第17話

『ヌル』。それは、これ以上の成長も変化も拒む、世界の「完成」という名の死。 全てのプレイヤーが石のように固まり、女神リリィの体もノイズに飲まれようとしていた。



「レン様……逃げて……これは、レベルとか、権限とか、そういう次元の……」



「リリィ、泣くな。……掃除係の朝は、いつだってここから始まるんだ」



レンは木の枝を捨て、空に向かって手を伸ばした。 「ログインボーナス……なんて、もういらない。……俺自身の『経験』を、ここに展開する」



レンの体から、黄金の光が溢れ出す。 それは1兆倍の経験値でも、管理権限でもない。 何千、何万時間とこのゲームを愛し、歩き回り、戦い、そして掃除してきた「レンという人間の記憶」そのものだった。



「レベル0……全演算(オーバーライド)開始!」



レンは光り輝く透明な箒を生成し、迫りくる「無(ヌル)」を真っ向から掃き出した。 存在しないはずのレベル0の力が、世界を静寂から解き放つ。 レンが箒を振るうたびに、死に絶えたエトスの大地に緑が戻り、空には新しいプログラムの星が瞬き始める。



「完成なんてさせない。……このゲームは、いつまでも『未完成』で、遊び続けられる場所であるべきなんだ!」



レンの一振りが、世界の終焉を告げる「ヌル」を宇宙の彼方へと追い払った。



エトスの空に、新しい朝が来る。 レンはボロボロになった服を払い、隣で腰を抜かしているリリィに笑いかけた。



「さて、リリィ。こっちの掃除も一段落した。……広場に戻って、朝ごはんでも食べようか」



レベル0。最強にして最弱の掃除係。 彼の物語は、もう「成り上がり」なんて必要としない。 ただ、そこにある日常を愛し、今日も一掃き、未来を拓いていく。


新世界エトスを救ったレンを待っていたのは、意外な場所からの呼び声だった。それは、ゲームの初期マップのさらに外側、未実装領域の狭間に存在する「はじまりの村・プロトタイプ」だった。



「レン様、ここは一体……? 建物にテクスチャが貼られていなくて、真っ白です」



リリィが不安そうに周囲を見渡す。そこは、開発者が一番最初に「テスト」として作成し、その後忘れ去られた場所。いわば、世界のゴミ捨て場だった。



「……ここが、俺の本当の故郷(スタート地点)かもしれないな」



レンが白銀の箒で地面をなぞると、真っ白な空間に少しずつ「記憶」が像を結んでいく。 かつて、サービス開始前のテストプレイヤーとしてこの世界を愛した少年たちの笑い声。そして、プロジェクトが巨大化し、企業に買収される中で切り捨てられた「純粋な遊び心」。



そこに、一人の老人が座っていた。名は『アーキタイプ』。この世界の基底プログラムそのものだ。



「レベル0の掃除係よ。お前はついに、世界の『綻び』の最深部まで辿り着いた。……だが、ここを掃除してしまえば、この世界を支えている『情熱』という名のカオスもまた、消えてしまうぞ」



老人は問いかける。秩序か、混沌か。完璧な管理か、不完全な自由か。 レンは答えを出す代わりに、老人の隣に座り、一緒に空を見上げた。



「俺はただ、埃が溜まってるのが嫌なだけだよ。……それが情熱の跡だろうが、データのカスだろうがな」

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