見えるアラサー冒険者と貧者の万能薬
瘴気領域
第1話 前編
「誕生日おめでとう!」
「嫌味かそれは……」
数日ぶりに冒険者ギルドに顔を出し、付属の酒場でエールをすすっていると、受付嬢のソフィアが満面の笑みを湛えてやってきた。
手にした皿のパンケーキには、大粒のベリーが2つ。その下にハシバミの実が5つ、半弧を描いて埋められている。ニコちゃんマークだ。
「何が嫌味よ、誕生日はいつだっておめでたいものでしょう」
「アラサーの誕生日じゃなければね」
「何、アリッサ、そんなこと気にしてるの? 結婚願望とかないと思ってたけど」
「そんなものはないよ。ないけどねえ……」
当年取って25歳。
四捨五入して三十路となればなんとはなしに気になるものだ。
というか、25歳なんてとっくに行き遅れである。
こんな稼業だからまだいいが、カタギの女なら20歳前には結婚どころか子持ちが当たり前で、アラサーなんて周回遅れどころの話じゃない。
長命種であるエルフ族のソフィアにはそういう機微がわからないようで、十代と言っても通じるつるりとした白い顔ににこにこ笑顔を浮かべたままだ。
こいつが五十代とか、信じられるか……?
神様は光の種族を創るときにバランスとか考えなかったのだろうか。
思わず、自分の日焼けした手の甲をじっと見てしまう。
「それで、何の用?」
「冷たいなあ。誕生日のお祝いに来たんじゃない」
「それだけでメシをおごってくれるほど博愛的な人間じゃないことは知ってる」
「ひどいなあ。でも、さすがの眼力! 頼みたいのは……あ、今日も来た」
ソフィアの視線がギルドの入口に向かった。
そこには十歳にも満たないだろう小さな女の子が立っていて、泣きそうな目できょろきょろと辺りを見渡している。
かと思えば急に駆け出して、あっちの冒険者やこっちの冒険者に必死に何かを訴えかけてはいるのだが、完全に無視されていた。
何か依頼をしたいのだろうけれども、冒険者が相手をするのはお金のある人間だけだ。あんな子では相手にされないのも当然のことだった。
「ここのところ、毎日なのよ。あまり気分のいいものじゃないでしょ? なんとかしてあげたいなって」
「客足に影響が出る前に?」
「それは否定しないけど」
冒険者ギルドは依頼主と冒険者を仲介し、その手数料で稼いでいる。
あんなのがうろちょろしていると、依頼主や冒険者の足が遠のくかもしれない。
ソフィアはそこを懸念しているわけだ。
この街に冒険者ギルドは一軒だけではなく、サービス内容には大して差異はない。ちょっとしたことでも商売に障るのではと心配するのも道理だろう。
「こんなこと、アリッサじゃないと頼めないからさ」
「あたしだって慈善活動はしないよ」
「報酬はギルドからちゃんと出すって。たぶんせいぜい半日仕事じゃないかな」
示された金額を聞いて、あたしはうーんと唸った。
悪い額じゃない、相場からすれば悪い額じゃないが……。
あたしだったら捻じれの森で風鳩を狩ったり、王墓跡で自動人形の残骸を漁ったりした方が儲かるし、余計なことを考えなくていいから楽なんだよなあ。
「人間族のお姉ちゃん、冒険者さん? 冒険者さんだよね!?」
「あっ、うん。そうだけど」
「わたし、ホナウ! お姉ちゃんは?」
「えっと、アリッサです」
いかん、見ていたら気づかれた。
向こうからやってきてしまったじゃないか。
勢いに押されてなんか敬語になっちゃったし。
「お兄ちゃんがクスリタケを取りに行って帰ってこないの! 助けて! こういうとき、冒険者さんが助けてくれるって聞いたの!」
貧民窟の孤児だろう。
獣人族としては比較的多めの犬人族だ。あちこちがほつれた麻の貫頭衣。肩口まで伸びた赤茶けた髪は、毛先も揃っておらずボサボサだ。三角の耳はぺたりと垂れて、裾からはみ出た尻尾にも元気がない。
そしてくぅ~んと鼻を鳴らし、涙でいっぱいの目で見上げられると……
「よーし、お姉さんに任せておきなさい」
「本当!? ありがとう!!」
うっかり引き受けてしまった。
ソフィアは何やらニヤニヤしながら親指を立てている。
へいへい、どうせあたしはお人好しですよう。
まったく、毎度毎度便利使いしやがって。
割のいい依頼が来たら優先的に回してもらうからな。
まあ、ソロのあたしにできる美味しい依頼なんてそうそうないんだけど。
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