後
ユリと初めて会ったんは春やった。おれが花粉に苦しみながら車両誘導警備をやっとる日で、ぜんぜん車通らんやんけと思うとる時に住宅街の間の道から顔出したんがユリやった。なんとなくそっち見とったから出てきた瞬間に目ぇ合った。何秒かは見つめ合った。そのうちにユリが気まずそうにちょっと恥ずかしそうに笑いながら頭下げてきて、その時の顔がかわいかったからおれはこれ、ほとんどひとめぼれみたいなもんやった。
ユリは小走りでどっか行ってもうた。おれはひとめぼれが早速失恋になったと思うて地味にショック受けとった。せやけど次の日、ユリはまた同じとこから顔出して、同じようにおれを見た。絡まった視線にはぜったい熱こもってた。おれが手招きしたらユリは寄ってきて、甘いもん好きですかて聞いてきたからめっちゃ好きやって答えたら、カバンから出した豆大福をあげます言うて差し出してきた。ありがたくもろた。休憩時間があとちょいやったからユリに待ってくれて頼んで、時間になった瞬間に住宅街の間の道のとこにおるユリのそばまで走っていった。一緒に豆大福食うた。この大福は働いてるスーパーでもらうねんてユリが言うた。他にももらえるもんあるけど警備員さんなんか欲しいですかて聞かれておれは、今月はここでずっと警備しとるからできるだけ会いに来てくれたらめっちゃうれしいって素直に答えた。ユリは何回も来てくれた。おれらはどんどん仲良うなって、連絡先も交換して、メッセージ何通もやりとりして、ほんで、ほんでから、おれとユリは付き合って……。
「十和田さん、先に一本吸わせてもらってもいいですか?」
ラブホの部屋に入った後に七岡が言うた。ベランダで吸うとった姿を思い出してから、喫茶店は禁煙やったなて今更気付いた。
「ええよ、吸うて」
て返しながら片手出した。七岡はまばたきしてからおれの掌に一本乗せた。マイルドセブンメンソール。ライター擦る音がして、煙と臭いが鼻を殴った。フィルター咥えたら手が伸びてきた。シュボッ。ジリジリ。ああ、不味い。
「喫煙者なんですか?」
「元やけどな」
「現、に戻りましたね」
七岡が害悪な白煙吐き出しながら穏やかに言うた。おれはそうやともちゃうともなんでか言えへんかったから、黙ったままで煙草を飲んだ。
二人とも吸い終わった後に一旦別々に浴室行くことにした。おれは四十二度に設定したシャワーを頭から浴びて、目ぇ強く瞑りながら一口で言い表せんもやもやを胸の中でぐるぐる回してた。なんも解決できんかった。栓閉めて部屋戻ってベッドの上にあぐらかいて座り込んで、七岡のシャワーの音聞こえてきた時にやっとちょっとだけもやもやの端っこ、得体の知れん感情の理由が思い当たった。
おれ、七岡のこともっと怒らなあかんやんけ。よう考えたらあいつ、なんぼユリからコンタクトとったっちゅうてもさ、彼氏おる女をふつうに抱いてふつうにセフレ扱いしてふつうに一人暮らしの部屋に入り浸っとるやんけ。
せやけどこのもやもやに怒りの色はどうしても見当たらへんかった。むりやり怒っとるようになられへんかなて考えたけども、あかんかった。
無駄なことしとる間に七岡がシャワー終わって現れた。おれはトランクスとジーパンだけはいた上半身裸状態やったけど、七岡は風呂場にあったうっすい桃色のバスローブ羽織っとった。シャツもパンツも着んと小脇に抱えてて、ほんで、せやから、丸見えやった。
でかかったっちゅうか、長かった。
「助けてくれ……」
無意識に漏れたセリフはこれやった。いやほんま、見た瞬間に負け確定やった。負けたと同時になんや変なめまいもしてきて、ベッドの上に仰向けに倒れながら撃沈した。七岡はおれの近くに膝ついて、おれの顔覗き込んできた。ちょうど頭の裏に部屋の電気が重なっとって、逆光の加減で七岡の頭の輪郭だけが、日食みたいに光ってた。七岡は垂れた前髪耳にかけながらもっと覗き込んできた。あーこいつイケメンっちゅうか、男前っちゅうか、ジャニーズよりはエグザイルにいそうやけどエグザイルにおると微妙に浮いて、いつの間にかソロ活動してそうな顔しとるなあ……とか、考えとる間に距離がバンバン詰められた。
そらもうあほほど自然な流れでキスされとった。
「んっご」
こもった変な声出てもうた。押し返そうと思て七岡の肩掴んだけども、何のために来たか思い出して抵抗せんまま超至近距離で七岡の目の中じっと見た。七岡はまばたきした。まつげがまつげにざりっと当たった。舌突っ込んだろかな思うたけどやめて、教えてくれやて心の中で頼んでから口と体ととにかく全身、力抜いて七岡に任せることにした。
おれはキスが苦手で、ユリにぜんぜんやらへんかった。せやけど今七岡にされたっちゅうことはユリはキスが好きなんやろうて気付けたし、めっちゃ丁寧に入ってきた舌が明らかにそう教えてくれとった。歯の裏とか舌のさきっぽとかなぞられてほんま助けてくれて思うたけども、キモさと良さが交互に殴り合っとる感覚があって、こいつキスうまいんやなておれでも一応わかった。
口離した後、七岡はバスローブ脱いで全裸になった。
「十和田さん」
「な、なんや?」
「十和田さんが磨くべきは怒張のクオリティなどではなく、ペッティングです」
「ペッティング」
「はい。ユリさんはあなたが触るとけっこう痛いと仰ってました」
もう何回目の撃沈やろう……。おれは両方の掌で両方の目を押さえながら、ほんまごめんとここにはおらんユリに向かって謝った。大丈夫ですよ、一緒に頑張りましょう。七岡はやっぱまた母親みたいな優しい声でそう言うてからおれの上にまたがった。長いやつがおれの下腹こする感触がえげつなかったけど退いてくれともよう言われへん状況やったし、おれはここでほぼ完全に覚悟した。
今日会ったばっかの男に全身いじり倒される、覚悟。
愛する彼女と穴兄弟、棒姉妹、ようわからんけどそういうやつになってまう、覚悟や。
まあせやけど実際にお互いのエクスカリバーをお互いの聖堂に突っ込んだりしたわけやない。おれは七岡にぜんぶ委ねて教えを受けたけども、それはペッティングだけの話ではあったんや。
七岡はとにかく上手かった。ユリの性感帯をたぶんほぼ完璧に把握しとって、各箇所をおれの全身使って教えてくれた。耳撫でるちょっとした動きすらテクニカルでおれは途中からビビってた。
「な、七岡、おまえ、なんなん?」
一回出してもうた時にそう聞いたら、
「七岡英二郎。店ではエージって名前で働いています」
て返されて、やっと理解した。
ユリと七岡の関係はセフレやけども七岡自体はほんまもんのプロなんや。夜な夜な満たされへん女子(もしくは男子)の相手して慰めて、神がかった手の動きだけで満足させてあげとるんや。そらプロなら敵わん。そんでから教えんのやって上手い。おれは三回フィニッシュさせられた。さすがに申し訳なさあったから、七岡の指示受けながらナナオカリバーをいじり倒して一回出させた。
「手の動きに硬さがありますね。すぐに折れてしまう細い枝でも触っているような気持ちで、相手の体に触れるようにしてください」
「こ、こうか……?」
「はい、及第点以上です。ユリさんは気持ちいい演技をしてしまう癖がついてしまっているのですが、よく観察すれば、演技か本当かがわかりますよ」
「ほんま……? おれでもわかるか……?」
「勿論です。観察は目だけでなく、耳や指でも行なってください。皮膚の反応、息の湿り気、声の高さ……ユリさんは吐息交じりに喘ぐ時は、本物の反応の場合が多いですよ」
「わ、わかりました、エージ先生」
七岡はまばたきの後にめっちゃ優しく微笑んだ。
「十和田さんは特別です、英二郎と呼んでくれて、いいですよ……」
ここでおれは貫かれた。住宅街の隙間から出てきたユリのちょっと恥ずかしそうな笑い方見た時と似てもうてる貫かれ方やった。これあかん、あかんわ。そう思いながら七岡、いや、英二郎の指示に従ってペッティングレッスンをみっちりやった。
ラブホは半日で入ったんやけど時間ぎりぎりまで居座った。出たら外は真っ暗で、夜の虫がじゃかじゃか鳴いてた。英二郎はラブホの出入り口近くにあった灰皿の前で煙草に火つけた。なんも言うてへんのにおれにも一本渡してくれて、ライター借りようかと思うたら煙草の火ぃをそのまま近づけてきた。シガーキスてやつやった。先っぽがじりじり赤く燃えてって、おれは炎とニコチン越しに英二郎からのお疲れ様ですを受け取った。
「ユリさんは十和田さんのために、俺で性欲を処理していたに過ぎません。怒らないであげてくださいね」
「そら、うん、下手なおれもあかんかったわけやし」
「今日覚えたことで、ある程度はカバーできるはずですよ。どうぞ、次にユリさんとされる時は、俺のことを思い出して……」
「れっ、連絡先くれへん?」
スマホ突き出しながら聞いた。この聞き方、ユリに聞いた時とやっぱほぼ同じやった。英二郎は鋭そうやしおれはわかりやすそうやし諸々モロバレやったと思うけど、英二郎はゆるく頷きながら自分のスマホを出してくれた。
「十和田さん……十和田千歳さん」
「お、おう!」
英二郎は煙草を咥えたまま笑った。
「セックスについてなら指南できます。技術に不安を覚えたら、いつでも連絡してきてください」
おれはこくこく頷いた。英二郎はもっかいだけ笑ってから、吸い切った煙草を灰皿の中に落とした。それでは、て落ち着いた声と顔で言うてから歩いていった。どこ行くねんて聞きかけたけど夜やったしこのあと仕事かもしれんと思い至って何も言わんまま見送った。
ラブホを離れてちょっと歩くともう住宅街やった。街燈減った路地の真ん中歩きながら、おれはスマホのメッセージアプリを表示した。ユリからのメッセージが三件あった。一件目は仕事おつかれさま、そろそろデートしたいなあ。二件目はちーくん今日忙しいんかな。三件目は声聞きたいからこれ見たら電話して。
おれは立ち止まってスマホの画面見下ろした。何も考えへんまま、ブルーライトに網膜いじめられながら、じっと見下ろした。その後に発信履歴タップした。ユリの名前を人差し指で撫でてから、電話番号ぽんと叩いた。
なあユリ、おれさ、おまえよりもめっちゃ浮気したわ。
愛する彼女に脳内でそうやって話し掛けながら、次はいつ英二郎に会えるかなて考えてしまいながら、鳴り続ける呼び出し音を聞いとった。
後戻りでけへんようになりながら、ずっとずっと聞いとった。
なんでやねん、もうあかん 草森ゆき @kusakuitai
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