。


 その時、俺のスマホが震える。

 なんで、こんな時に惟吹あいつは連絡してくるんだろう。俺の期待を知っているみたいに。

 あいつは、たぶん知らない。大学時代から何も。

 だから、何も知らない顔をして俺の横で――微笑んでいたんだ。


 「れい、久しぶりに飲み行かない? 忘年会しよう!」

 無邪気な惟吹の声に一瞬、俺の心がぐしゃりとなる。

 たまにめちゃくちゃにしたい衝動に駆られる。――あの頃のように。

 そんな俺の気持ちも知らないであろう惟吹に、俺は笑って言葉を返す。

 「いいよ。いつにする? 週末とか……」

 電話が切れた途端、空気がひやりと肌を撫でる。


(まるで、のようなひやりと張り付くような風だな――)


 そうだ、あの時も……そんな空気だった。

 俺の脳内に、あの夢の光景が思い浮かぶ。

 あれは夢なんかじゃない。前の世を生きていた俺達の――最期。

 血の感触も、匂いも今でも思い出せる。遠い昔のはずなのに。

 

 大学で惟吹に出会った時――何かのピースがカチリとはまる音がした。

 まるで、答え合わせが終わったように。それまで俺に欠けていた何かが埋まる感覚がした。

 

 それから、あの時のように惟吹を求めた。長い時間を埋めるように。

 表面上はただの友達として接していたが、叶うならあの時のように、と。

 俺の気持ちも知らず、ただ淡い茶色の髪を揺らし微笑む惟吹にただむしゃくしゃした。

 仕方がない。あいつは何も覚えてなどいないのだから。

 というか、あいつにとっては覚えていない方が、いいんだ。


 あの時、あいつを斬ったのは――俺なのだから。

 立場が違う、敵同士だったはずなのに――あいつに惹かれた。

 あいつを愛し、俺の手であいつを、手にかけた。

 最後の夜、翌日には敵同士として戦場に立つとわかっていて、共にいた。


 ---


 「怜、何飲む?」

 居酒屋でハイボールの入ったグラスをカラカラと揺らしながら、惟吹は首をかしげる。

 俺は、少しぶっきらぼうに答える。

 「……俺もハイボールでいいわ。ひたすら飲みたい気分でさ」

 「……奇遇だね。僕もだよ」

 ふっと惟吹がゆっくりと微笑む。

 あいつの目が、いつもと違うどこか遠い目をしていた。

 まるで、何かを察したかのように。


 飲み進めているうちに、惟吹の目が酔ったようにゆらりと揺れる。

 焦点がだんだん合わなくなった顔。足がもつれ、ふらつく惟吹をさっと俺は抱きとめる。

 酔って足取りがもつれ虚ろな目をする惟吹、このまま家に帰すわけにはいかない。

 ここからは幸い俺の家のほうが近い。そして、俺は惟吹を、俺の家に連れて帰ることにした。

 

 ベッドに寝かせたとき、惟吹の目は少し怯えたように揺れていた。


 俺の横ですぅ……と寝息を立てだした惟吹に、俺はそっと口づけた。

 ただ、惟吹は「んぅ……」とだけ掠れた声を上げる。


 その夜、また、あの日の夢を見た。

 血に染まったあいつを抱き上げて、力尽きる前にはくはくと掠れた声で言ったこと。

 「もし、次の世があれば……今度こそ戦の無い世界で。……共に生きたい」

 

 目が覚めた俺は、横にいる惟吹を見て、つい強く抱きしめ、口づけを落とした。

 横にはうっすらと目を開けた惟吹がいた。

 そして、静かに声を落とす。

 「――怜、今度こそ、戦の無い世界で、君と共に歩んでいたい」

 俺は、惟吹の言葉に一瞬、目を丸くする。

 「……覚えて、いたのか」

 静かに頷いた怜の手が、俺の背後に回される。

 「……怜のそばに今度こそ一緒にいられるなら、俺は、全てを君に捧げる」

 一瞬、俺の手が躊躇いを見せる。気が付いたら、惟吹の背に手を回していた。


 「怜のいない世界なんて、僕には、いらない」


 はっきりと俺の目を見て言う惟吹に、俺の心が灼けるように熱くなる。


 「俺も、惟吹のいない世界なんて、いらない」


 ベッドに惟吹の細い身体を抱きしめながら横たわる。

 ただ、俺は貪るように惟吹の唇に深い口づけを落とす。

 唾液を、絡めるように。

 惟吹の手が、俺の背に手をゆっくりと回し、爪痕をぎりりと立てる。俺の存在を確かめるように。

 それは、長い時を経て、やっと交わる世界だった。


 もし、この世界がまた終わるのなら、俺は惟吹と共にいるだろう。

 そして、次の世でも、また惟吹を探し出す。

 ただ、今の世で惟吹と共にいられる喜びを感じつつ、微笑みを落とす。

 それが、前の世で叶えられなかった『願い』だから。

 俺の横でふわりと笑う惟吹を今度こそ守りたい。


 多分、もう俺たちは離れることを選ばない。

 ふたり一緒にいられるのなら、他には何もいらない。

 敵対することがあった遠い日の記憶を超えて、また巡り合った。

 もう、俺たちを引き離す要素なんて、現代にはない。


 たまに俺を惟吹は震えた目で見つめる。そのたびに俺は強く頷く。

 あの日、遠い昔、あいつを斬り、手にかけた記憶。そして、それでも横にいてくれる惟吹を大切にしたいと思った。


 「……惟吹」

 「ん?」

 「……また、出会ってくれて、ありがとう」

 惟吹がふっと柔らかく微笑む。


 ただ、俺は惟吹を自分の部屋に閉じ込めておきたいと思うことがある。

 もう、彼が離れていかないように。

 そんなことを惟吹に悟られないように、共にある今の幸せを噛み締める……が不安もある。


 ふわりと冷たい風がふたりを包む。それには血の匂いも手にかけた感触もなかったが、胸がひりつく。

 今向けられている笑顔は俺だけのものだ。その表情全て、引き離すものがないのないならば、惟吹の全ては――。

 俺の心の底で、黒い感情が湧き上がる。


 「……伶、言わなくてもわかってる。僕も、同じことを考えてる」

 惟吹の言葉に俺は一瞬ぞくりとする。惟吹の表情から光が消え、俺を見上げる。

 「僕達を隔てるものが何も無いならば……伶の全ては、僕のものだ」


 今の世には俺達を隔てるものは、なにもない。戦も、何も。

 ならば、この命がある限り、惟吹とともにあれれば、それでいい。

 散る時も、その先も。

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