第17話 秘密兵器



 「レイラ」


 話しかけられた。ぼんやりしていたレイラは、慌てて振り向く。


 にこにこしてこちらを見つめているのは、同僚の下着モデルのネクリだ。昨日一緒に、ドンの新作ショーデビューをした。



 ここはドン・ハルキサワ事務所のモデルたちの大部屋である。大勢いる。みんな、メイクしたり、ランウェイやポージングの練習をしたり、思い思いに過ごしている。真剣だったり、惰れていたり、必死だったり、投げやりだったり、いろいろだ。自分の専用ルームをもらっているモデルは、ルイーザのような本当にトップの、ごく一握りだ。基本は、大部屋。大勢で一緒。熱気がぶつかり合う。


 レイラも、次作発表での売り出しが決まったが、まだ大部屋モデルの身である。新人だから、当然と言えば、当然だ。それに、ドンの次の作品のエースがレイラになるかもという話は、まだ事務所で発表されていない。


 「これは秘密よ。絶対の秘密。次の新作発表まで、シークレットだからね。サプライズ。みんなを驚かすサプライズになるのよ。レイラ、あなたはうちの事務所の秘密兵器だからね」


 と、ルイーザには言われた。


 秘密兵器か。

 

 潜入捜査の情報収集という観点で言えば、大部屋の方が、もちろん好都合だ。みんなの話が、聞こえる。気が抜けない。どこに事件の手がかりが転がっているか、わからないのだ。


 

 とにかく、みんなと話をしなくちゃ。とっかかりを掴むんだ。話しかけられて、好都合。待ってました。レイラは、無邪気な笑顔を浮かべる。

 

 「なに、ネクリ?」


 「もう」


 ネクリは、レイラの頬を突つく。親しみを込めた態度。


 「あなた、なんて格好してるの?」


 「え?」


 レイラは、我が身を。


 今は、私服。ショーの下着姿ではない。


 白のブラウスに、グレーのタイトスカート。いつもの服装だけど。


 何かおかしいか?


 ネクリは腕組みして、レイラの服装コスチュームの品定めをしている。


 「うーん、レイラ、あなた、それでトップモデルの自覚あるの? それでいいの? まさか、それで外を歩くつもり? 私たち、どこで張られているか、どこで撮られるか、わからないのよ」


 「え、ええ」


 うろたえるレイラ。

 

 いつも自分のしている格好なんだけど。そんなにまずいの? これ。


 何が問題なのかよくわからないけど。ともあれ、つとめて普通の女の子らしく、


 「トップモデルだなんて。私、オーディションに合格したばかりの、本当に駆け出しで」


 「それがダメなの!」

 

 ネクリは、ピシャリと。


 「私たち、ドン・ハルキサワのモデルなのよ。その時点で、トップモデル。そういう意識を持たないと。意識が低いモデルは、ここには要らないわ。私たちは見られるのが仕事。それはオフの時だってね。全宇宙のカメラマンが、私たちを狙ってるのよ。オフのプライベートだって、撮られて配信されちゃうんだから。その意識を持ってないなんて論外よ。私たちは、憧れの存在でなければいならない。夢の存在じゃなきゃね。そういうこと」


 ずん、と乗り出してくるネクリ。


 レイラは、目を白黒。


 私服も結構自信あったんだけど、論外なんだ。何がどうまずいのかよくわからないけど。全宇宙のカメラマンが狙ってる? 勝手にどんどん配信中継されちゃう? そういう世界で潜入捜査するって、確かにただごとじゃないな。みんなに見張られながら、潜入しなくちゃいけないんだ。


 しかも、基本は下着だし。


 レイラは、今更ながら、飛び込んだ世界の深さにドギマギ。


 私はただ、人探しがしたいだけなんだけど。


 普通の女の子でいる事は許されないんだ。


 「あ、あの」


 レイラは、冷や汗を浮かべながら。


 「どうすれば、いいのかな」


 「もう」


 ネクリは、パチンと指を鳴らす。


 「ほんとに何にも知らない子なのね。いいわ、私がいろいろ教えてあげるから。ちょっと外に出よう。モデルって、ただ与えられた服を着て、ランウェイすればいいってものじゃないのよ」


 「あ、はい、じゃあ」


 よくわからないまま、ネクリに引っ張り回されるレイラ。


 これも。


 潜入捜査の通る道なのか。


 下着モデル界の深み。


 いったい、どこまでなんだろう。

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