第21話 下着モデルの闇



 「レイラ、本当にありがとう。びっくりした。危うく泥棒にされるところだったわ」


 騒動の後。事務所の外の喫茶店カフェで。


 「今日は、おごるね」


 ネクリは、にっこりする。


 「はい、喜んで」


 レイラは、注文したクリームソーダとホットケーキに取り掛かる。とにかく一仕事した後だ。食べなきゃ。しっかり食べる。刑事の習性。


 「でも、レイラ、すごいね、よく見てだね。そして、気づいてくれた。ほんとに、助かったよ。まるで名探偵だね」


 「ぐほっ」


 レイラ、ホットケーキを喉に詰まらせそうになる。他のモデルたちにはない刑事の観察眼で事件を解決したんだけど。正体がバレてはいけない。


 「あはは、たまたまよ」

 

 ぎこちない笑顔。話題を変えなきゃ。


 「でも、びっくりだったね。こういうのって、モデルの世界がよくあるの?」


 いつも明るいネクリも、眉を寄せる


 「うーん、確かにいろいろある事はあるわね。足の引っ張り合いとか、裏での中傷とか、陥れとか。スキャンダルをメディアに売ったりとかもあるしね。ま、今日みたいなのは、なかなかないわよ。犯罪のでっち上げだもんね。あー、怖い」


 ちょっとおどけるネクリ。自分が標的ターゲットにされたのに、何でもないという顔をしている。


 「そうね」


 あの後。ルイーザさんが駆けつけてきて、状況を確認した。


 ラシエは、自分のロッカーから荷物を引っ張り出すと、モデル事務所を飛び出して行った。もう戻ってこないだろう。


 ラシエはネクリと同期のライバルだった。しかし最近は、仕事でネクリに差をつけられ、とうとう新作コレクションのモデルにネクリが選ばれ、ラシエは外された。それで嫉妬やっかみから、今回の行動に出たのだろうということになった。


 レイラ、改めて、華やかな女の園の闇の深さを思う。


 「同期のライバルに、差をつけられた。自分の出番はなくなっていく。それで追い込まれた。単なる嫉妬や焦りから、あんなことをしちゃうんだ」


 「うん」


 ネクリ、微笑む。


 「モデルとして売れる、注目されるって事はそれだけ嫉妬される。自分を嫌う人が増える。そういうものなのよ。そのくらいで負けてちゃだめ。気にしないことよ。レイラ、それはわかってる?」


 「え、ええ」


 レイラ、あくまでも、無邪気な新人モデルの女の子を演じる。


 宇宙警察の世界でも。出世争いや、功名心からの逸脱行為、内部での対立関係はある。悪の道に堕ちる警察官もいる。


 でも、下着モデルの世界のドロドロ。それとはまた一段世界が違うようだ。


 宇宙でトップクラスの華やかな世界に、女の子が自分の容姿ルックスを武器に、身1つで飛び込むのだ。激しい競争がある。置いてきぼりになったり、突き落とされたり、突き落としたり。


 火花が散る野心と夢、欲望と自信、それが打ち砕かれた時の、絶望、落胆、焦燥、嫉妬。


 キラキラな女の園の闇は、深く渦巻いているのだ。


 無邪気なネクリを見ながら、レイラは思う。


 私が、今度のドン・ハルサワの新作の主力エースモデルに選ばれるかもしれない。事務所の秘密兵器。もし本当にそうなったら、知ったみんなはどうするんだろう。


 新人モデルのレイラが、ドンの星の啓示インスピレーションとやらのおかげで、シンデレラガールとして売り出される。まだ発表されていない。これについては、トップシークレットだど、ルイーザに釘を刺されていた。


 ルイーザはウキウキとしていた。


 「ドンの仕事、順調みたいよ。このままドンのイマジネーションがどんどん広がっていけば、あっとみんなが驚く新作になるかも。だから、情報は徹底的に秘匿するの。隠して隠して隠して、期待させて、そして思いっきり花火を打ち上げるの。それが、この世界。情報の出し方も大事なの。うふ、本当に楽しみ。あ、でも、あくまでもドンの星の啓示インスピレーションの世界がどうなるか次第だから、途中でイマジネーションが切れちゃって、この話は無し、そういうこともあるのよ。そうなっても、あんまりがっかりしないでね。次があるんだから」


 想像力イマジネーションと創作、ビジネスと戦略が交錯する世界。


 頂点に立つのは、とんでもないことなんだ。


 自分がドンの秘密兵器? シンデレラガール?


 うーん、やっぱり。レイラは、頭痛が痛くなる。


 ぽっと出の新人がいきなり主力モデルに抜擢されたら。みんな大ショックだろう。


 いきなり、羨望、嫉妬、憧憬、敵意を一身に集める立場になるんだ。


 あれこれの蹴落とし嫌がらせの標的ターゲットになる?


 ネクリも。


 突然私に追い抜かれたら、こんなふうに、無邪気に接してくれたりするのかな。違う眼で私のことを見る? そして、今とは違った態度をとる。いや、表面的には、無邪気なままでも、心の裡では別のことを考えて接してくるかも。


 誰かが、私を刺そうとする。それがネクリであっても、おかしくは無い。


 ああ、もう。


 無邪気なネクリを前に、ホットケーキを食べながら。


 レイラは、頭を整理する。


 何でも疑ってかかるのが、刑事の習性だ。これは職業柄必要な事だ。見た目で人を判断してはいけない。でも、捜査の本質と関係ないところで、考えすぎるのも、よくない。冷静に。すべてを客観的に見るんだ。


 それに。


 レイラは、潜入する前に、トップ下着モデル界のことは、1通り調査リサーチしていた。


 殺人事件や刃傷沙汰は、そんなに起きるものではない。素行不良のモデルもいるが、刑事事件として記録されているのは、モデルの女の子と彼氏との痴情のもつれの末の傷害事件や、違法薬物に手を出した、などである。大事件が起きるなんて、ほぼないだろう。


 でも。


 注目されたら。


 潜入捜査しにくくなること、この上ないだろう。やっぱり急がなくちゃ。


 ナミエ。


 モデル界の深く黒い渦に、呑まれてしまった少女。探すんだ。

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