宙を彷徨う指
芹ナヅナ
第1話
“今日は絶対に食料品スーパーに行かなければならない。そうしなければ、家族が飢え死にしてしまう!”という大袈裟な思いで、どうにか私は家から這い出た。
今日の買い物内容から考えると、6キロ超えで重めなので、“うん、自転車に乗って行こう…”としたが、そうだ、自転車の前輪の空気が抜けたままだったと、自転車のハンドルに触れてから思い出した。今日は頭が痛いのに、自転車タイヤの空気入れ(腕の上下運動で空気をいれてく人力タイプ)など、やる気がさらさら起きず、仕方ないので歩いていくことにした。
頭痛により、ややヘロヘロとしながら、食料品スーパーの店内に入る。商品の種類は少ないが、お安いためか、そこそこ人気なようで、今日も一定数お客が入っていた。私は、ぼうっとなった頭で、前方にいた60代くらいのおばさんの動きに目を留めた。
おばさんは、何やら独り言を言いながら、視線を動かし、同時に人差し指をクルクルと宙に彷徨わせている。商品を探しているのだ。でもそれは若い子はきっとしない動きだ。
同じような物(例えば本)がずっと並ぶ、とか、小さいもの(例えば消しゴム1つ)が何種類も並ぶ、といった陳列なら、若い子も指差しながら、商品を探すこともあるのかもしれない。しかし、商品の少ない格安食料品スーパーで、若い子はそんな動きはしない。まして自分が買いたい商品を独り言で連呼することは、決してないだろう。
イイ歳の私は、“あぁ、自分もあの動きするなぁ…”と思って見ていた。しかし、こうして見ていると、その動きは、呪文を唱え、魔法の杖を振るハリー・ポッ◯ーさながらだということに気がついた。私は、自分を客観視したと同時に、勝手にそのおばさんに親近感を抱き、やや口角が持ち上がってしまった。
わたしの場合は、だが、例えば自分が買いたいものが、ポテトチ◯プスだとして、ポテトチ◯プスを視界に捉えていたとしよう。しかし頭の方は、悲しいことに勝手にさぼっていて、ポテトチ◯プスが視界にありますよ!と、頭が認識してくれないのだと思う。そのため、指差しすることで、“探せ!そして目からの情報に集中せよ!”と自分で自分の頭に対して、直接視覚的に強く命令しているのだ。それが、わたしの魔法の杖がくるくると宙を彷徨う理由だ。
そして、買いたい商品を連呼するという呪文は、ご想像の通りかもしれないが、自分が何を買いたかったのだったか、はたまた途中で何を探していたのだったかを忘れてしまうからだ。それを忘れないよう強制的に集中しているため、たとえ自分が連れのいない1人であっても、呪文を唱えてしまう、それが理由だ。
私は自分の買い物をするため、その60代くらいのおばさんを通り過ぎ、違う陳列レーンへと移動した。が、そこへあのおばさんは再び現れてきた。そして、今度ははっきりとおばさんの呪文が聞こえてきたのだ。
「からし…からし…」
からしは私の目の前にある。
(…でも、私はイイ歳をして、なかなかの人見知りだ)
しかし、おばさんの魔法の杖は、まだ宙をくるくると彷徨っている…
“あぁ…ダメだ…どうしても放っておけない!”
抑えきれない使命感に駆られ、続きをわたしは勝手に引き取り、黙ってわたしの魔法の杖が、ピシッとまっすぐ からしをゆび差した!
「………ぁ…あっ…?…ありがとう」
おばさんは少し戸惑いぎみに小さく笑って言い、からしを買い物カゴに入れてった。
おばさんからすれば、突如無言でからしをゆび指し、棒立ちしているおかしな中年女に見えたのだろう。しかしわたしにとっては、仲間意識を覚えたおばさんと、出現魔法の連携プレイをしたのだ。わたしは大いに満足だった。
会計を済ませ、相変わらずの頭痛と、重い荷物を背中と手に持ち、先ほどの満足感に浸りながら、家まで帰った。冷蔵庫を開けて、そこで気がつく。
“あ、牛乳買うの忘れたな…”
宙を彷徨う指 芹ナヅナ @cradlekitty
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