第5話 青春時代への執着

薔薇を咲かせたい思いは、子育ての領域にも進出していった。

娘の幼稚園で、保護者リレーの立候補者が一人もいなかったので、少し迷って手を挙げた。 「誰もいないなら、私やります!まあ、得点にはならないと思いますがー(てへぺろっ)」 と軽口を叩き、期待はしないでね、感を出す。実際は、走り姿を見せることになるのだから、完璧な走りをマスターして舞台に立ちたい。

早速当日に備えてジム通いを始め、まずは体を引き締める日々がスタートした。ランニングマシンはマストで、筋肉を鍛えるマシンも、出たお腹を引っ込めるのに聞きそうだ。1か月頑張ろう。さらに欲が出た。 走り姿に「華麗さ」を添えたい。 そこで思いついたのが、フィギュアスケーターの美しい滑りである。スケート場へ足を運び、美しいターンを決める人を見て、 「あれ、走りにも応用できるのでは?」と思い、寄せられる部分はとことん寄せようと必死で横目で観 察した。 動画でも研究した。 女子大の陸上部の走りを片っ端から見て、一番フォームが美しかった青学女子の 走りをスロー再生し、頭にイメージを残してジムで再現した(つもり) ――でもまた、なぜそこまでの情熱を?? 理由は単純。そして根深い。 私は走るのが得意だったが、何とも「野太い」走りで、運動会で一番を取っても好意的な歓声はなく、聞こえてくるのは嘲笑。徒競走では膝をすりむいて台無しにしたこともある。 青春時代の失敗を、まだここに来ても持ってきているのである。多感期のコンプレックスは、一生引きずるのだ。そして迎えた運動会当日。保護者の中でも、運動に自信のある人が選りすぐって集まっている。毎年活躍している、スポーツマン然、なパパさんもそろっていた。私は一人抜かすことに成功した。ママさんたちからは「超はやい!!」「かっこいい!」先生から 「運動神経いいですね!」 と褒められた。もごもごと「いえいえ、そんな」としか返せなかったが、その一言をもらうために必死でがんばったのだ。 それら言葉は今でも、ずーーーっと心の額縁に飾られている。

この年の運動会の写真販売。この度ばかりは、娘の勇姿よりも、自分の走り姿を注文する枚数が多くなってしまい、写真が届いて真っ先に確認したのは自分自身の走り方のフォームであった。

ちなみに娘は学年一位の記録を取り、朝礼台で表彰されていた。

あの子すごいなあ、など保護者から歓声も浴びていた。

娘よ、あなたには、「真っすぐな自信」をつけてほしい。

昔の青春を取り戻すかのように、活躍する機会があらば神経を張り詰めて準備を整える。文字にするとしんどくて疲れそうだが、私は疲れるよりも何よりも身体が勝手に動くかのようにそうしてしまっていた。

娘へ。もしママになったなら、純粋に、ほのぼのと我が子運動会を楽しむ母親になってね、と願うのは虫が良すぎるのか。

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