第4話 ズレた女子、モナリザを真似る
「フツー」で「素敵」な人を目指すために自分がやった事の一つ― それは、西洋絵画の女の研究である。何でまた?である。
いざという時には、事前にこっそり発声練習をして綺麗な喋りを実現でき、お茶の作法を思い出して綺麗な所作を再現。まっとうに上品な方向に行っているとはいいがたい違和感はあるが、それでもそれらが無かったころに比べたら自身はついた。
さて、長年どうしたものか、と試行錯誤していることがある。それは、表情。
「怒っているの?」「大丈夫?」とよく問われる。怒ってないよ、けむたいなあ、と流していたが、そもそも笑顔がわからない。女優やタレントに寄せようとした時期もあったが、現実には“女優もどきの一般女子”にしっかり完敗している。ならば、別の方法を取るしかない。 この謎の研究を始めたのは二十代後半。大学時代に選択した「芸術」の授業がきっかけだった。絵画に描かれた人物の視線の先や衣装の色には意味がある――そんな話を聞いて、知的好奇心が芽生えた。自分の学部の授業への興味とは段違いである。普段は「いかに楽して単位を取るか」ばかり考えていたの に、芸術の授業だけは真面目に受けていた。 授業の最後には毎回感想文を書く。書くこと自体は楽しかったが、同時に「字数を稼いどきゃ単位なんてチョロい」と浮かれた考えも持っていた。 さて、前置きが⾧くなったが、私の研究は次第に暴走していく。数多くある中で選んだ絵は「モナリザ」。幼少期から繰り返し見ていたアニーにも出て来て、祖母から特別印刷のものを譲り受けたため、身近に感じていた。そのほほえみを本気で再現しようと鏡の前で練習し、 「真珠の耳飾りの少女」はなぜ美しいのかを分析し、 ふいにその表情を 人前で実現しようといつもタイミングを探る。 気づけば私は、時間とエネルギーを“絵画の女に寄せる”ことに費やす残念な次元へ突入していた。 潜在意識に落としこもうと、待ち受け画面にもした。
その結果、笑顔はできるようになったのか。この当時で言えば、残念ながら、私の口角の両端はなぜこんなにも重力に勝てないのか。ここぞ、という時にまだ笑顔を出すのは苦手。いまだに迷子である。今でも祖母から貰ったモナリザは、玄関に飾られて、私の視線の圧力を受けている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます