銀嶺山荘事件
第1話 銀嶺山荘殺人事件①
目の前には、巨大な雪山がある。
銀嶺山――冬の観光地としても知られる、有名な山だ。
本来なら、ここは「楽しい旅行先」のはずだった。
なのに。
見上げた瞬間、胸の奥がざわついた。
吹雪に削られた稜線は、まるで牙のようで――
山そのものが、俺たちを拒んでいる気がした。
* * *
「テル様〜っ♡」
次の瞬間、 柔らかな衝撃と、
甘い香水の匂いが一気に鼻腔を満たした。
――抱きつかれた!
「えっ……!? ちょ、ちょっと!?」
心臓が嫌なほど大きく跳ねる。
腕の中にいるのは、ついさっきまでステージの上で輝いていた存在――
美鳥姫華その人だった。
視線を上げた先で、
ユイが目を丸くしたまま、彫像のように固まっている。
「テル様、ずっと……ずっと、お会いしたかったんです……!」
見上げてくるピンク色の瞳は、星屑を散らしたみたいに煌めいていた。
だが、その輝きとは裏腹に――
隣に立つユイの体温が、急速に下がっていくのが、はっきり分かった。
「……ちょっと、離れて!!
テルも、いつまで鼻の下伸ばしてるのよ!」
怒鳴るユイの声は震えている。
それは嫉妬というより――
得体の知れない“何か”に、大切なものを奪われそうになった警戒だった。
「あなたが……前にテル様が話していた
『ただの幼なじみ』さんですね?」
姫華は、まだ俺にしがみついたまま、
挑発するようにユイを見据える。
「ただの……幼なじみが?」
微笑みながら、言葉を重ねる。
「どうして、私とテル様の邪魔をするのかしら。
私たちは――『約束』で結ばれているのに」
その一言で、
ユイの顔から、すっと血の気が引いた。
「……そんな……」
俺は、ようやく我に返り、
姫華の肩に手を置いて、ゆっくりと身体を引き剥がす。
「姫華ちゃん……だよな。
悪いけど、離れてくれ」
真剣に、言葉を選ぶ。
「ユイは俺の幼なじみだ。
それ以上に――
俺にとって、世界で一番大事な人なんだ」
その瞬間、
姫華の瞳に、はっきりとした“絶望”が宿った。
「そ、そんな……テル様……
忘れてしまったのですか?」
縋るような声。
「――一年前の、あの日に。
私たちが交わした、あの『約束』を……」
(……一年前?)
頭の奥が、ずきりと痛む。
そうだ。
俺には――高校入学から約一年分の記憶が、ぽっかり抜け落ちている。
その空白の時間に、
俺はこの少女と、何をしたというんだ?
「テル……嘘、でしょ……?」
不安げに、ユイが俺の袖を掴む。
その時だった。
「こら、姫華。何やってんの、アンタは」
鋭い声とともに、
姫華の頭に、コツンと軽い衝撃。
叩いたのは、同じグループのメンバー――
どこか冷めた目をした少女、奈々(ナナ)だった。
「いた〜い! ひどいよ奈々!」
「アンタが悪い。
ファンを困らせるんじゃないよ」
ナナは低く言う。
「うちらはアイドル。
距離感を間違えたら――この前みたいになる」
「……っ!」
その言葉に、
姫華の肩が、目に見えてびくりと震えた。
今のやり取り。怯えた視線。
明らかに、ただ事じゃない。
「なあ……よければ聞かせてくれないか」
俺は一歩前に出る。
「その……『この前』、何があった?」
「テル!?」
驚くユイを手で制し、
俺は二人を真っ直ぐに見つめた。
探偵としての勘か、
それとも、かつて社会人として数々の修羅場をくぐってきた直感か。
背筋を這い上がる、嫌な予感が、
はっきりと形を持ち始めていた。
姫華とナナは、視線を交わし――
やがて、重い口を開いた。
「……実は……」
そこで語られたのは、
煌びやかなステージの裏側に潜む、
陰湿なストーカー事件と、
利権にまみれた芸能界の闇。
そして、吹雪の山荘で血に染まる
次なる惨劇への、招待状であることを。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます