事件簿No.2  黒瑪瑙胸飾り事件

第16話 乙女のキモチ




 宇宙警察期待のエリート刑事。


 18歳の乙女レイラ。


 心は千々に乱れる。落ち着け。今の状況は。


 潜入捜査。


 基本。警察学校で習ったことを思い出す。それは何より、自分の正体を知られてはいけないということ。まず、それが第一だ。


 正体がバレたら、そこで終わり。


 自分が何者であるか、それは絶対の秘密。


 正体を深く秘匿し、潜行する。


 レイラは、超華麗で大注目な下着ファッションモデルの世界に、潜った。


 潜る、というか。


 どうしても、目立っちゃう。


 いや、そういう業界だし。


 この業界に来た以上、目立たなくてはいけない。


 激しい競争出入りのあるモデル業界である。

 

 誰の目にも留まらないモデルなどは、即座に追い出されてしまう。


 そうしたわけで。


 あれこれのドタバタ出入りの結果、ドン・ハルキサワの星の啓示インスピレーションとやらを刺激し、下着ファッションモデル界のエースとして認められたレイラ。



 「とりあえず、これでよかったのかな」


 グチャグチャの頭を、なんとか整理する。


 いいのか。ショーツのお尻に尻尾を立てて、宇宙野盗どもと立ち回りをして。


 「いいんだ。これで。すべて順調なんだ」


 自分に言い聞かせる。


 うん。問題ない。


 レイラの目的は。


 失踪したナミエの捜索である。


 ドン・ハルキサワ事務所の新人モデル、ナミエ。


 忽然と消えた18歳の少女。


 いったい何があったのか。早く調べなきゃ。調べる、といっても。


 ここでまた、潜入捜査の基本を思い出す。


 疑われてはいけない。


 絶対に、怪しまれてはいけない。


 不自然な行動をとってはならない。


 うん、そうだ。


 レイラは、モデルオーディションに応募してから、これまでのことを思い返す。慌ただしい1週間だったけど、抜かりは無いはずだ。どこも怪しまれる点は無い。キラキラした世界に憧れて飛び込んできた女の子。完璧に演じてきたはずだ。不審に思われる行動、それは絶対に避けてきた。みんな、自分のことを信じてくれている。


 で、次の段階。


 行方不明の人の捜索。それなら。


 普通は当然、ナミエの画像をみんなに見せて、この人知りませんか、探しているんですけど、と言って回るべきだ。普通なら。


 だが。


 突如、音信不通となって消えたナミエ。


 もし、それが事件だとしたら。


 ドン・ハルキサワ事務所では、絶対に隠さねばならぬことだろう。


 レイラがナミエの画像を持ち出して、これ見よがしに尋ね人していたら、自分は捜索のために潜入捜査していますと、触れて回っているようなものだ。それは確実に失敗する。警戒されてしまう。と、いうより、追い出されてしまうだろう。


 せっかくここまで来たんだ。


 「焦ってはいけない。まずは、内部の人間と信頼関係を築くんだ。いきなり直接的にではなく、間接的に情報を引き出すんだ」


 キラキラした下着モデル界の闇。そこに突っ込んでいくのだ。みんなが隠したいことを、探る。


 レイラは、潜入捜査の基本を反芻する。


 ドンとも、ドンの1番弟子のルイーザとも、接近することができた。信任されている。トップの懐に飛び込むことができたのだ。いい調子。これをとっかかりに、真相に迫るんだ。慌てては、絶対にならない。


 でも。


 あんまりのんびりしてると、本当に本気で、下着モデル界のシンデレラガールとして、売りだされちゃう。


 それは、さすがに。


 いや。どうだろう。


 気持ちはグラグラ揺れる。


 スポットライトを浴びまくる自分を、レイラは想像する。ドンとルイーザの期待の新星。すごい。奇跡のチケットを手に入れた。いいかも……宇宙に名を轟かせる下着モデル……それって……結構憧れかも。ありえない僥倖、何だっけ? 星と星がぶつかるくらいの奇跡……


 宇宙警察のみんなに、「刑事辞めて下着モデルになります」って言ったら、どんな反応をするだろう。バリル部長は。



 ええっ!? 



 レイラは、必死にかぶりを振る。


 もう、何考えてるんだ、私! このまま下着モデルの道でやっていくなんてありえない!


 私は、宇宙警察に一生奉職すると決めたの!


 悪を懲らしめるのが私の仕事なの! 女の敵は許さない! そう誓ってるの!


 でも……うーん……キラキラの世界での成功も……なんだか捨てがたい……女の子だし!


 18歳の乙女の心は、ひたすら千々に乱れっぱなしだった。


 「とにかく」


 レイラは、ぎゅうっと拳を握り締める。


 「ナミエを見つけるの。その後のことは、それから考えるの! 今は、それ以外考えちゃダメ!」

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