第19話 大部屋の事件



 「これ、いいでしょ!」


 シンプルな黒いブラジャーとショーツ姿のモデル、ラシエ。そのやや小ぶりな胸には、首にかけたリボンで吊るした大きな黒瑪瑙の胸飾りが揺れている。


 おおー、と、声が上がる。ドン・ハルキサワ事務所のモデルの大部屋。みなが、一斉に振り向き、感嘆する。


 「どうしたの? すごい宝石じゃない。それ、何?」


 「私、知ってる! 黒瑪瑙でしょ?」


 「へー、珍しい。ラシエにしちゃ思い切った買い物じゃない」


 「自分で買ったの? 彼氏からプレゼント? それともパパでも作ったの?」


 モデルたちが、口々に。


 「もう、変なこと言わないで」


 ラシエが、口をとがらせる。


 「これまでお給料と、バイトで買ったのよ。やっぱり、自分で自分を飾らないとね」


 おおー、と、また嘆息。モデルたち、キラキラした宝石には、目がないのだ。


 レイラも大部屋のモデルたちに混じって見惚れている。やっぱりすごい事務所だなあ。自分を上げる競争なんだ。



 ラシエ、くるっと背を向ける。


 そして、個室の試着ルームの中へ。


 「誰?」


 中にいたのは、ネクリ。鏡に向かって、一心不乱にメイクをしている。


 「あ、ごめん、いたんだ。私もメイクしようと思って」


 ラシエは、恐縮。


 ネクリは、メイクしながら、


 「うん。いいよ。ここ、いくつも鏡あるし。私が邪魔じゃなかったら、ラシエ、あなたも、ここでメイクして」


 ネクリは、ずっと鏡を見て自分のメイクに余念がない。ラシエは、首にかけたリボンを外す。


 「ありがと。あっ」


 何かに気づいたラシエ。


 「自分のメイク道具忘れて来ちゃった。私ってバカ」


 そういうと、個室から慌ただしく出て行く。


 大部屋では。


 「ラシエ、どうしたの? ネクリに追い出されたの?」


 「ううん。メイクしようと思ったのに、メイク道具忘れて来ちゃったの。私って本当にそそっかしいんだから」


 笑うラシエ。黒瑪瑙の胸飾りはつけていない。試着室に置いてきたのだろう。そのまま、モデルたちのロッカーの方へ、消えていく。


 しばらくして。メイクを終えたネクリが、試着室から出てくる。ゆったりとしたガウンを着ている。


 レイラが、声をかける。


 「ネクリ、メイクバッチリだね。素敵」


 「ありがとう。これから撮影なの」


 ネクリ、微笑むと、大部屋から出て行く。



 入れ違いに、ラシエが戻ってきた。さっきの試着室へ入る。


 その端、


 「キャーッ!」


 悲鳴が。個室試着室から。ラシエだ。


 「どうしたの!?」


 大部屋にいたモデルたち、試着室に殺到。


 「ないの!」


 ラシエが、頭を抱えて叫ぶ。


 「私の黒瑪瑙の胸飾り、鏡台の上に置いて、メイク道具取りに行ったんだけど。それがないの!」


 みんな、鏡台を見る。確かに、何もない。


 ラシエは、鏡台の引き出しを次々に開けて、探す。どこにもない。黒瑪瑙の胸飾り。かなり大きかった。あればすぐ見つかるはずだ。


 小さな試着室。すぐ探せた。見つからない。


 みんな、無言。一旦大部屋へ戻る。


 「こ、これ、どういうこと。どこに行ったの?私の胸飾り」


 青くなるラシエ。


 お互いに顔を見合わせるモデルたち。


 ラシエは、大きな胸飾りを首から下げて、試着室に入った。出てくる時は、していなかった。ラシエは、ぴっちりしたブラジャーとショーツ姿だった。髪も、きれいに撫で付けていた。胸飾りを持ち出すことができない。胸飾りは確かに試着室に置いてきたのだ。


 そして、今、試着室に、胸飾りは無い。


 この間に、試着室から、胸飾りを持ち出せたのはーー


 「どうしたの? すごく大きな声がしてたよ。何かあったの?」


 ネクリが、大部屋にて戻ってきた。相変わらず下着の上に、ゆったりとしたガウンを羽織っている。みんなの視線が集まる。


 「ネクリ、撮影じゃなかったの?」


 「うん。私の勘違いだった。時間まだだった」


 えへ、と笑うネクリ。しかし、モデルたちは、誰も笑わない。皆、押し黙っている。


 「ネクリ」


 ラシエが、肩をわなわなとふるわせている。


 「あなたね。あなたが私の胸飾り、持っていたんでしょ? ね、早く返してよ。さあ、早く!」


 目を血走らせている。


 「え?」


ネクリは、キョトンとなっている。


 「何の話してるの? 胸飾り? そんなの、知らないよ」


 「とぼけないで! あなたよ。あなたしかいないじゃない。私が試着室に胸飾りを置いてきた後、あそこから出てきたのは、あなただけでしょ? ガウンの下に隠して、胸飾りを持ち出したのね? あなた以外、誰がいるの? さあ、返して!」


 「ま、待って」


 ネクリ、うろたえる。


 「本当に、そんなの知らないよ。私、持ってってないから、ほら、調べて」


 ネクリは、ガウンを脱ぐ。ぴっちりとした下着姿だ。


 「疑うなら、私のロッカーも調べていいよ」


 「あら、たいしたお芝居ね」


 ラシエ、瞳を燃え上がらせている。


 「あなた、今、外へ行っていたでしょ? どこに隠したのかしら? 自分のロッカーなんかに入れてないでしょ。隠し場所なんていくらでもあるし。しらばっくれるのはやめて。前からあったの。私の大事なものがなくなって。どう考えてもネクリだと思ったけど、証拠がないし、私もまさかと思ってたの。でも、今日は違う。もう絶対。持っていったのは、あなたしか考えられないんだもん。みんな、そうでしょ!」


 固唾を呑んで2人のやりとりを見守っていたモデルたち。またまたお互いの顔を見合わせる。


 ネクリは青ざめている。


 「ねえ、ラシエ、みんな、私、本当に、人のもの、持っていったりなんてしないから」


 ラシエは声高に、


 「ふん、この泥棒! もう騙されないわよ! やっとあんたの尻尾をつかんだ。今度ばかりは、絶対に許さないんだから!」


 「あの」


 声が上がった。モデルたち、一斉に振り向く。


 レイラだった。

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