第3話 ズレた女子、茶道の所作を着る

さて、キレイな声だけなら出そうと思えばでる(ようになったつもり)。でも、問題はそれだけではない。

机の上にはいつの資料だよ、という書類が山積み、コピーを取るように指示を受けると、複数の種類の書類に頭がこんがらがる。

はあ~。何で自分はこんなに仕事ができないのか。というか。周りがそつなくやっている方が理解がし難い。


仕事のできなさで失われる自信を取り戻すべく、弁当づくりだけは頑張った。

職場の方から唯一褒められるのは、毎日弁当作って偉いね、その一言に尽きた。

ランチタイムになると、ごちゃごちゃしたカバンをあさって底から弁当箱を出す。

弁当の中身は、大量に作って小分けにしたひじきの煮物、きんぴらごぼうが入り、それに、毎朝卵焼きを作り、大容量で買ったチキンナゲットを足して詰めていた。


まあとにかく、仕事ができないのが、態度にも出ていて、毎日職場ではオロオロ、キョロキョロ。所作からして散らかっているのを、何とかしたい。

親から「挙動が変だからお茶かお花でも習え」

そんな事を言われていたタイミングでもあったので、思いついたら行動が早い。

会社近くの茶道具屋にあった張り紙「茶道教室 生徒募集」のチラシを見て、早速電話。「あら、入会希望者かしら?歓迎します!」と感じの良い先生が対応して下さった。

お稽古の初回に、先生に必要な道具を指定され、デパートへ買いに行く。

袱紗や袱紗ばさみ、懐紙などが並んでいる。袱紗ばさみとは、小道具一式を入れるポーチにあたるもの。色々な柄のものがあり、どれにしようかと思いながらわくわくして物色していると、茶道に精通しているらしい奥様に話しかけられる。

「茶道を始めるのね?私も続けているのよ。でも、膝が痛くってねー」

道具選びの話をしているうちに、すっかり茶道の「そっち側」の人間になった気分になる。

 稽古場は、先生のご自宅に茶室を構えている一室であった。

茶道を習う目的ははっきりしているのだから、先生の言うを一字一句逃さずに聞いてお点前の稽古に励む。

こちらは、自然体の所作をきれいにするとは?の初歩すら知らないので、どんどん吸収していった。

その甲斐あって、先生に褒められるほど上達した。

家では袱紗さばきを復習し、上品な所作とは何ぞや、を独自に体得していった。

で、その成果を、周囲へ知らさねば意味がない。

会社へ、お点前をイメージしてコピーを取る。

時折お菓子を配られる時もあったので、そういう時は懐紙をさっと出して受け取り、「粋な女」を演出した。

茶道とは、ただものを取る仕草、それだけのために超スローモーションで丁寧に再現するような所作の表現だと私はとらえた。

身体にしみこむほど練習したお点前は、冠婚葬祭の場面や、旅館先で浴衣を着て食堂へ行く場合に、脳内からひっぱりだして自分なりに綺麗に仕上げるようにふるまう。

昨年、娘、母、父と行った旅行にも、浴衣を綺麗に着て「よし、完璧!」と、すました風に部屋を出ようとすると、母が一言。

「ちょっと!後ろの裾がたくれていてズロースが見えとるよ!」

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