第2話 中編
クスリタケ。
それは「貧民の
滋養強壮、体調不良、風邪の引き始めから重篤な肺炎まで……貧乏人はとりあえずこれを薬としている。本物の
洞窟や谷筋の日陰などにほぼ通年で自生しているが、狙って取ろうとするとなかなか見つからない。かといって、すごく貴重というわけでもない。一応、滋養強壮の効果は確かであり、街の薬屋でも商っている。だが、買おうとすると地味に高い。だもんで、貧乏人は自分で採りに行くことになる。
「で、ホナウのお兄ちゃんはこの洞窟に来たんじゃないかと」
「前に『冒険だ』って言って、クスリタケを取りに来たこともあって……」
冒険ごっこは子供に人気の遊びだ。
とくに貧困層に。
どん底から成り上がった冒険者の伝説に自分を重ねて夢を見るのだ。
実態は、かつかつのその日暮らしがほとんどなんだけれども。
まあ、お兄ちゃんもその例に漏れず、冒険者に憧れる一般貧乏人の男の子だったわけだ。
「やっぱり、お兄ちゃんの匂いがする……」
ホナウが小さな小鼻をひくつかせていた。
犬人族は鼻がいい。
そういう種族的常識がこの場合でも通用するかは別として、藪の向こうに見える洞窟は確かにクスリタケが生えていそうな雰囲気だった。
捻じれの森の東側、丘陵地帯に広がる普通の森の一角だ。瘴気に汚染されていないから、緑の香りが心地よい。
「最近になってゴブリンが住み着いたみたいだねえ」
目を凝らし、洞窟付近を観察する。
見張りが隠れてたりはしないようだ。
人よりも一回り小さい裸足の足跡がいくつも残されているが、おそらく小規模な群れだろう。
このあたりの地質は石灰岩が多く、あちこちに自然の洞窟が口を開けている。捻じれの森での生存競争に負けた連中にとって、そうした洞窟は格好の巣穴となった。
「ゴブリン……」
ホナウが耳を垂れ、目を伏せた。
ゴブリンと聞いて嫌な予感がしたのだろう。
可哀想かもしれないが、その予感は当たっている可能性は高い。
大きな群れなら獲物を活かしたまま飼うこともあるが、小さな群れにそんな余裕はないだろう。
隠したところで仕方がない。
何事にも覚悟ってものが必要なのだから。
「大丈夫、大丈夫だよ」
でも、ついそんな気休めを吐いてしまう。
ホナウの頭を撫でてやろうと手を伸ばし……そっと引っ込めた。
さんざん殺生を重ねてきた手だ。
人を慰めるのにはあまりにも向いてないし、よくない影響があるかもしれない。
「さ、行こうか」
身を潜めていた藪を出て、洞窟の入口へ向かった。
* * *
洞窟の空気はひんやり冷たく、湿った土の匂いがした。
片手に松明、腰にランタン。これがあたしの基本スタイルだ。
松明で照らすと、天井から垂れ下がった濡れた鍾乳石がきらきら光る。壁面はあちこちが苔むしているが、低いところは岩が露出していた。爪で引っ掻いたような跡がある。ゴブリンがむしって食べたのだろう。やつらは大抵のものを喰う。
足下はじゅくじゅくと水を含んだ腐葉土で覆われていた。
雨が降ると落ち葉や枝が流れ込むのだろう。それが腐って土になっている。これでは足音でゴブリンを察知するのは難しそうだ。こちらは松明で目立っている。奇襲に気をつけないといけない。
背負っていた
ふふふ、格好良かろう。
槌頭だけでなく、柄まで魔鋼で仕立てた特注品だ。
稼ぎの半年分を注ぎ込んだ自慢の逸品だぜ!
「冒険者さんって、剣を使うんだと思ってた。お姉さんはトンカチで戦うの?」
「えっと、トンカチじゃなくウォーピックね」
どうやら感嘆のため息ではなかったらしい。
この格好良さは子供にはわからないかー。
かーっ、子供だからなー。このしぶさはわかんないよなー。かーっ。
洞窟は思いのほか深い。
松明の明かりの中に、奇妙な物体がぼんやりと浮かび上がった。
ねじくれた木の枝に、小動物の骨がいくつも蔦で括り付けられた禍々しい何かが、壁面の少し高いところに飾り付けられていた。
祭壇……だろうか?
わずかだが、魔力の残滓をまとって霞んでいる。
ゴブリンは知能を持ち、独自の邪神を信仰していることもある。
捻じれの森を追い出された弱小の群れだと思ったが、
ゴブリンシャーマンは普通のゴブリンよりも頭が回る。
「で、こういう小賢しい真似もすると」
視線を下げると、地面に乾いた草が敷かれていた。
その下から魔力の残滓が透けている。
戦鎚の先で払うと、歪な魔法陣が姿を現した。
動物の血を使ったのだろう。
赤黒い線がミミズのようにのたうっている。
トラップだ。
効果まではわからないが、踏んだらろくでもない目に遭うのだろう。
祭壇で注意を引いて、足下のトラップにかける。
なかなか悪知恵が働く。
とはいえ、こういう罠はあたしには通用しない。
あたしの眼は特別製だ。
魔力だとか、呪いだとか、あるいは悪意だとか、そういうものを見通せる。
これがあるから女だてらにソロ冒険者なんてやってられるし、これのせいでソロ冒険者をやっているとも言える。
まあ、それはそれとして。
「ふんっ!」
「グギャアッ!?」
おっ、暗がりに投げ込んだ松明が上手いことヒットしたようだ。
炎に照らされて、3匹のゴブリンがその姿を明らかにする。
ま、罠だけ仕掛けて伏兵がいないなんてありえないよね。
「ギィィィイイイ!!」
2匹のゴブリンが、棍棒を振り上げて飛び出してくる。
松明を喰らった1匹は顔面を押さえてうずくまっていた。
「ふんっ! ふんっ!」
ウォーピックを振るい、1匹の頭をかち割り、もう1匹はすれ違いざまに足を払う。
転んだゴブリンは魔法陣に突っ込み、床から飛び出した無数の牙のような白い骨に串刺しにされる。うへえ、なかなかえぐい罠じゃんか。
なんて見物している場合じゃない。
間髪入れずに突っ込み、松明に怯んでいた1匹も始末する。
「すごい……」
「ふふふ、見たかね、わが〈神槌ミョルニル〉の威力を」
耳を立てて目を丸くするホナウに、戦鎚をぶんぶんと振り回して見栄を切ってみた。
なお〈ミョルニル〉は勝手につけた名前だ。
世の中には同じ名前の神話級武具があるそうだが、本物は国が買えるくらいの値段らしい。そんな高級品が持てるなら冒険者なんてとっくに引退している。
倒したゴブリンの死骸を確認。
まずは槌頭の尖った方でドタマに穴を開けて念のためのトドメ。
体高は成人男性の胸くらい。
肉付きは痩せても太っておらず、体毛のない緑の肌はぬるりとテカっている。
栄養状態は悪くないようだ。
腰蓑はまとっているが、防具の類はない。
棍棒には何かの動物の牙が埋め込まれ、凶悪な突起を備えていた。
ゴブリンとしてはまあ標準的、中の下くらいの装備だ。
「ぜんぶで10匹はいると思った方がよさそうかなあ」
ゴブリンは集団で狩りをする魔物だ。
基本的には数の多い群れほど個体の状態が良くなり、文化レベルも上がる。
大規模な群れでは金属加工までする例もあるらしい。
逆に言えば、個体の状態から群れの規模も推測できるというわけだ。
まあ経験と勘の世界で、はっきりした根拠があるわけじゃないけどね。
この数なら、普段なら煙で燻し出したりして対処するのだが……
ホナウの顔をちらりと見る。
お兄ちゃんが生きている可能性もゼロじゃないんだよなあ。
巻き込む恐れのある仕掛けは使えない。
楽しようとせず、素直に地道に駆除しよう。
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